第29話:暗闇 ~クリスタルタワー:闇の世界~
クリスタルタワーに設置されていたエレベーターに乗り込み数分。
チンという音と共に開かれたそこは、窓から見れば下に雲があるような天空高い大広間。壁も天井もなく一面ガラス張りとなっており、空を見上げれば真っ黒な空がこちらを覗いている。
「成層圏ってやつですわね……これからの事を考えなければ素直に楽しめますのに」
「すげぇぞ神流! 太陽に睨み付けることができる!!」
「おおっマジですか!? マジですねすげぇ!!」
「……お気楽ですわねぇこの馬鹿どもは」
敵の本拠地のど真ん中だというのにのんきにはしゃぐ二人に、巴は頭を抱えそうになる。狙撃銃を構え警戒している自分が馬鹿みたいだ。
星々や月が間近に見えるクリスタル製天井の下、大広間の中央には巨大な玉座がぽつんと置かれており、そこには──黒い紳士服とウエディングドレスを半身ずつ身にまとった男女が、力なく座っていた。
その姿を見た瞬間、竜子は驚きに目を見開き、手元に斧を呼び寄せる。
「てめぇっ、シャム!! まだ生きてやがったのか!?」
しかして竜子が動く前に巴が狙撃銃を構え、引き金を弾く。魔力によって形成された青い弾丸が男女の額を貫く。首はごとりと、玉座から転がり落ちた。
力なく転がった体が不自然な方向に折れ曲がり、光の無い瞳が三人を映す。
「……随分と弱っていたみたいだな、まさか巴の一撃で死ぬとは」
「いえ、最初から死んでいたようですわ……あまりにも無抵抗すぎますもの。一体何のために、死体をここに……?」
「巴!」
なぜこんなところに死体があったのかを考察しようとした巴に、突如として竜子が駆け寄り、蹴り飛ばした。
そして竜子もその勢いのまま、前屈に転がる。
その瞬間、巴のいた足元からクリスタルの槍が天井高くまで飛び出し、虚空を貫く。
「しっ、死ぬかと思いましたわ……ありがとう、竜子さん」
「死ぬまで感謝しろ。……どこにいやがる、クソッタレ」
斧を取り出し周囲を見渡すが、やはり誰もいない。
しかし、突如として頭の中に声が響く。
『我が愛しい子達を殺したのは貴様等か、忌々しい地球人どもめ』
その声は男とも女とも知れない、性別を感じさせない声。シャム男爵夫人のような男女の声が同時に聞こえているというわけではない、そもそもが性別を感じさせない声。
それが直接脳髄に響いてくる。
「誰だ、姿を見せやがれ!!」
竜子が叫んだ直後、クリスタルの槍が割れ、その中から黒い骨が現れる。
骨はまるで糸で釣られているように崩れることなく、操られるようにひとりでに動き玉座へと歩く。
一歩、一歩と力なく、よたよたと歩く骨。神流は何も言わずにその骨へと近づき、大きく振りかぶって、
「おっ、おい、神流?
「先手必勝です。そりゃっ!!」
首を狙ってフルスイングで放った。しかし見えない障壁によって弾き飛ばされ、刀は宙を舞い床へと突き刺さる。
神流はそこで諦めることなく新たに呼び出した刀をナイフのように逆手に持ち、叩きつけるように背後から襲う。が、
「刃が通らない……!?」
まるで見えない壁でもあるかのように、攻撃が遮られてしまった。
貫けない、切り殺せないことに歯噛みする神流。攻撃されているというのに構わず、まるでいないかのように歩く様に更に苛立ちに拍車をかける。
「神流、そのままにしておけよ……おらぁっ!!」
竜子は刀の柄を思い切り殴りつけた。しかして、キンという音が虚しく鳴り、刃はまるでチョコレートのように砕け散る。
神流たちの妨害も虚しく、やがて骨はシャム男爵夫人の死体の前で足を止めた。
床に落ちたシャムの顔に手を伸ばし、体にめりこませるように固定する。そして、骨の体を近づける。骨の身体がシャムの体に飲み込まれていく。
「そこっ」
骨がシャムの死体と一体になる直前、照準を合わせていた巴が引き金を弾く。竜子と神流は慌てて飛び出し、黒い骨から距離を取った。
青い閃光の魔力弾がシャムの死体の右腕を貫き、遅れて連鎖するように閃光が破裂した。
「合体する直前はバリアが剥がれるもんと相場が決まってますわ」
「巴てめぇ殺す気か!?」
「流石に巻き添え食らったら死んでましたよあれ!?」
「ギリギリ大丈夫なように調整はしましたわ」
砕けたクリスタルによって巻き起こった爆発をしり目に竜子が不満の声を上げ、巴はあっけからんと答える。
先ほどの狙撃、確実に仕留めた手ごたえがあった。流石にこれで殺すことができたはず──
『……やはり貴様ら地球人は、生かしておくわけにはいかんな』
