第4話:ケンカしようぜ!
生徒会室を探す為にうろついていたら上級生と喧嘩をし、教師に追い回され、生徒会室にたどり着くころには、窓から差し込む光は夕焼け色に染まっていた。
すっかり吸い終えた煙草の空き箱を廊下に捨て、見上げる。すっかり埃が曇らせて読みにくくしてしまっているが、生徒会室、と書かれたプレート。
「はぁ……無駄に足運ばさせやがってよぉ」
市立浪川中学は無駄に広く、そして無駄に喧嘩早い不良達とエンカウントしてしまう。お陰で無駄に時間を食ってしまった。
黒い血もすっかり乾き赤い新鮮な返り血に染め直された服を着ながら、竜子は生徒会室の扉を開く。
「……あん?」
生徒会室には誰もいない。円状に並べられた長机と、生徒会長が座るのであろう一つだけ飛び出た机が夕日に照らされている。
下校時間もとっくに過ぎている。登校時間も下校時間もろくに守らない生徒たちであろうと、帰り支度を済ませるような時間だ。流石に待ちわびて帰ってしまったのだろうか。
無駄に苦労して無駄足だった、と言葉が竜子の頭によぎる。無駄に時間を食ってしまった原因は売られた喧嘩を全て買った自分なので地獄自得なのではあるが。
「しゃあねえ、明日また来るとするか」
「待ちわびましたよ、選ばれし者」
踵を返して帰ろうとした瞬間、凛とした声が竜子にかけられた。
「その声は──」
凛とした貫くような冷たい声。見ると一人の少女が机の上に立っていた。
夕日に照らされた黒く長い髪、引き裂くような鋭い目。顔のいたるところに切り傷が残っているが、それでも損なわれぬくらい美しく整った顔立ち。
そして、手には木刀を握っている。
竜子が少女の姿を認識した瞬間、少女は足元の机を蹴り、木刀を竜子に向けて突き出してきた。
「喧嘩してぇんならそう言えやボケ!!」
竜子は咄嗟にしゃがんで避ける。資料の詰まった棚のガラスが砕け、竜子に降り注いだ。いくつかのガラス片が竜子の顔に突き刺さる。
「最終テストです」
「はぁ? 最終テスト!?」
貫かれた資料ごと木刀を横なぎにして、ガラスごと棚から引きずり出す。分厚い資料が竜子の視界を塞ぐ。
が、感で腕をクロスさせ頭上に掲げる。腕に重い衝撃が加わり、みしりと木刀が音を鳴らした。
竜子は少女の腹を蹴り上げる。少女は自ら後ろに飛ぶことで衝撃を逃がした。後転して着地し竜子を睨みつけ、獣のように獰猛な笑みを浮かべる。
心底楽しんでいる。生粋のイカれた喧嘩師の顔。最悪な者に呼び出されたと竜子は舌打ちを鳴らす。
「なんだテメェ急にいきなり! 昼の連中しかり、急に襲い掛かってきたのしかり!! テメェに襲われる筋合いはねーぞ!?」
「理由ならございますよ。貴女は強くて、そして黒い血を浴びた。それ以上に何か説明が?」「なんもかんも足りてねーぞコラァ!!」
竜子は手近に転がっていたパイプ椅子の足を掴み、武器として構える。
少女はニタリと笑みを深め、木刀を構えなおした。
「ぶっ殺す!」「ぶち殺す!」
ほぼ同時に相手を殺す決意を固める。
相手への殺意をこめ、握る手に力が入る。
少女の振り下ろされた木刀が、竜子が振り上げた椅子の拳が、お互いぶつかろうとした瞬間──
「そこまでですわ」
青い光線が木刀と椅子を消し飛ばした。竜砕けた木刀と椅子の破片が壁に当たり、窓ガラスを揺らした。
愛刀の木刀をナイフのように握り直す少女。ひしゃげ飛んだパイプ椅子だったものの廃材を空中でつかみ、槍のようにとがった断面を少女へと突き立てようとする竜子。
「そこまでだっと言ってますでしょう!?」
竜子と少女の間に割って入る、黒いゴシックロリータな服を着た少女の姿。雲のようにふわりとした栗色の長い髪と足元まで隠れるロングスカートが、少し遅れて重力に従う。
少女は双方にスナイパーライフルの銃口を向け、ため息をつく。
「全く……その殺し合い、この飯辻巴が預かりましたわ。お互い殺意を収めてこの場は──」
