第5話:覚醒
竜子がその言葉で思い出し目を丸くさせると、神流は竜子の顔に紫煙をふきかけた。白い煙が竜子の視界を覆い隠し、ゲホゲホと咳をする。
「全く、失礼なヤツですねこいつは」
「開幕ガチの殺し合い仕掛けた貴女が言う資格ありませんわよそれ」
葉巻の灰を机に落としながら苛立ち気に言う神流に、巴はジト目で睨み付けながら突っ込む。
竜子はひとしきり咳をしてから、ここへ来た要件、なぜ自分を襲わせたのかを神流に尋ねる。
「で、なんであいつらに私を襲わせたのか、なんでこいつが襲ってきたのか、理由を教えてもらおうか?」
竜子は煙草で神流を指さしながら尋ねるが、当の襲ってきた本人はどこ吹く風に目を閉じ、舟をこいでいる。
巴はしばらく神流を横目見ていたが、やがて諦めたようにため息をついた。
「ごほん……私の方から説明させていただきますわね。まず貴女を襲った──テストさせていただきましたのはひとえに、あなたに魔法少女としての才があるからですわ」
「……あの男女も言ってやがったなあ、魔法少女とかなんたらって。オメェも同じキチガイの仲間か?」
「そんな言い方やめてくださいましな!? ……こいつを見てもまだ納得いたしませんの? 普通の学生ならまず持っていない得物ですわよ?」
巴は、手に持っている二丁のスナイパーライフルで床を叩きながら首をかしげる。
だが竜子はどこか呆れるように、未だ魔法少女であることを信じられない理由を言った。
「つっても、浪川市だからなあ……」
「浪川市だからなあ、で所持を流していいものではないと思いますわよ!?」
「もうちょい証拠が欲しいな」
「……それじゃあ、こいつを見れば流石に信じざるを得ないですわよね。」
そう言って巴が指をパチンと鳴らすと、白と黒とが映えるゴシックロリータな服が、途端にぱりっと新品のように綺麗な浪川中学校の制服へと切り替わった。
先ほどまで持っていたスナイパーライフルも、どういう仕掛けかまるで最初から無かったかのように姿を消す。
豊満な胸を持ち上げるように腕を組みながら、巴は教えたがりの教師のように人差し指を立てながら口を開く。
「これで信じてもらえたかしら?」
「……手品?」
「魔法ですわま・ほ・う!! 種も仕掛けもありませんわよ!?」
「──得物出すとこ見せりゃ納得するでしょう。手品のように身振りを見せずに出せば」
待つことに飽きたのか、神流は葉巻を吸いながら巴にアドバイスを出す。
巴は「閉まった後に?」と少し不満げな表情。
「特に理由もないのに出すのには抵抗があるんですけど、仕方ありませんわね」
巴は仕方なしに、手元にスナイパーライフルを何もないところより取り出した。否、現れたといった方が適切だろうか。
どこかから引っ張り出すという動作をすることもなく、本当に突然、巴の手元に現れたのだから。
その現象にはさすがの竜子も目を丸くし、煙草を口から落とした。
「……ふぅ。これで信じてもらえたかしら?」
「あ、あぁ……夢か幻覚と思いたいけどよぉ」
「残念ながら現実ですわ」
巴はそう言って銃口を窓に向けて、引き金を引く。
紙巻き煙草と葉巻の煙が充満する白い煙の空間に、青白い線が引かれその後を煙が渦を巻き弾道を現す。
やがて聞き慣れた窓ガラスの割れる音が鳴り響き、入ってきた風が白い煙を吹き流していった。
夏の生ぬるい風が、煙の動きが、今起きている現象を本物だと実感させる。その様に竜子は思わず頭を抱えた。
あまりに非現実的すぎる事が、目の前で起きている。巴の出した銃が放った弾道もそうだ。青白い光なんて、普通の銃なら残らない。
「──貴女が今目撃したものは夢でもなければ、薬が見せた幻覚でもない。すべて本当に起きている現実ですわ」
