第6話:変身
竜子の部屋。網戸から差し込む風が、寝付けない竜子の頬を撫でる。
時刻は午前〇時、手首が隠れてしまうくらい長い袖と長いズボンの、赤いパジャマ姿で竜子はベッドの上に寝転がっていた。
なんとなく目をつむることもせず、ベッドの上で自分の手を見つめていた。
巴、神流の言葉が頭から離れない。魔法少女なんていう荒唐無稽な話ではあったが、それが真実である証拠をああもまざまざと見せつけられた。
とても信じられない出来事ではあるが、魔法少女という存在がいるということを、信じざるを得ない。
「……って言われてもなあ」
かといって、自分が魔法少女になれるかというと話は違ってくる。自分には魔法少女になる才能があると言われても、自覚は全くない。
ガラではないよなあ、と声に出さずに竜子は思う。
魔法少女というものは、煌びやかなものだ。良い子ばかりがなって、仲間と力を合わせて、友達や愛する家族のために戦う。まかり間違っても竜子のような、不良中学に通い、毎日喧嘩に明け暮れるような人間には相応しくない。
憧れなかった訳ではない、そういうのが好きだった時期もあった。なりたいと思った時期もあった。だがそういった荒唐無稽な夢も、小学校中学年になる頃には頭によぎりすらしなくなっていた。
それでいざ自分に「貴女には魔法少女の才能があります」と言われても、現実味なんてものは一切わいてこないものだ。とっくに薄汚れてから言われても、もう信じる気なんて起きないのだ。
「……変身! なんて──」
気の迷いか、なんとなしに呟く。本気で言った訳ではない、軽い口調で。
「そりゃそうだよなあ。酔ってんのか私は」
少し期待していたが、なにか変わったという感覚はない。ウォッカから渡された密造酒を飲んだせいで気分が変になっているのだろうか。
寝る前にアルコール抜きがてらトイレに行くかと体を起こして、ふと部屋に置いてある姿見を見ると──
「……んなっ!?」
そこには、先ほどまでの、寝ようと思っていた竜子の姿はなかった。
刺繍こそされていないが太もものところまで伸びる赤い特攻服に、同じく真っ赤でダボついたズボン。そこまではいい。
問題は上の方、特攻服の上着を羽織ってこそいるが、その下はサラシで胸が隠されているだけ。うっすら筋肉の浮かんだお腹がまるっと露出している。
「なんだこの服!?」
「ちょっとー、うるさいわよー!!」
「あっ、ああわりぃ」
不意に起こされたことに不満を上げる母の声に適当に謝り、竜子は自分の服装、魔法少女となった服装を姿見でよく観察する。
「これは、ちょっと……露出多すぎないか? そりゃ大部分は隠れているけどよぉ。……それとも、魔法少女ってのはこれが普通、では、ないよなあ……あいつらの恰好、露出ほとんど無いし」
特攻服の上着で最終的な露出度はそこまでではあるが、その分露出しているお腹のとこがとてつもなくハレンチに感じられた。
誰に見られている訳でもないのは分かっているが、特攻服の上着を閉める。
なんとなく、お腹のところがスース―するのだ。
「……うわあ、マジか。これ、えぇ……?」
全角度見回してみても、あの時着ていたパジャマの姿なんてものはどこにもない。
本当に魔法少女になれた、なってしまったというのに、当然のことではあるが竜子は全く現実味を感じることができないでいた。
「……ちと、外出てみるか」
少々異常とも言えるくらい肌の露出が多い服装だというのに、不思議とそういった欲求が出てきた。
服装こそ思い描いていたものとは全く違うものだが、かつて夢にまで見た魔法少女になれた。昔の夢がかなったことで、気が大きくなっているのだろうか。
ふと神流と巴が下校するときのことを思い出し、網戸を開け、外を眺める。窓の淵に、足をかける。傍から見たら、今にも飛び降り自殺をする人間でしかない。
どこにでもあるごく普通のマンションの五階、目前には一軒家の家や二階建てのアパートが所狭しと立ち並んでいる。
まるでおもちゃのように小さく見える建物たち。竜子は少しためらいながらも、外へと飛び出した。
竜子のいた地点から五メートルは上へと飛んだだろうか。風を切る音が、身体に当たる風が心地いい。
適当な建物の屋根に飛び降り、屋根から屋根へと飛んで跳ねて、駆け抜けていく。
「すっげぇ……バイクより速いぞこれ!」
まるで電車に乗っているかのように、景色が一瞬で流れていく。恍惚感と万能感が沸き上がり、どんどん先へと足を動かす。
自然と、笑みがこぼれる。魔法少女に本当になれたのだと、実感がわいてきた。
やがて建物の道も途切れ、車の少ない大通りへと出た。隣のレーンでは暴走族が群れをなして逆走していた。
その横の道路にすたっ、と着地する。
「あっ、アニキ!! 空から特攻服着た女が!!」
「んなもんいるわけねーだろヤス、おめぇちと飲み過ぎだ」
聞こえてくる会話からして相当酒を飲んでいるのだろう。バイクもほぼ自転車と変わらないくらいの速度しか出しておらず、ふらふらのろのろと走っている。
突如空より舞い降りた竜子の存在には気づいていないようだ。
「あっははっ。すっげぇ、夢みてぇ」