「女が殺し合いの間に入ってこないでください殺すぞ!!」
「誰だテメェ邪魔してんじゃねえ殺すぞ!!」
「えぇ……? というかあなたも女でしょう!?」
あまりに理不尽な怒鳴られ方に唖然とする少女、巴。特に、竜子と喧嘩していた女の方は自分の性別棚に上げての台詞であるからして、なおさら理不尽感が強い。
だが言われようと銃口は下げず、二人を逆ににらみつける。
「神流さん、貴女が変身するより先に、私の銃が木刀の後を追わせますわよ?」
「……チッ。せっかく楽しく殺し合ってたってのに……相変わらず空気読めないですね。巴。あっ、木刀弁償してくださいね」
「本気で殺しにかかった罰ですわ、自分で買いなおしなさいまし」
神流は中ほどまで折れた木刀を肩に担ぎ直し、苛立ち気に舌打ちを鳴らす。
「竜子さん、この銃は御覧の通り本物と遜色ない威力ですわ。……私の言いたいこと、分かりますわよね?」
巴の警告の声に、竜子も仕方なしにパイプ椅子の残骸を床に放り捨てた。
木刀や鉄製の椅子を消し飛ばすほどの威力を持つ何かを発射する銃、竜子としても流石にそんなものを向けられていては、決着を諦めざるを得ない。
両者とも仕方なく、消化不良感に目が文句を言っている。突如乱入してきた少女は二人の顔を見て天を仰ぎ、深い溜息を吐いた。
神流は適当な机に腰掛け、竜子は転がっている椅子を足だけで起き上がらせてそこに座り、煙草に火をつけた。
問題児たちに巴は眉間にしわを寄せ、懐から取り出した胃薬を適当な量出し飲む。
明らか適量をオーバーしているが気にせず飲み込み、ペットボトルの水で流し込んでから、神流をキッとにらみつけた。
「全く、貴女がテストしたい~って言うから任せてみたら……思いっきり殺すつもりで襲わせるわ直接喧嘩するわで……貴女に任せた私が愚かでしたわ」
「殴れないような半端もんが来ても足手まといになるだけでしょう、だったらこうした方がそいつの為ってもんですよ」
「加減というものを知りなさいな!! 下手したら死んでましたわよあれ!?」
「そん時は自分の命も守れないようなカスだったってだけですよ。そんくらいで死ぬくれぇなら今のうちに死なせてやった方がそいつの為です」
あれこれ言い合いをする二人を眺めながら、竜子は煙草の煙を吐き出した。
呼び出しておいてその当人放置で痴話喧嘩。しかも諸悪の根源は神流という女なようで、まるで反省の色も見えていない。あれくらいやって当然とでも言いたげだ。
それに対し巴は頭を抱えたり、時折竜子の方を見て申し訳なさそうに頭を下げたりしながら神流のしでかしたことを批判してる。どうも暖簾に腕押しな状態ではあるが。
「……そろそろ、なんで私を呼び出したか聞いてもいいか?」
煙草を足で踏み消しながら、竜子はうんざりそうに尋ねた。すっかり夕日も落ちて、月がのぼり始めている。
「あっ、ああそうでしたわね……その前に自己紹介をさせてくださいませ。私は飯辻巴、現浪川中学校の生徒会長にしてスナイパーライフルを武器としている魔法少女ですわ」
スカートの端をつまみ、飯辻巴が丁寧にお辞儀する。次に神流と呼ばれた少女が、足を組みながら口を開いた。
「いたんだ、この学校に生徒会長……」
「どの学園にもいると思いますが……」
治安が悪い、というレベルではない、教師を見下し、あざ笑うようなものしかいない浪川中学校に、教師の使い走りとも呼べる生徒会長が実在したことに、竜子はかなり驚いていた。
ツチノコを発見したような気分である。
「まっ、まあいいですわ。そしてこのお馬鹿さんが」
「内田神流、得物は日本刀です。……命拾いしましたね、石川竜子」
「てめっ、なぜ私の名前を!?」
竜子の記憶が正しければ、神流と出会ったのはこの生徒会室が初めてのはずだ。それ以前に面識は無い。
神流は適当な机の上に腰掛け、足を組んで葉巻を咥え、火をつけた。
「誰が貴女を助けたと」
「……あー! あの時のコスプレ女!!」