しかし、仕留めきれなかったと声が脳内で嗤う。そして突如として部屋全体に衝撃が走り、クリスタルの煙が晴れた。
「地球征服を邪魔する愚かな地球人共……その手始めに、貴様等に無残に殺されたインベーダーに変わり、このクラスターが貴様らを殺し、復讐を果たしてくれよう」
煙の向こう側、シャムの身体を乗っ取ったのであろうそいつ──クラスターは、黒い骨をクリスタルで覆った人型をしていた。右腕はブレードのような刃となり、そして左腕はさながら銃のような形をしている。
竜子が口角を上げ、神流が刀を構える。
「随分と御大層な野望をもってやがることで、面白れぇ! この石川竜子が相手になってやる!!」
「内田神流、参る」
……二人して名乗り口上を上げたというのに一人、銃でクラスターの頭に狙いをつける巴。竜子と神流は巴を一瞥し、やれやれといった風に首を振るう。
「えっ、これ私も名乗る流れですの……? この飯辻巴が、あなたの計画をぶっ壊してさしあげますわ!! ……くっそ恥ずかしいですわねこれ!!」
羞恥で顔を真っ赤にしながら仕方なく名乗った巴に、二人して何も言わずうんと頷く。
そして竜子と神流は同時に床を蹴り、同時にクラスターへと斬りかかる。
「愚かな、所詮は猪武者でしかないか」
「げっ、やばい!」
しかし、左腕の銃から放たれた無数の弾丸が竜子たちを迎え撃つ。
竜子は咄嗟に巨大な斧を盾として呼び出し、身を隠した。直後放たれる無数の弾丸、クリスタルが竜子の呼び出した斧に弾き飛ばされ、徐々に削っていく。神流は急所の部分のみを刀で防御するが、防ぎきれなかった箇所の皮膚が吹き飛ばされ、血が噴き出し床へと落ちた。
「神流、大丈夫か!?」
「誰にモノ言ってやがるんですか」
刀を杖のようにして立ち上がりながら、神流は強がりを言う。
ショットガンのように無数の弾を同時発射する銃。さしもの神流も流石に同時に放たれた弾丸を全て打ち落とすのは不可能である。一発ずつであればなんとか弾を打ち落とすことができただろうが。
「我が子達の後を追わせてやろう」
クラスターが銃口を二人に向ける。絶体絶命、竜子と神流は歯噛みした。
だが先に撃たれたのはクラスターの方であった。巴の放った弾丸がクラスターの銃を弾き飛ばし、軌道が上へと逸れる。
「二人へは近づけさせませんわ!!」
「ふん、その娘は多少賢しいようだな。だが、そのような豆鉄砲がこの私に効くとでも?」
「通るまで撃ち続けるだけですわ」
巴が、クラスターを竜子たちに近づかせないようにけん制で射撃を行う。
放射状に広がる魔力の炎が、クラスターの放つショットガンの弾を打ち落とす。
あのまま押し切ることは不可能そうではあるが、多量の魔力の衝撃によってクラスターの足を止める。多少作戦会議をする時間程度はあるだろう。
竜子と神流が顔を突き合わせて、できるだけ体力を消耗しないよう声を抑えて言葉を交わす。
「さて、どうする? なんかいい作戦思いついたか?」
「んなもん決まっているでしょう、あいつの喉元に届くまで特攻あるのみです」
「流石にそれやったら死ぬとは思うが……まっそれしかねえわな」
もっとも、作戦なんてものは馬鹿二人には立てることは不可能であったが。
結局のところ玉砕覚悟で突っ込むのみ。竜子と神流には、これくらい単純で分かりやすい喧嘩の方法しか思いつかない。
「巴、あのクラスターとかいうやつの喉を引き裂く! 援護頼めるか!?」
「やれるだけはやるつもりですけれども、あまり期待はしないでほしいですわね!!」
「上等、失敗すりゃ死ぬだけです」
神流が呟くように言葉をこぼし、刀を逆手に構えて床を蹴った。竜子も彼女の後に続く。
神流はクラスターの頭上に、降り注ぐように刀を呼び出す。竜子は斧を呼び出し、左右から挟み込むように投げつけた。
左右上同時攻撃。取り回しづらい銃だけではどれか一つを防ぐことしかできない。そして剣を使って撃ち落としたとしても、必ずどれかはクラスターの体に傷をつける。
そして注意が一瞬でも逸れてくれれば、魔法少女である竜子と神流はクラスターの懐に潜り込むなぞ容易に可能だ。後は致命傷になる一撃を与え、殺せばいいだけ。
「私らのコンビネーションについてこれるかよ!!」
「とっととその薄汚い命、散らせてください!!」
決まった。これは確実に殺した。クラスターとの距離があと三メートルといったところで竜子は勝利を確信した。
しかし、クラスターは全くの想定外の行動をとった。
「その程度、コンビネーションとは言わぬ」
