第28話:ヴァンパイア
自衛隊を突き放してからしばらく、突き当りを曲がってすぐのところに、エレベーターのような扉があった。上下に先端を向けた三角が描かれているボタン、その前に一人の少女が座り込んでいた。
黒く汚れた渇いてきている血と、赤く流れ続ける血。二色の血液が浪川中学校のセーラー服を汚す。息は荒く、血色も悪い。
神流は葉巻を揺らし、面白そうに口角を上げながら親指を自分の後ろへと向ける。
からかってやろうという気を隠そうともしない顔に、巴が抗議の意味を含んだ横目で神流を見た。
「向こうに自衛隊がいるから救助してもらったらどうですか、竜子」
「っせぇ、たかがこの程度の傷で逃げ帰れってか? ここで帰る訳がねえだろうがよ、私が」
そう口では強がるも、竜子は立ち上がれる様子はない。何かを引きずったような血の跡を見るに、はいつくばってなんとかここまでやって来れたところで力尽きたようだ。
それも無理はない。彼女の受けた傷は、外傷だけ見てもかなりのものだ。
アポテムを圧倒し続けた神流と違い、死闘を繰り広げた竜子の負ったダメージは大きい。もはや立ち上がる余力すら残っていない様子だ。
だが、それでも、その目に闘志が消えることはない。むしろ逆に、めらめらと燃え上がっている。
「……竜子さん、今回は私たちに任せてくださった方がいいと思いますわ。その傷、早く治療しなければ命にかかわりますわよ」
「……うる、せぇ」
巴の言葉に、竜子は言い返せない。竜子本人ですら、薄々感づいている。いくら普通の人間より治癒能力の高い魔法少女とはいえ、なんとか動けなくはない程度まで回復したとはいえ、このままではただでは済まないと。下手をすれば死んでしまうと。
その程度、竜子自身自覚している。理解している。
「なぁに、一服するまでに、回復もするさ」
だが、だからといって引くわけにはいかない。
竜子はそう強がって、煙草を咥えた。ライターで火をつけようとするが、手が震えてうまくつかず火花ばかりが散る。
神流が竜子の手からライターを奪い、代わりに火をつけてやる。じりりと紙巻きの煙草が焼ける。
「いいか、巴」
竜子は煙と共に、言葉を吐き出す。
「私らは、不良だ。自分の力で、何でも解決できるなんて、思い上がっちゃいねぇが……自分の手で解決しねぇと気が済まねえ、とんでもねえ馬鹿不良だ。そんな奴が、ここでおめおめとよぉ、深手を負ったからって……喧嘩から、逃げ帰っちゃ話にならねぇんだ。それだと、不良失格なんだよ」
そう言い終えたところで、竜子の手がだらんと落ちた。
すわ死んだかと思ったが、煙草はきちんと咥えたまま。煙を味わう為に、力を抜いたようだ。
もはや瀕死の重傷。プライドなどというくだらないものに拘っている場合じゃない。だというのに、全く逃げない様子の竜子に、巴は戸惑う。
「わ、わかりませんわ……私にはさっぱり理解できませんわ! 自分の命以上に大切なものがありまして!? 竜子さん、貴女……自分がどれだけ馬鹿げていることを言っているかわかってまして!?」
巴の言葉に、竜子は何も返さない。竜子とて、自分でも馬鹿げていると思っている。こんな傷を負ってまだ喧嘩しようと思っているなんて。
だが、理屈ではないのだ。不良の喧嘩というものは、自分が納得いくかが全てなのだから。
咥えている煙草が揺れ、血の中に落ちる。もはや煙草を咥える力すら残っていない。それでも闘志の炎を絶やすことができないどうしようもない存在なのだ。
「……あなたの気持ちは私にもわかります。ですが、現状のあなたでは力不足が過ぎます」
「……だろうな。だから、連れていけとは言えねぇよ……自力で動けるようなったらテメェらの後を追う。……迷惑はかけねぇよ」
竜子とてさすがにそこまで馬鹿ではない、今の状態では自分では力になれないことくらいしっかりと自覚している。
諦めたように顔を伏せる竜子。
逃げるわけにはいかない、ここで死ぬわけにはいかない。もはやそういったプライドだけで生きている状態。故に、連れていけ等と、これ以上のワガママを言うつもりはない。
ただ、逃げさせないでくれと。竜子は巴にそう願う。
その内心を察したのか、大きなため息を吐いた。