竜子は自分の手を握ったり開いたりしながら、感触を確かめる。
家々を縦横無尽に飛び回る、子供の頃何度も見た無敵の自分になった夢。それが今、こうして現実となっている。
ふと、竜子が視線を上げると、半身白いスーツに半身黒いドレスの男女の姿があった。男女は竜子の姿を見ると目を見開き、アスファルトを舐めるように後ずさりする。
「「……貴様は朝の少女!? チッ、やはり貴様も魔法少女になっていたのか」」
「おー、お前は……男女!!」
「「男女言うな! 我々にはシャム男爵夫人というしっかりとした名前があるのだ!!」」
シャムは杖を竜子に向けて呼び方に対し非難する。
竜子はシャムの言葉に対して、少しばかり冷ややかな目で口を開いた。
「男爵夫人って多分だけどお前みたいなやつを指す言葉じゃねえと思うけどな」
「「放っておけ!! ……ああ全く忌々しい、なんでこうも我々の邪魔ばかり──待てよ」」
頭をがしがしと掻いていたシャムは何かを思いついたのか悪逆な笑みを浮かべ、杖を振るい杖先の宝玉を天に掲げる。
昨日の朝に竜子が見た、インベーダーを呼び出す手順と同じ。
「させるかぁ!」
そう思考が繋がった瞬間、竜子は地面を蹴りシャムに殴りかかっていた。
だがシャムの足元が黒く光ったかと思うと姿が消え、竜子の拳は空を切った。
高笑いが、建物の上から木霊する。
「「魔法少女になりたてのひよっこが! たった一人のところを私に見つかったのが飛んで火にいる夏の虫というものよ! ここで貴様という魔法少女の芽を摘んでおいてやろう! 現れろインベーダー!!」」
宝玉から黒い光が溢れ出し、天空に巨大な魔法陣を作る。
暴走族たちがバイクの足を止め、みな一様に天を仰ぎ見た。
「チッ、テメェら逃げろ! ヤベェのが来るぞ!!」
「あぁん、なんだテメェ……なんだテメェその格好は!?」
「すげぇ破廉恥衣装……痴女でもこんな格好しねぇぞ」
「その歳で露出狂たぁよお……やめとけ、親御さん泣くぞ」
「うるっせぇさっさと逃げろ馬鹿! 殺すぞ!!」
竜子が特攻服の前を隠しながら叫ぶも、時すでに遅し──天空高くから現れた魔法陣から二階建て住宅ほどはあるだろう巨大な黒い怪物が降り立ち、アスファルトを砕いた。
突然現れた存在に暴走族たちは一様に足を止め、その存在をぽかんと見つめて呆ける。
インベーダーが巨大な鎌の手を振り上げる、妙にゆっくりに見えるのはその巨大さ故だろうか。
このままでは、暴走族たちが狙われ、文字通り蹴散らされてしまう。
「ノロマがよぉ!!」
インベーダーが暴走族たちに巨大な鎌を振り下ろす直前、竜子は間に入りそれを腕で受け止めた。
衝撃によりアスファルトが割れ、暴走族の中から短い悲鳴が上がる。
「「フハハハハハハ! あのイカれた小娘と違って、どうも貴様は人命が大事な人間のようだな!! これは好都合……あの小娘に苦渋を飲まされてばかりであったからなあ、苦あれば楽ありとはよく言ったものだ。楽に貴様の命を刈り取らせてもらおう」」
「てめっ、前の時もそうだったけど卑怯だぞ男女!!」
「「はんっ、卑怯もへちまもあるものか!! 精々そこで負け犬の遠吠えでも吐いておれ!!」」
シャムが高笑いしながら、黒い光に包まれて姿を消す。
竜子はインベーダーの攻撃を防ぎながら、あることに気付いた。
「……もしかして」
インベーダーからは相変わらず竜子を潰そうと力を向けられている。足元のアスファルトも踏みつけた煎餅のように割れ、竜子の足が沈んでいく。
だが気のせいか、前の時よりいくらか余裕がある。インベーダーの力は変わっていないどころか、むしろ前より増している筈だというのに。
「おっ、おい嬢ちゃん! 無茶だぜお前も早く逃げた方が──」
「いいからさっさと消えろ! でねぇとテメェらにこいつ投げつけんぞ!!」
「はっ、はいぃぃぃぃ!! てめぇら逃げるぞ!!」
竜子の脅しに暴走族の頭は顔を青くし、バリバリとバイクを響かせて我先にと逃げていった。
これで邪魔者はいなくなった。竜子は獰猛な笑みを浮かべ、インベーダーの鎌に力を込める。鎌は硝子のように割れ、黒い血液が噴き出した。
明らかに前よりも、変身する前よりも何十倍と強くなっている。
思わず、笑みがこぼれた。見る者によっては化け物とも、怪物とも恐れられるような獰猛な笑みが。
「……そういやあの女、武器も出してやがったな」
鎌を失いバランスを崩したインベーダーを睨みつけ、竜子が手元に殺意を集めるように念じる。
竜子の手元に赤い殺意の光が宿ったかと思うと、それは鋭い刃を備えた巨大な斧となって顕現した。
竜子は自分の手元に現れた武器を見もせずに振り払い、切り下ろす。
「これが──」
インベーダーの体に線が一筋入ったかと思うと、黒い血が溢れ真っ二つに両断された。刃渡り的に両断できる筈が無いというのに、両断されたインベーダーの体は開きのように地面へと崩れ落ちた。
竜子の手が震える。武者震いのものか、それともあまりに強大すぎる力に対しての恐怖か。
「──これが私の力なのか」
黒い血が間欠泉のように噴き出し、割れたアスファルトに飲み込まれていく様を見つめながら、竜子は恍惚感と恐怖を交えた声で呟いた。




