第8話:ツッパリ Magical Girl l Rock'n Roll (魔法少女編)
スズメがチチチと縄張りを争う鳴き声を青空に響かせる。早朝の浪川中学校には、学校内で昏睡してしまった麻薬中毒者や酔っ払い以外の姿は見受けられない。
ただ一人、飯辻巴を除いては。
「早朝はちゃんと静かなんですわよねぇ、この学校も」
巴は生徒会室の鍵のキーリングに指を通して、くるくると回しながら廊下を歩く。
普段は喧嘩と怒号と壊れる音が鳴り響き続いているこの学校も、早朝はのどかな時間が流れている。
時折酔っ払い中学生のいびきの音が聞こえたりするが、そのくらいは普段に比べたら許容範囲内だ。少し酒臭いのも……まあ、ギリギリ許容範囲内だ。
巴はいつものように生徒会室の扉を開ける。
窓ガラスの割れた窓から入ってくる風が心地いい。風に目を細めていたが、部屋の中にいた先客に目を丸くした。
風にたなびく赤い特攻服が、ばさばさと揺れていた。
巴は扉を閉めた。
「……見間違い、ですわね?」
思えば昨日、竜子に魔法少女に関してのあれこれを説明するためになにから教えるべきかを考えてあまり寝られなかった。そのせいであんな変な白昼夢というか、幻覚というか、とにかく存在しないものを見てしまったのだろう。
そう思い目を強くこすり、頬を少し赤くなるくらい強く叩いてから、再度扉を開いた。
真っ赤な特攻服とサラシという、だぼついたズボンを履いた下半身と正反対の露出をした少女が、部屋のど真ん中で煙草を吸って立っていた。
「……夢じゃありませんでしたわ」
「どうした?」
がっくり項垂れる巴に、竜子は首をかしげる。
どうしたじゃありませんわよ、と顔だけを竜子に向ける。
「……その格好はなんですの竜子さん、特攻服なのはまあ良いとして……その胸元なんなんですの!?」
「いや私も恥ずいから深くはツッコまないでくれ」
竜子は胸元を上着で隠しながら言う。
竜子としても、この格好はかなり戸惑っているのだ。一晩経ってから今、なぜあの姿で外出したのかと問い詰めたくなるくらいには。
巴もその竜子のキャラではない恥じらう姿である程度察したのか、それ以上は言及しなかった。だが色々と思うところはあるのだろうか、竜子の小さい胸をじーっと凝視している。
「……なんだよ」
「……なんでもありませんわ」
自分の胸を一瞥し少し笑みを浮かべる巴。喧嘩を売られている気がして竜子は青筋を立てるが、今はそれどころではないのかかなり強張った顔をしながら巴に尋ねる。
「で……この格好から元に戻るにゃどうすればいいんだ?」
「あー、戻り方わかりませんのね。──変身する前のお召し物はなにを?」
「パジャマだけどこの露出よか何倍もマシだわ」
竜子の言葉に巴も思わず頷いてしまった。流石に少し露出が激しすぎる。
なにせ上着以外はサラシのみなのだ。胸を通り魔的に見せてくる痴女としか言いようのない恰好なのだ。そりゃあパジャマの方がマシと彼女も言うだろう。
「戻る方法は簡単ですわ。戻りたいと念じさえすれば簡単に戻れますの」
「念じる……? こうか?」
竜子が目をつむりうんうん唸ると、次の瞬間もとの寝間着姿に戻っていた。
手首足首が隠れてしまうような赤いだぼだぼのパジャマ姿、思っていた以上──この場合は以下というべきか──に普通の格好で、巴は口元を手で隠しながらくすりと笑う。
「……ずいぶんと可愛いパジャマですわねえ」
「足首見えてると落ち着かねえんだよ」
「……なるほど。ですが解いてもらった手前申し訳ありませんが、もう一度変身しなさいまし」
「……はぁ!?」
竜子は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。ようやく変身解除したというのに、なぜまた変身せねばならぬのだ。
正直竜子としては、あまりあの露出度の高い恰好でいたくはないのだが……。
この中学の連中に、こんな格好を見られたくはない。竜子は言外にそう巴に訴えるが、巴はその声には何も答えず、親指で時計を指さす。
時刻は朝の七時半、普通の学校であれば運動部たちが朝の練習をしているような時間帯だ。
「まだ時間はたっぷり余裕ありますわ。それこそ、貴女が家に戻って制服に着替えて、もう一度この学校にやってくるくらいの時間が」
「……なるほど、そりゃそっか」
巴の言葉に納得がいった竜子はポンと手を叩いた。
魔法少女になった姿であれば、それこそ家から学校までの距離なんてのはものの数分で着くレベルだ。そこからいつもの制服に着替え直して、そして間に合うように学校へ向かうなんてのは簡単なこと。
