第30話:破砕 〜クリスタルタワー: シルクスの塔〜
「ふっ、ふふふっ、ふはははははははは!!」
「やることえっぐいですわね、悪役?」
「あいつだけ一人殺人鬼メンタルなんだよなぁ」
黒い血で全身を真っ黒に染めた神流が興奮気味に高笑いをする。その様はまさしく悪人、どちらが人類の敵かすらもわからなく思えるくらいに。
巴は己の得物である武器を消し、黒い血液を滴らせながら高笑いする神流をあきれた様子で見つめていた。
「煙草、吸いませんの? いつもの貴女でしたら、問題ごとが全部片付いたら一服しそうですのに」
「……片付いたら一服するよ」
竜子は言葉少なく巴に伝える。巴もその言葉を聞き、緩んでいた気を引き締め、スナイパーライフルを再度展開させる。
いやに呆気なく殺されたクラスター。確かに他のインベーダーに比べたら厄介だったかもしれないが、アポテム伯爵やシャム男爵夫人の血液を浴びたことによる強化で対応しきれない程ではなかった。
故に、あっさりと終わった。だがそこがおかしい。どうも引っかかる。違和感が付きまとう。
初めて姿を見せた、骨格標本のような姿。たかが肉体に入ったものを殺した程度ではい終わりとは考え難い。
……第一、最初に死体へ入り込んだ理由はいったいなぜだ? 何故そのような事をする必要がある?
「神流!!」
竜子がそう言葉を発した瞬間、クラスターの肉体から黒い骨が、刀をレールのようにして下り落ちてくる。左腕がナイフのように鋭くなった骨、神流は咄嗟に刀から手を離し後方へと下がるが、振り下ろされた刃は神流の服を引き裂き、その下にある白い肌を薄く裂いた。
「第二形態、ですか。全く味な真似を」
傷口に手を当て薄く笑う神流。その横を青い光線と二本の斧が、黒い骨を砕き散らさんと通化する。
爆炎が黒い骨を覆い隠し、新たに投擲された斧がその中に突っ込んでいく。
「神流さん、大丈夫でして!?」
「不覚……浮かれてました」
傷口を押さえながら返答する神流。竜子は神流を冷ややかな目で見ながら指摘する。
「浮かれていたっつうかキマってたな、ヤクキメてたみたいに」
「ぶっちゃけ傍から見て怖かったですわ」
「親玉インベーダーの体液は麻薬並にキマります。実質MDMA」
竜子たちは軽口をたたき合いながらも、第二形態として復活しやがった敵を見やる。
先ほどよりよっぽど化け物の姿に変貌したクラスターの姿。
『まさか、我が子達の血を浴びたとはいえ……貴様らがここまでやるとは』
頭の中に直接声が響く。
クラスターを貫いていた刀が落ちているところから数メートルのところ、黒い骨格標本のような姿のものがひとりでに立っていた。ナイフのようになっている右腕に、普通の人間と同じように生えた左腕。髑髏の額が割れ、その中から目玉が覗いている。
『……驚いたぞ。まさか我が配下を全て倒すばかりか、この我をあと一歩のところまで追いつめるとはな』
「あと一歩っつうか、私ら全然目立ったダメージ受けてないけどな」
「正直、面倒ではありましたけど強いという感じはしませんでしたね」
『……その余裕もここまでよ。今度こそ、貴様ら失敗作を確実に処分してくれよう!!』
「誤魔化したな」
「誤魔化しましたね」
ちょいちょい茶々を入れてくる竜子と神流に苛立ち気な様子を見せながらもクラスターは叫び、宣言し、黒い骨の姿となったクラスターは額の目玉を怪しく輝かせる。直後、床からクリスタルの木が生えてきた。
その数、十五本。不気味にねじれ曲がったクリスタルの木々が立ち並び、竜子たちを囲む。
さながらクリスタルの森。そのどれもがもはや恐ろしく思える程の透明度を誇っており、宇宙から注ぐ太陽の光を透過している。
「最初に私たちを攻撃したのと同じ原理ですね」
『このクリスタルの塔そのものが我が支配下にある……それがどういうことか、その身にしかとわからせてやろう』
クラスターがそう言ったかと思うと、なんという奇術か体はクリスタルの木の中に吸い込まれていった。
否、溶け込んだというべきか。まるで入水するかのように、クリスタルがまるで水と錯覚するかのように、クラスターの姿がクリスタルに紛れたのだ。
