第24話:Vodka
「ふははははは! 驚いたか竜子!!」「いくら貴様の力が強かろうと、いくら貴様がなんでも叩ききることができようと、我々には通じぬと思え!!」
それぞれ独立して男と女が紡ぐように喋る。
さながらトカゲの尻尾のように、切れた部位が再生したのだ。それも、竜子によって切り裂かれる前のようなちぐはぐとは違い、ちゃんと性別に沿った姿に。
「このっ、化け物がっ!!」
女側の腹を蹴り飛ばし、男の腹を斧で叩き切る。先ほどまではちゃんと黒い血が出ていたというのに、まるでつまようじで線を引いた水あめのように斬り跡が残るだけ。それもすぐさま塞がれてしまう。
斬るのは通じないと判断し、頭を蹴り飛ばす。そのまま肩を回転蹴りし、女のところまで蹴り飛ばした。
「はあ……はあ……なんなんだ、テメェ」
竜子は肩で息をしながら、目の前の化け物に思わず毒づく。
シャムたちが透明になっている体の部位を、まるで互いに食い合わせ合う針のような形状に変えくっつくと、元のシャム男爵夫人の姿へと戻った。
常識の範囲外であることは理解していた筈だが、それでもこのような生態を予想白と言う方が無茶な話というもの。
未知の動きに戸惑う竜子を、シャム男爵夫人はせせら嗤う。
「「一言でいうのならば、我々は一人であって一人ではない、ということだ。くくく……さて、二人相手に勝てるか? 石川竜子」」
「……っせえな、言われなくても勝ってやるよボケが」
シャムからのわかりやすい挑発に中指を立てながら言い返す竜子。
しかし、正直なところ竜子としてもどう動けばいいのかさっぱりわからないでいた。
インベーダーの装甲くらいなら簡単に切り裂く切れ味も、水あめのように柔らかいシャム男爵夫人相手では何の効果も無い。ならば叩けばどうなるかといえば、打撃方式の攻撃はあまり効いている様子はない。
つまりは、どう攻撃しようとあまり意味がないとしか思えないのだ。
竜子は頭を働かせるため、煙草を咥えライターを取り出したところで──シャムは竜子の足元に潜り込み、針で喉を引き裂かんと突き上げる。一瞬視線をそらした瞬間を狙って、迫ってきたのだ。
竜子は咄嗟に避けるも、頬に傷が入ってしまう。
「煙草くれぇ吸わせろ!!」
そのままやり返すように斧を横なぎに振るうも、やはり水飴を攻撃しているように手ごたえがない。
「「どうしたどうした竜子、動きが鈍ってきているぞ!」」
「うるっせぇボケがぁ!」
頭がぐらぐらする。腕から流れる血が、竜子から思考する体力を奪う。
またしても弾丸のように突っ込んできたシャムを、竜子は斧を投げることで迎え撃つ。また先ほどと同じようにシャムは顔面から受け、左右に分かれ竜子を襲う。
「馬鹿の一つ覚えだな竜子!」「それでは殺せないとさっき分かっただろうに!!」
竜子は急所となりそうな箇所をかばいながら前へと転がるも、肩の皮膚が削られ、脇腹を引き裂かれる。また、血が流れ続ける場所が増えた。
強引に体を動かし、シャムから距離を取る。着地する瞬間立ち眩みし、膝をつく。
「そろそろ貴様も限界か、石川竜子」「案外呆気ないものだな」
もはや言い返す気力すら残されていない。汗が、床に溜まった血の中に落ちていく。
シャムは二つの体をくっつけてから、心底嫌悪するように竜子をにらみつけた。
「「……この程度のやつに、我々は苦戦していたというのか。最初からここに招き入れていれば、我が同胞達に被害を出さずに済んだものを」」
霞み始めている視界の中、竜子はふと疑問が浮かんだ。おそらくだが、なにか理由がある筈だ。