受けるにしてもサボるにしても、一度家に戻るのは悪いことではない。日中にパジャマ姿のまま外を出歩くことになるよりは、朝早くに露出度の高い恰好で家々の屋根を渡って、きちんと着替えてきた方が幾分かマシというもの。
「それに、一度教えたのをちゃんと覚えるいい機会でもありますわ。さっ、いってらっしゃいましな。……学校サボってもいいですけれども、その場合ちゃんと放課後に時間作ってくださいませ」
「テメェにゃ聞きたいことが山ほどあるんだ。今日に関しちゃ、ちゃんと学校に戻ってくるさ」
「……授業は」
「先公の声全然聞こえねぇからなあ、麻雀の音やらで」
授業すらまともに受けることのできない状態である中学校の現状に、巴は思わずため息をついた。
竜子が窓から飛び出して急いで帰宅してから数時間後、既に時刻は十時を回っていた。時間としてはまさに授業の真っただ中ではあるが、未だにグラウンドからは遊ぶ生徒の声が聞こえてくるし、校舎からは窓ガラスの割れる音、怒声が鳴り響く。
そんな中竜子は生徒会室の窓の淵に手をかけて、よっこいしょと登ってきた。
当然のことながら、巴の姿はない。真面目な彼女の事だ、授業中とかだろうと適当に当たりを付ける。
だがその彼女の代わりに、あまり会いたくない顔があったので竜子は思わず顔をしかめた。
「あん、てめぇは……神流、だったか?」
「……凄い恰好ですね、竜子さん。露出狂ですか?」
「うるせぇバーカ!! 好きでんな恰好してんじゃねえよ!!」
竜子は勢いよく窓から生徒会室へと入り、適当な机の上に座る。魔法少女の姿である特攻服から、いつもの黒い血がこびりついたカッターシャツの学校指定の制服の姿に戻った。
気まずい沈黙が流れる。窓から流れる風の音と、ぺらり、と本のページをめくる音だけが、静かな生徒会室に鳴る。
竜子は神流の手に持っている本を見る。彼女は一人生徒会室で、なにやら本を読んでいた。本のサイズは図鑑と同程度だろうか、表紙は巨大なブックカバーによって隠されている。
「……何読んでんだ?」
「完全他殺マニュアル」
「何読んでんだ!?」
あまりにとんでもないタイトルにツッコミを入れる竜子。神流はおもむろに竜子の隣に座り、膝の上に本を広げる。
「結構面白いんですよこれ。完全犯罪の方法までは書いておりませんけども、人の殺し方について色々と細かく──」
「いやいい、聞きたくねぇ」
「そうですか。残念」
さして残念そうな様相もない様相で本を閉じ、神流は携帯電話を取り出す。女子中学生らしくはない、なんの装飾も施されていない傷だらけの携帯電話だ。
開き、電話帳から飯辻巴の名前をカチカチと選択し、決定ボタンを押す。十数秒ほどのコール音を鳴らしたかと思うと、「なんです──」切断ボタンを押した。
「巴を呼びましたので、昨日の説明の続きをしましょうか」
「……お前その呼び方止めた方が良いと思うぞ」
「一々話す必要もないですから、こうした方が合理的です」
「お前なぁ……」
竜子の何か言いたげな声にはてと小首をかしげる神流。
何か言いたげに口を開こうとする竜子だったが、廊下から聞こえてくるドスドスとした足音に言おうとしていた言葉が引っ込んでしまう。
勢いよく扉が開く。怨敵に向けるような鋭い眼で神流を睨みつけながら、巴が生徒会室に入ってきた。
「神流さん!! 何度も言っていますが、ああいう呼び方はやめてくださいまし!!」
「話すん面倒だから良いでしょう。貴女よりインベーダー退治してやってんですから、このくらい雑に扱われてトントンですよ」
「この……この女っ……!! 私よりちょっと強いからって……!!」
「はいはいそうですね。それより彼女に説明しなくていいんですか?」
「こいつ、こいつっ……!!」
今にも変身して一発やらかしそうな様子の巴であったが、何を言っても無駄と悟ったのか肩を落とし竜子の方に向き直る。
色々と限界なのだろう、手近にあった椅子に力なく座る様はさしもの竜子も彼女に同情してしまうほどだ。
「説明、授業終わってからするつもりだったんですわ……」
「別に無理しなくてもよぉ、おめぇが授業終わるまで待つから気にしなくていいぞ」
「優しい……神流さんに呼び出されて行ったってみんな分かっておりますので大丈夫ですわ。むしろ下手に戻った方が、神流さんの怒りを買ったってことで皆から脅えられますの」
「……本当、大変なんだなお前」
いくら不良とはいえ好き勝手しすぎじゃないか、という目を神流に向けるも、その当人はそんな視線どこ吹く風に本をめくるばかりだった。




