第3話:WARRIOR
市立浪川中学校、通称スラム街中学校。酒や煙草、薬なんかも質さえ問わなければなんでも手に入る未成年の闇市。
喧嘩がそこらじゅうで巻き起こり、窓ガラスは割れ放題。今日もどこかで誰かの悲鳴がこだまする。
もはや教師に力なんてものはなく、ただ自らに被害が訪れないよう祈りながら職務を務めるのみ……。
竜子は割れた窓ガラスを踏み割りながら、2-B組の教室の扉を開けた。
充満する煙と酒の臭い、じゃらじゃらと麻雀牌の音が鳴り響く。
教室に入ってきた竜子に、一人の少女が手を振ってロシア訛りの声を上げた。
「おっ、リューコ!! お久しぶりです。珍しい、ですね……こんな時間に学校来るなんて」
「おーウォッカ、まあちと色々あってな」
窓際の席に座る銀髪のロシア人少女に挨拶を交わす。ウォッカ、というのは彼女の本名ではなくあだ名だ。本名はもはや教師しか知らず、生徒の誰もが彼女の本名を知らない。
本名で呼ばれず友人すらも知らない、というかなり奇異な状況ではあるが……ウォッカ自信それを受け入れてしまっている。
むしろなぜか誇らしげであり、冗談交じりではあるが酒の神を自称している。
「リューコ、服、黒なってる……イポーニィ・黒子……?」
「学校来る途中で化け物に襲われてな、なんだったか……インベーダーとかなんとか」
煙草を咥え、火をつけようとする竜子。その説明を聞いたウォッカは哀れみの目で竜子の顔を見つめ、肩を叩いた。
「リューコ……幻覚見るほど飲んじゃ駄目、です」
「私は素面だが」
「……じゃあ、ついに麻薬に……!?」
「してねぇわ!! オメェ私をなんだと思ってんだ!?」
「一般人ではない、思ってます。一般人、そんなに喧嘩しない。それも極道となんて」
竜子は、ウォッカの言うことになにも言い返せなかった。インベーダーたちに襲われた件は別として、ここに来る前にヤクザとの連中と喧嘩をしてついでにカツアゲもしていたのだ。
そんなことをする人間なんて、まかり間違っても一般人になりはしないだろう。
煙草に火をつけるのも忘れて遠くを見つめる竜子に、ウォッカはおずおずと瓶を取り出した。
「元気出して……新しい酒、できた。リューコ、飲む?」
そう言ってウォッカは、ラベルの張られていない茶色いガラス瓶を取り出した。中には液体、密造酒が入っている。
未成年である以上公の場で酒を買うことはできないので、この学校ではこうした密造酒が裏で取引されている。
とはいえ、ウォッカの用意する酒が飲まれることは少ない。なぜなら
「……度数は?」
「76度突破。褒めて」
「飲めるか馬鹿!!」
竜子はウォッカの頭にチョップした。
ウォッカの用意するお酒はこうした度数の高い、いわば上級者向けのものばかりなのだ。
当然ほろ酔いが好み、度数高くても精々30度程度を好んでいる中学生にはさっぱり売れず、もっぱらウォッカ自身で消費するばかりだ。
「美味しくできたのに飲まれないなんて……可哀想……およよ……」
「おめえ日本にかなり影響されちまってるな、悪い方向に」
「それで今日はどうしたですか? リューコが学校に来るなんて珍しい……それもこんな時間に、です」
見るからに嘘とわかる泣き真似もころっと止め、ウォッカは竜子に、酒の入った小瓶を渡しながら問いかけてきた。
竜子は懐に酒の入った小瓶をずっと教室に置いていた鞄にしまい、煙草に火をつけてから答えた。
「……よくわかんねー姉ちゃんに学校で会おうって言われちまってよ」
「なるほど……ナンパされた、ですね」
「多分違うと思うけどな、つうかどこでそんな言葉覚えたお前」
竜子はため息をつき、煙草の灰を床に落とす。と同時にウォッカを突き飛ばした。
酒瓶を守るようにして背中から床に倒れるウォッカ。抗議の声を上げようとした瞬間、壁が破壊され、巨大な腕が竜子の服を掴もうと手を伸ばす。
「お酒っ!!」
壁の瓦礫から酒を守るため咄嗟に自分の体を盾にするウォッカ。
竜子は服を捕まえる前に、壁の中から出てきた腕を掴み、腕の主を投げ飛ばした。
学習机と椅子をまき散らしながら転がり落ちるそれは、身長二メートルはあるだろう巨漢。麻雀卓に当たり、牌を床にまき散らしてようやく静止した。
眉間にしわを寄せ、起き上がろうとする巨漢を睨みつける。
「なんだテメェは? この中学で私に喧嘩売るたぁよほど物の知らねえ──」
竜子が言葉を言い切る前にその場にしゃがむと、すぐ頭上をナイフが通過する。
「ウケケケケケケケーッ!!!!」
奇声を上げながら、巨漢が作った穴から飛び出してきた小柄な少女が竜子に向けてナイフを突き立て落下する。
竜子は少女の腹を蹴り上げ、壁に突き飛ばす。腹を圧迫され少女の口から吐しゃ物が吐き出され、竜子の足を汚した。
「ごがががががががー!!!!」
巨漢が低い奇声を上げ机を蹴散らしながら突撃してきた。竜子はぴくぴく痙攣する少女の腕からナイフをひったくると、巨漢の足に向けて投げた。
ナイフは右足に刺さり、巨漢はバランスを崩して顔から崩れ落ち、刺さった個所を手で押さえうずくまる。
「……リューコ、いったいなにしたですか」
ウォッカが呆れた目で竜子を見つめる。竜子はその言葉に答えず、煙草を咥えて火をつけた。
心当たり、無いという訳ではない。こうして襲われる心当たりはそれこそ山ほどある。だからこそ逆に、さっぱり予想できないのだ。
「知るかよ……テメェら、誰の差し金で私を襲いやがった?」
竜子は、巨漢の足に刺さっているナイフを踏みつけながら尋ねる。
巨漢は嗚咽交じりの悲鳴を上げ、どもりながら答えた。
「せ、生徒会室にいる女に頼まれただけだ……それ以上の事は何も知らねえ!」
「そうかよ」
竜子は巨漢の顎を思いきり蹴り上げた。巨漢は脳震盪を起こし、その場で気を失う。
生徒会室、そこに竜子を襲うよう命令した主がいる。それさえわかるのならば、あとは乗り込めばいいだけ。
「ウォッカ、生徒会室ってどこあるか知ってるか!?」
「そもそも初めてあること知ったです。こんな学校に生徒会、規律を守らせるような場所……存在意味、わかりません」
「……そうか」
案内させてから気絶させりゃよかったなあ、と竜子は巨漢と小柄な女を見下ろしながら、白い煙を吐いた。