「消えた!?」
「いえ、クリスタルの中に姿をくらましたようですね」
「なるほど……このクリスタルそのものが水であり、私達はさながら水辺に追い詰められた虫ということですわね」
三人を囲むクリスタル。竜子たちは背中合わせになり、周りを警戒する。
立ち並ぶ水晶の木々は即ちクラスター専用出入口。どこから飛び出してくるかわからない。
『まずは貴様からだ』
飛び出して来たのは神流側の木。クリスタルの中に潜む前以上に伸び、刀と言っても差し支えない長さとなった左手の刃が迫る。
「返り討ちにしてやりますよ!」
流石というべきか、神流はそれに対し、カウンターめいて刀で相手の体を貫かんとする。
しかし、刀はクラスターの肋骨の間をすべるのみ。肉がなく、骨のみの相手に刀は相性が悪い。刃はそのまま肋骨を通り抜け、虚空を貫く。
そして、クラスターは膝から下までをクリスタルの床に埋め込んだ。刀が下を向くように、肋骨によって固定される。咄嗟、新たに彼方を作り出せるというのに、木刀を使っていた癖で神流は手に力を込めてしまう。
一瞬の隙、しかしてそれを見逃すほどクラスターは甘くない。
「これは不味っ──ッ!?」
このままでは刃を押し出され、神流の腕が貫かれてしまう。それは神流自身も理解している筈。
だというのに、たった一瞬ではあったが、まるで縫い付けられたかのように神流の足が動かなかった。
「チッ!!」
竜子が舌打ちし、神流の襟をつかんで引き寄せる。刀を手放した神流が竜子に引っ張られ、クリスタルの刃が神流の腕を浅く切り裂いた。
竜子の肩に銃身を乗せ、巴はクラスターを狙い撃つ。クラスターは咄嗟にクリスタルの床に潜り込み、魔力の弾丸はクリスタルの木を貫き、倒壊させる。
竜子のお陰で致命傷は防いだ。竜子の命を助けられた。普段の神流であれば、このような強敵と相対したとしてもあり得ない事だ。
「神流さん、大丈夫でして!?」
「ぼさっとしてんじゃねえよお前らしくもねぇ!」
「……こいつを見てください」
「……神流?」
竜子の言葉に、神流は腕を、クリスタラーに貫かれ、ぽっかりと穴の空いた腕を見せた。
痛々しく穴の穿った腕からは、まるで間欠泉のように赤黒い血液があふれ出ている。
「その傷がどうかいたしましたの?」
「……血にしては黒すぎる」
「えっ、そう? ……いや普通の血と変わりないのではなくて?」
普段流血することも、させることもない巴には違いが分からなかったようだが……ぽたり、と床に落ちる赤黒い血液を見て竜子と神流は、その異常さを理解した。
見慣れた血液にしては少し、黒すぎる。
「……なるほど。強くなるということは、そういうことですか」
神流は腕から流れる血を見つめ、俯く。黒い血液。未だ赤の色こそ残っているものの、それはまるでインベーダーのようで……。
竜子も手に持っている手斧で軽く指を切る。流れ出る血液は神流のように、見慣れた血液に比べてどす黒い。
「こいつが、強くなる代償ってやつか」
竜子の言葉に呼応するように、頭の中に声が響く。
『そうだとも、魔法少女諸君……君たちはもはや人間ではない、我々に近づいた存在なのだ』
「私たちがインベーダーに近い存在だと……!?」
「戯言を! 竜子さん、神流さん、あいつの言葉に耳を貸しちゃいけませんわ!!」
インベーダーの言葉に、竜子は立ち尽くす。巴はその言葉をかき消すように、否定するように、巴はクリスタルの木々に魔力の弾を撃ちこんでいく。
しかし、たかがその程度の爆音で、頭の中に直接響く声がかき消されることは無い。鼓膜ではなく頭に直接響いているのだ、物理的に妨害されようと何の意味も無い。
『戯言などではない! 貴様ら魔法少女は、我々を次のステージへと進化させる秘宝、カラミティナイトから放たれるエネルギー──厄災能を浴びて育った。そして貴様らが我らインベーダーの体液を浴びることによって、我らに近しくなるよう進化した。我らと近縁種となった存在なのだよ!!』