「あー、わかった……悪夢だと思いたいけど、どうやらそうみたいだな」
竜子は頭をガシガシと、血が出るくらい力強く搔きむしったかと思うと、不意に巴の方に視線を上げた。
「で、私を呼んだ理由はなんだ? 私にゃそんな力なんてものはねーぞ」
「あるんですよ、あるから呼んだんです」
そう言って神流はおもむろに机から立ち上がり、竜子の腕に指を添わせる。
獰猛な獣のような瞳が、竜子の眼を一点に見つめる。
「──貴女は不思議に思ったことありませんか? たかが一介の女子中学生が大の大人の男をぶちのめし、ヤクザ相手に五体満足でいられるなんて。マナイーターの攻撃を受け止めることができるなんて」
「そう、特に理由のないとんでもない力。それこそが魔法少女の才能、なれる条件ですわ! ……なれるといいますか、今のところの見つける指標といいますかですけど」
神流の言葉に、竜子はようやく自分の違和感に気付いた。
いくら強いとはいえ、ヤクザの大人相手に大立ち回りをして負け知らずなんて、よくよく考えたらおかしな話だ。普通なら取り押さえられて殴られるか犯されるかしている筈だというのに……。
それにインベーダーの攻撃も、ごく当然のように防いでいたが……コンクリートの建物を普通に壊していた化け物相手に白刃取りしてある程度拮抗するなんて、普通はあり得ない。
竜子は、あり得ないことが出来てしまっているのだ。これまで生きてきた人生の中で、今さらながらにそれを実感した。
「そしてあの時、インベーダーの血を浴びた今、貴女の力は覚醒し本来のものを取り戻しつつある……私や巴みたいに」
「──私にも、そんな力が?」
竜子は自分の手を見つめる。
そんなことを急に言われても、にわかには信じられない。当然だ、今までそんな非科学的なものに一切触れずに生きてきたのだから。
神流は竜子の手を掴み、顔を見つめながら口を開いた。
「ある。だからこそ貴女を殺せるくらいの刺客を送り込んでテストをしたんですから」
「いやあのテストに関してはやる必要なかったですわよ」
「──貴女が戦える人間か見極めるために、必要でした」
「だーかーらー! 必要なかったですわ!! 竜子さんは喧嘩が得意だってとっくにこの街中に知れ渡ってるんですから!! 貴女戦いたかっただけでしょう!?」
巴の言葉に竜子は訝し気な目で神流を睨むが、神流はフッと鼻で笑ったかと思うと竜子から手を放し、窓辺に足を乗せていた。
とっくに日は沈み、空には丸い月がのぼっている。
「それじゃあ、また会いましょう」
神流はそう言い残し、三階である生徒会室の窓から外へと飛び出していった。
「あいつごまかしやがりましたわね……まあ、もう夜遅い時間ですし、私たちもそろそろ帰りましょうか」
時計を見ると、すでに時刻は8時を回っていた。とっくに下校時間どころか、良い子は出歩いてはいけない時間となっている。校内の見回りに見つかったら色々と面倒なことになるだろう。
この学校にそんな管理人がいるのかどうかははなはだ疑問ではあるが。
「いや黒い化け物とか男女とか、そもそも魔法少女がなにかとか全然説明が足りてないんだが」
「それはまあ、また後日、落ち着いた時にでもしますわ」
それでは、と言い残し巴も神流と同じように窓から飛び降りた。
竜子が窓に駆け寄って外を見てみると、小さいフィギュアのような大きさの巴の姿があり、三階という高さから飛び降りたというのに、さも下駄箱から普通に歩いてきましたとでも言いたげな足取りで下校していた。
一人取り残された竜子。
「……あいつら答え以上に謎だけ残していきやがった」
竜子は流石に飛び降りる勇気は持てず、普通に階段を降りて下校した。