神流である。あきれ果てた馬鹿を見るような目で竜子を見ている。普段であれば喧嘩かと騒ぎ立てるものだが、竜子にはもはやそんな力も残されていない。
「……んだよ、神流」
「こんなところで諦めるなんて、貴女らしくないですよ」
「つっても、もう打つ手なし、だろ」
「いいえ、こいつを使います。竜子、口を開けなさい」
「……あ? 何言って──」
神流の命令に、竜子が聞き返そうと口を開いた瞬間、神流は竜子の口を片手で固定した。
「ちょっ、神流さん!? 何するつもりですの!?」
「黙って見ていてください。……悔しいですが、ここで戦力が減るのは困るんですよ」
神流は、髪をつかんで持っていた生首を竜子の頭上の壁に押し当てる。肉が避け、骨が砕け、黒い血が竜子の上半身を濡らす。
口の中に、インベーダーの血液が流れ込んでくる。
「ごぼっ、ごばばばばばぼぼ!?」
「インベーダー共の体液を浴びれば強くなれる、つまりレベルが上がるってことです。レベルが上がれば体力も回復します」
「……魔法少女として強くなれるのは否定しませんけれども、イコール体力回復するわけじゃないような気がしますわよ……? というかそれゲームの世界だけな気が……」
「治癒能力も上がりますし、それにあれです。血が足りてないんですから血を飲めば回復するでしょう」
「魔法少女を吸血鬼かなにかと勘違いしておられて?」
神流の言葉に巴は、思わず頭を抱えそうになる。いくらなんでも無茶苦茶すぎる理論だ。
そんなもので回復するわけがない。
そして、そんなもので回復させられようとしている竜子に、巴は同情した。
血液どころではない。脳漿といった体液から目玉や肉片といったものまで、ダイレクトに口の中に流し込まれているのだから。
やがてあらゆるものを絞り終えたアポテム伯爵の生首を、神流は投げ捨ててから竜子の口から手を離した。
アポテム伯爵の血液と肉片で濡れた顔から、ぽたぽたと黒い血液が滴り落ちる。
「げほっ、げほっ……こんなもんで回復するわけがねーだろ! つうか殺す気か!?」
「その割には元気が出てきたようですが?」
そう言って神流は、血がひときわ大きくにじみ出ている箇所……そこから出血したのであろう箇所の服を指で押した。
傷口が開いていたはずのところを押されたというのに、痛みは全く感じない。
竜子自身信じられないのか、体の至る所を指で圧迫してみる。してみるが、痛みが一切走らない。
自分の身体に起きたあまりにも不可解な現象に、竜子の顔が青くなる。
「……嘘だろ!? 血を浴びたら傷無くなるとか化け物かよ私!?」
「まあ人間か化け物かで言ったら化け物ですわね」
「やーい化け物―」
「……一応言っておくけど、お前も私と同類の魔法少女だからな」
血と肉を食べさせられて傷が塞がった竜子をからかう神流に、化け物を見るような目を向けてきた巴に対して文句を言う竜子。
黒い血液はやがて竜子の体に吸収され、服にしみ込んでいたものもすっかり消え去った。
「そういえば竜子、シャム男爵夫人の血をすすったりはしなかったんですか?」
「お前は私の事を吸血鬼だと思ってやがるな?」
「いえ、私もアポテムのやつを殺した後肉食って血を浴びましたので」
「飲んだ方が強くなれますわよ?」
「……お前ら、インベーダー連中よりよほど化け物なことしてるぞ。私ぁそこまで強さを追及できねぇよ」
「照れますね」
「恥ずかしいですわ」
「褒めてねえよ化け物共」
頬に両手を当て恥ずかしがる神流にツッコミを入れてから、竜子はぽつりぽつりと、目覚めてからのことを語りだした。
「……あいつをぶっ殺した後、気を失っていたんだが……起きた頃にはどっか消えていやがった」
床に血の跡は広がっていた。それらを竜子の皮膚が無意識のうちに吸収したおかげでここまで這って来ることができたのだろう、と巴は推察した。
竜子は腰をひねる。どこも痛むような箇所はない。信じられない話だが、インベーダーの肉を食らってすっかり回復したようだ。
そして魔法少女の姿へと変身した。真っ赤だった特攻服に黒い色が斑点のように混じるようになっている。
「っしゃあ元気復活!」
「……まさか本当に完全回復するとは」
「自分でやってて驚いてるんじゃねえよ神流さんよぉ!?」