その言葉に、竜子すらも顔を伏せてしまう。己の刃で腕を斬り、流れる血液を確かめる。しかして腕から流れる血液の色は、通常の人間のものよりもさらに黒い色をしていた。
『我らの血を取り込み、強くなることこそが、我々と同じ存在に近づいてきている証左に他ならない! 我々に災いをなす者たち──魔法少女よ! 貴様らはもはや人間ではない──我らインベーダーと同じ存在!! どんな気分だ、同種族を殺していたというのは!?』
「竜子さん、神流さん! 耳を貸しちゃいけませんわ!! あなた達は人間! インベーダ―達と同じ種族だなんてそんなことは──」
「いや、別にどうとも思いませんが。同族殺していようが別に」
「だな、別にどうでもいい」
『……何?』
「……へっ?」
心底どうでもよさそうな言葉に、敵味方ながら呆けた声が同時に出た。
竜子と神流は空を埋め尽くさんばかりの量の刀と斧を呼び出し、一斉に降り注がせる。降り注ぐ鉄の雨はクリスタルの木々を次々と破壊し、床に突き刺さっていく。
舞い上がるクリスタルの粉塵、倒壊し横たわるクリスタルの木々。竜子と神流は同時に煙草に火をつけ、煙を吐く。
「同族殺しって言われても、そりゃあ人間殺すのにゃ抵抗あるけど……そもそも殺しにかかられたら人間だろーがぶっ殺すだけだだろうが、そりゃあ多少は抵抗あるけどよー」
「そもそも私、普通に人間殺してますし。魔法少女なる前から」
「そうでしたわ……こいつら今更同族殺しとか気にする玉じゃありませんでしたわ……」
そう、竜子も必要を迫られれば同族だろうが殺す人間であるし、神流に至っては何のためらいもなく極道を殺すような人間だ。竜子がいなければ、あの時極道たちは確実に皆殺しにされていたくらいには。
そんな人間たちに今更同族殺しがどうとか問われたとしても、だからなんだという結論にしか至らない。
殺しにかかってきたのだから正当防衛、過剰防衛ともされるかもしれないが……少なくとも当人二人にとっては、今更人間と言われようが、仮にインベーダーの連中が世間一般に人間だと認められようが知った事ではない。
クラスターが、倒壊したクリスタルの木を吹き飛ばし姿を現す。竜子たちに、信じられないようなものを見るような目を向けながら。
『馬鹿な……貴様等は同族を殺して、あまつさえ平気だとのたまうだと?』
「まず殺しにかかってきたんはテメェだろうが! 狼狽えてんじゃねえぞダボハゼが!」
「吐いた唾は飲めないんですよ、あなた方が我々嘗めて殺しにかかってきたんですから……殺される覚悟くらい持っているのが道理というものではないですか?」
道徳も何もない。竜子と神流という人間は、クラスターの指摘に唾を吐きかける。
インベーダーにも人間にも、敵相手に等しく災いをもたらすもの。自分の法律を絶対とする少女たち。
彼女たち魔法少女はインベーダーの敵ではあるが、人類の味方でもない。正義も何もない、ただの魔法少女。
自分で決めたルールしか守らない、災いをもたらす少女たち。それがただ、何の因果か人間たちの味方をした方が得をするからしているだけに過ぎないのだ。
『……我々に新たな進化の道を確信させたとはいえ、貴様ら魔法少女は所詮失敗作に過ぎぬか。インベーダーとしても、地球人としても……ならば、貴様らのような腐ったミカンを処分するのが、我が勤めというもの!!』
「ハッ、やってみろスカスカ骨野郎! 腐ったミカン舐めんなよ!!」
「テメェの骨砕いて私たちのカルシウムにしてやります!!」
「いやそれはちょっと……」
「急に梯子外すのやめてくれませんか竜子」
竜子のやんわりとした否定に軽くショックを受ける神流に、クラスターは腕の剣で斬りかかる。首を狙った一撃、神流はそれを鞘をつけたままの刀を呼び出し、鞘の部分で受け止めながら体を下げる。
神流の頭上を、薙ぎ払われた斧が通過する。クラスターは咄嗟に自分の横にクリスタルの壁を生やす。
しかして止めることは敵わず、まるでニンジンのように切れていくクリスタルの壁。しかし勢いを殺すことには成功し、首の皮一枚、頭上すれすれのところでクリスタルの床の中に潜り込むことに成功した。
「巴! 援護は任せましたよ!!」