クラスターは、己に襲い来る武器を打ち落とすという選択をするのではなく、竜子たちに銃口を向けた。
竜子たちへ近づくように前へ出る。竜子の放った斧はクラスターの背後を通り過ぎたが、刀はクラスターの背中を刺し貫く。
しかし、それがどうしたとい言わんばかりにクラスターは弾を放つ。無数のクリスタル製ショットガン、予想だにしない行動に呆気にとられた竜子は神流の首もとをふん掴み、無理やり自分のところに引き寄せ、巨大な盾に身を隠させる。
弾丸の威力は少し威力は小さくなっているが、それでも脅威なのに変わりはない。斧の側面にクリスタルの弾丸が叩きつけるように当たる。
「この程度の傷で、我を倒すことができると思っているのか?」
クラスターは己の体に刺さった日本刀を無理やり引き抜き、竜子たちが身を隠している巨大な斧に向けて投げつける。
破裂するような鋭い音が鳴り、刀の刃が斧を貫き、頬に傷が入る。
「どうします、竜子」
「どうするったって……どうすっかなあ」
クラスターの足を止める巴の魔力弾丸の残滓を眺めながら、竜子は煙草に火をつける。
打つ手なし、どうすればいいのかさっぱりわからない。近づくことすらできない。正直あの銃は反則ではないかと思う。匙を投げたくなる。
「なんかいい作戦あるか」
「私を信じて突っ込んでくださいまし!!」
竜子の言葉に、巴が答える。玉砕してこいともとれる言葉。
短い、しかして確信をもって放った言葉。竜子と神流は顔を見合わせ、互いに頷く。
巴が信じてと言ったのだ。その言葉には確信が満ちていた。ならば、今はそれに賭けるしかない。
「失敗しても死ぬだけですから」
「死んだら恨んでやるからな、巴」
竜子たちは意を決して斧の盾から飛び出し、クラスターへとまっすぐ突き進む。
向けられる銃口。放たれる弾丸。このままでは弾が竜子たちの体を穴ぼこにしてしまう。だが、それでも、竜子は、神流も、避ける素振りすら見せずただ突き進む。
彼女たち二人の間を、一筋の閃光が走った。巴の放った魔力弾はクラスターの放ったクリスタル弾の一つを弾き飛ばす。
それらが連鎖するようにクリスタルの弾を弾き飛ばし、竜子たちを通り抜けた。背後でクリスタル製の床とはじき合う音が響く。
「なっ、バカな!?」
「パターンさえ覚えれば簡単ですわ」
「ナイスだぜ巴! 神流、行くぞ!!」
「合点です」
刀を構え、神流はクラスターへと斬りかかる。斧を構え、竜子はクラスターを叩き切ろうとする。
クラスターは竜子からの一撃を手の剣で受け止め、神流の一撃を身をよじって躱す。
竜子たちによる流れるような連撃。ひとたび近づけさせたが最後、それから逃れるすべはない。
「きっ、貴様らのような……信念無き、人間なんぞに!」
苦し紛れにはなった銃弾、クリスタルのショットガンが火を噴くが、長い銃身が仇となった。竜子に銃身を捕まえ、弾丸は天井へと発射される。神流が銃となっている手を切る。刃が半分程度食い込み、銃道を潰す
。
「これでチャチな銃は撃てなくなりましたね」
神流が刀を呼び寄せ、心臓めがけて穿つ。クラスターはそれを剣で防御しようとするか、刀はクラスターの腕剣をすべり、胸元へと刺さった。そこへ神流は鞘に掌底を打ち込み、更に深く刃を押し通す。
「馬鹿なっ……そんな、そんな筈……っ!? 人間如きが、我々を倒すなど……!!」
「テメェは今から、その人間に殺されるんだ!!」
竜子が斧をハンマーのように構え、刀の鞘に向けて思い切り振り下ろした。刃がクラスターの体を貫き、黒い血がしたたり落ちた。
「往生しやがれ!」
「ですわ!!」
今度は天空から降ってきた巴が狙撃銃でクラスターの後頭部を殴りつけた。そのまま手元で狙撃銃を一回転させ、膝に二発撃ちこむ。
足の関節部を砕かれたクラスターはその場に崩れ落ちた。
「ここで、倒れるわけにはいかぬ……貴様らのような、奴ら相手に……!!」
だが、しかし、クラスターはそれでも立ち上がろうとする。
彼の背には、散っていった多くのインベーダー達が。無数の命が、無念が背負われているのだ。
彼を倒すにはまだ足りない。だが、ここから反撃するのは、余力が全く足りないでいた。
「これで、終わりです!!」
神流はクラスターの胴体を二本の刀でクロスするように貫き、はさみのように開いた。クラスターの肉がはじけ飛び、黒い血液をまき散らし、ゴミ箱をひっくり返したように内臓が零れ落ちる。
クラスターの返り血が神流の顔に飛ぶ。飛び散った臓器が神流の服を汚す。
だというのに、神流の顔には切り裂いたような笑みが浮かんでいた。