ふと、足元に瓶が転がる。ウォッカが渡してくれた、アルコール度数の高い密造酒。そして視界の端に移る、乾いた自分の血。
口の端が吊り上がるのが自分でもわかる。竜子は、床に落ちた瓶を握りしめた。
「「だがここまで乗り込み、我々相手に善戦したことには賞賛しよう。褒美に貴様を苦しめることなく、楽に殺してくれよう! 石川竜子!!」」
シャムは止めを刺さんと一直線に竜子へと迫る。もはや虫の息、そして竜子は、もはやシャム相手に打つ手はない。斧を投げようと、それで切り裂こうと、シャムには通じない。
「「死ねええええええ!!!!」」
「死ぬのは……テメェだボゲがああああああ!!」
竜子が叫び、斧を投げる。また同じことを、シャムが嘲笑する。もはや通じないと分かり切っているというのに、無駄な足掻きを。
絶望をわからせるように、シャムは斧を頭から受け止めた。中心から体が二つに分かれ、二人の人型として足りない部分を透明な何かが補う。
「学ばぬ人間だな、石川竜子!」「その愚かな命、ここで断ってくれよう!!」
立っているだけで精一杯な暗い足取りはふらふら、目の焦点すら定まっていない。このような状態の竜子を殺すことなど容易い。シャムたちは二人同時に歓喜の笑みを浮かべる。
この程度の魔法少女語時にインベーダー達を殺されてしまったのは癪ではあるが、敵討ちができるのだ。因縁の相手、というには付き合いは浅いが……忌々しい、同法を殺し続けた魔法少女の命を断てる。笑みの一つも浮かんでくるというもの。
「地獄で悔いろ!」「石川竜子ォォォォ!!」
「悔いるのは……テメェだぁ!!」
二人同時に心臓めがけて突き出された針。竜子はそのうちの一本、男の方の腕をつかみ、自分から心臓のすぐ横を刺させる。
「捕まえたぁ!!」
「なっ、貴様ぁ!!」「既に動ける体力なぞ残っていないはず!!」
「あぁ、もう無ぇよ。だからテメェをぶっ殺してから私は寝るんだよぉ!! テメェ、ちょくちょく一人に戻っているあたりよぉ、理由はわかんねぇけどずっとは分離できねぇんだろ? だったらそれが弱点ってやつだよなあ!!」
竜子の腕が、男の首を締め上げる。斬っても叩いても液体のように流動し傷をふさぐが、拘束を抜けられるほど柔軟という訳ではない。男は拘束から逃れようと必死でもがくが、竜子の腕はびくともしない。
「ばっ、化け物が……!!」「その傷でなぜそれほどの力を……!?」
「死にかけたってことで火事場の糞力が目覚めたんだろうよ。で、どうするよシャム婦人よぉ。このままタイムリミットが来るまで男爵とはお別れしておくかぁ!?」
竜子の予想が正しければ、このまま時間が来ればシャム男爵夫人はなんらかの理由で戦闘不能になる筈だ。でなければ、一々合体を挟み込む理由がない。分離した状態で、数の有利を保ちつつなぶり殺しに出来た筈。
このまま時間まで持たせれば、そのまま竜子の勝ちにつながる筈。
だが、シャムの顔にはいまだに不敵な笑みが浮かんでいた。この程度で勝ちを確信していると、侮蔑しているような笑みだ。
「ふんっ」「やはり貴様は愚か者だ!!」
瞬間、竜子の掴んでいた男爵の首がどろりとチーズのようにとろけた。そして女の方の半身も、同じように溶ける。
「このまま貴様の腕ごと巻き込んで合体すればいいだけの話よ!」「貴様が我々を捕らえたところで何の意味もないわ!!」
竜子の予想は半分当たっていた。定期的に合体しなければ体に何らかの不調が起こるということ。故に常に分離した状態ではなく、時折合体して元の姿に戻らなければならなかったのだ。
