第19話:FLY
通行人も車の往来も全くない道路を、一台のオープンカーが風を切るように走る。
ボンネットにはデカデカと【日の出より早く嵐のように強い松山組】の文字が、龍のエンブレムと共に刻まれていた。
だがオープンカーに乗るのは、松山組の組員でも組長でも、若頭ですらない。
市立浪川中学校の制服を着た、ごく普通の不良少女二人と、胸の大きい優等生らしい見た目の少女一人だ。
神流がハンドルを切って、もはや廃墟同然となったビル群を走る。その隣、助手席では竜子が煙草の煙で白いラインを描いていた。
オープンカーの真ん中の席で巴はうなだれていた。先ほどの極道事務所での取引(というより恐喝)している時のことを思い出し、今更ながらに自己嫌悪と羞恥心が襲ってきたのだ。
「やらかした……めっちゃんこやらかしましたわ……」
「緊急事態だからセーフだろ。なんてったけ、超法的措置?」
「反社とはいえ人間の腕一本切り落としてそれは通用しないんですわよ! あーもう、なんでこう、なんでこう!! 私は純真潔白な魔法少女目指してるってのに!!」
「あの見事な恐喝りで純真潔白は無理でしょう」
「つうか浪川中学校に入学ちまった時点で無理だろ、純心潔白は」
「う~~~~……う~~~~~~~……」
うなだれながら言葉にならないうなり声をあげる巴。一応この中ではまとも枠に分類されていたと自負している彼女としては、あの行動を看破することはできないのだ。
そういえば、と巴は顔を上げ、運転席でハンドルを握っている神流に尋ねる。
「神流さん、中学生だから免許は持ってないにしても、運転を買って出たってことは何度か車を運転したことあるんですわよね?」
若干不安げな表情。いざ車を運転するとなった時に神流がごく当たり前のように運転席に座ったので今までスルーしていたが、買って出たということは運転経験があるだろうとのことで二人とも、何か言いたげにはしていたものの今までスルーしていたのだ。
神流は葉巻の煙を吐き出し、目線を巴たちの方に向けて、ニヤリと笑う。
「安心しなさい、スチームパンク2077で何度も運転しましたから」
「スチームパン……?」
「いやそれゲームじゃねえか!!」
「ゲームは運転履歴に入りませんわよ!? なんでそんな自信満々に運転できますのあなた!?」
「大丈夫ですよ、最近は廃車にせず済むことが増えましたし」
「つまり廃車にしまくってるってことじゃねえか!! 運転下手ってことじゃねえかゲームでも!!」
うろたえる竜子と巴をしり目に、神流はさらにアクセルを踏む。エンジンが地響きのような音を鳴らし、風圧とGが勢いを増す。
ラジオからはメタル系統の重低音の音楽が鳴り響き、しきりに死叫ぶ。
洒落にならない。不吉にも程がある。竜子と巴の冷や汗が、風で後方に流れる。いやに寒く感じるのは汗が蒸発したせいか、それとも神流が運転しているせいか……。
その答えが出る前に。目的のバリケードが見えてきた。
「……ところで神流さん、飛ぶってどうやるんですの!?」
「変身しておいてください、飛ばしますよ!!」
巴の問いに答えず、神流はさらにアクセルを踏む。既に速度は300㎞に到達しようとしていた。景色がまるで、川のように流れていく。
そして神流は、勢いそのまま下り坂の道へと突っ込んだ。強烈な浮遊感、坂を下ることなく、射出されるように空を飛んでいるのだ。
「うわっ、わわわわわわっ!!」
「おい神流これ本当に大丈夫なんだろうな!?」
「失敗すりゃ死ぬだけです!!」
「なるほど大丈夫じゃねえなこいつの頭!!」
ゴスロリチックなロングドレス姿で泣きながら車の外を見る巴、特攻服姿で車の扉に強く捕まる竜子。神流は黒いロングコートを羽織った洋装の姿で、ハンドルを握り笑みを浮かべる。
そのまま弾丸のように射出された車は、一つの倒壊したビルへと着地した。
「ぎゃひんっ!?」
「馬鹿ッ、このっ、馬鹿ッ!!」
「作戦を短く伝えますよ!!」
倒壊しているビルの上をノンストップで踏むことなく飛び移り走らせながら、神流が叫ぶ。
「このまま突っ込んだらバリケードに叩きつけられますので、その前に車からジャンプ! 後は慣性の法則でしたっけか、それに乗って陣地へ侵入! 作戦は以上です!!」
「異常だわバカタレ! てめっ、それマジで……ああもう!! やるしかねぇってか!!」
神流がハンドルから手を離す。神流の言っている作戦がギャグではないということがこれではっきりと証明されてしまった。
こうなればとことんやるしかない。竜子もいっぱしの不良だ、乗り込んだ以上もう腹をくくるしかない。
やがて最後のビルに飛び移った。バリケードが壁のように迫ってくる。実際のところボールのように迫っているのは竜子たちの方ではあるが。
風でかき消されぬよう、竜子は大声で情報を伝達する。
「巴、作戦は聞いたな!」
「納得はしていませんわ!!」
「してなくて結構! やらなきゃ死ぬだけだ!!」
軽いやり取りが終わらないうちに、急速回転するタイヤはビルの側面を離れ、弾丸のように宙を舞い──バリケードに激突し、高級オープンカーは一瞬のうちにスクラップと化した。