しかして、誤算だったのは……こうして捕らえられていようと、合体するのになんら支障はないということ。
「このまま腕を斬り飛ばしてくれるわ!」「そのまま無様に失血死してしまえ!!」
シャム男爵と婦人が引っ付く瞬間に、竜子は腕を巻き込み飛ばされないように離した。この状態でも問題なく合体ができるのは誤算であった。それは確かに竜子も想定していないものであった。
……だが、
「「貴様の起死回生の行動も失敗に終わった、これにて神妙に──!?」」
元の姿に戻り、針を構えるシャム。しかしその瞬間、頭が殴られたようなめまいを覚えた。
「「なっ、なんだこの……なんだこの頭痛と吐き気は!?」」
シャムは頭を押さえ、床へと崩れ落ちる。体の人中、男女を分けている境界線部分が焼けるように熱い。
竜子の取った作戦は、その程度の誤算で崩れるようなやわなものではなかったのだ。
「「このっ、私が……気分が悪いだと……!? 竜子、貴様一体何を……いったい何をしたぁ!?」
「前によぉ、ケツの穴とか粘膜から酒飲んだら下手したら急性なんとか症で死ぬって保険の勉強したんだけどよぉ……どうだ、体の内側から浴びた酒の味は!?」
飲み口から下が綺麗に切り取られるように無くなっている瓶をシャムの足元に投げつけ、中指を立ててあざ笑う竜子。
そこから漂うのは、むせかえるようなアルコールの香り。
「「まっ、まさか……貴様っ、まさか!?」」
「友達特製の密造酒の味はどうだ、シャム?」
竜子は煙草に火をつけ、床に這うように倒れているシャムを見下ろす。
もはやシャムの視界は焦点も合っていない。竜子の姿が三人に見える。世界が回るように感じる。頭が働かない。脳みそがふわふわしている。
酒が正常な思考を奪う。正常な視界を奪う。だがそれでも、シャムは余裕を崩さない。
「「ふっ、ふはははは! だから何だ!? 私が酒で倒れたとしても、貴様には私を殺すことはできまい!! ゆっくりと酔いを醒ましさえすれば貴様なんぞ──」」
「私は考えたんだがよぉ、テメェのこと斬れない原因が液状化するってんならよぉ……」
竜子は煙を吐き、火のついたライターをシャムの目の前に持ってくる。
今シャムは、全身にアルコールが物理的に回っている状態。もしそんな状態のものに火なんてものをつけた暁には……。
「「きっ、貴様ぁ……貴様ぁ!!」」
「盛大に燃えて殺されろ、シャム男爵夫人様よ」
竜子はライターをシャムに投げつける。火はシャムの服にしみ込んだアルコールから肉体へ移り、やがて全身に火が回る。
「「あああああああああっ!! あつ、熱い!! 貴様っ、おのれえっ!! こんな、私をこんな目に!!」」
全身に炎が回り、のたうち回るシャムを眺めながら、竜子は煙草の灰を床に落とす。
全身火あぶりにされる、想像すらできぬような地獄の痛みだろう。竜子としても内心シャムには同情しているが、同情しているからといって手を緩めては殺されるのはこちらの方だ。
やがてシャムは言葉すら上げることなく、真っ黒こげの姿となった。一見死んでいるようにみえるが、指がピクリピクリと動いている。
最後に白い煙大きく吐き出し、半分以上が燃え尽きた煙草を足で踏み消してから手元に斧を呼び出す。
足でシャムの体を固定し、
「悪いな、楽に殺してやれなくて」
斧を一気に振り下ろした。首か勢いよく転がり、断面からどろりと粘性の高い黒い液体があふれ出る。
竜子は首なし死体となったシャムの亡骸に腰掛けた。まだ燃えた時の熱が残っており、温かい。新たに煙草を一本取りだし、火をつけ──ようとしたところで竜子の体は崩れ落ち、シャムの血の中に落ちていった。




