第17話:ヤンキーラブ
浪川市と言えど図書館の一つや二つはある。
だが悲しいかな、勉強をするような子がいるとイコールにはならない。常に閑古鳥が鳴いているような誰もいない図書館ではあり、放課後竜子たちは焼肉と酒の臭いを付けながら図書館へと赴いていた。
「……見事に誰もいませんわねえ」
流石に人っ子一人いないというレベルではないが、日差しの差し込む窓際でうつらうつらと舟をこいでいる老人が一人と学生らしきものが片手で数えられる程度。小さい子供の姿も、勉強に勤しむ学生の姿もない。
もっとも、不良と極道ばかりの浪川市で子供を一人遊ばせるなんてことは、もはや虐待に等しいような行為ではあるが。
「これでも、いつもより多いくらいですよ。普段は一人か二人くらいですから」
「なんというか、これで経営できているのが不思議ですわ……市の税金でなんでしょうけども」
「裏で何やってるんだろうな」
「聞こえるような声で言うんじゃないですわ竜子さん」
「シャブかロリショタ盗撮か……こうまで人が少ないとなんでもできますね」
「神流さんっ!!」
そんな軽口をたたき合いながら、奥にある四人用のテーブルに座る三人。長らく掃除されていないのかテーブルの上にはうっすらと埃が溜まっており、血のような黒ずんだ痕がしみ込んでいる。巴はそれを覆い隠すように教科書を広げた。
「さて、それじゃあ勉強しますわね」
「そうだな、一緒の高校通う為にな」
「ええ、そうですね。一緒の高校通う為に」
「いい加減にしないと怒りますわよ……?」
照らし合わせたようにニヤニヤと笑う二人に対してこめかみに血管を浮かべる巴。
苛立つ気持ちを落ち着かせるためにため息を一つ吐き、巴は教科書を取り出し宣言した。
「さあ、始めますわよ。勉強を!」
国語!
「メロスの作者が書いたときの気持ち? そんなもん締め切りに追われてとかギャラとかだろ」
「そういうんじゃないですわ、文章から察せられるようなこう、作者が何を伝えたかったかというのを書くんですわ」
「借金の人質として待つのが辛いか待たせるのが辛いか」
「だからそういう意味じゃありませんわ!! 教師が気に入るような事を良い感じに書けばいいんですわよ!!」
数学!
「連立方程式ってなんだよ……式ってなんだよ……」
「それは加減法を使えばいいんですわ。ほら、このページの──」
「九九八十八!」
「……神流さんは算数から始めましょうね」
英語!
「午前中に何をしていたかを尋ねるときは英語でなんて言いますか?」
「In the morning bumming around.」
「ガラ悪すぎますわ神流さん」
「Что вы делали утром?」
「竜子さんそれはロシア語でしてよ!?」
理科!
「一つの細胞だけで体が作られている生物……単細胞ですね、極道とか不良とか」
「合ってるんだけど間違ってるんですわ」
「言われてみれば極道の連中って結構単純な馬鹿ばっかだな」
「ほらー神流さんのせいで竜子さんが変な勘違いをー!!」
社会!
「日本の首都は千葉滋賀佐賀!!」
「馬鹿だな神流、首都は一つだぞ。他二つはフェイクだ」
「お前らマジで言ってますの……?」
「あん?」
「違うんですか?」
「嘘ですわよねこの曇りなき眼……!!」
──一通り二人の勉強を見て巴は頭を抱えていた。
無理だ、あまりにもこの二人……馬鹿すぎる!!
竜子の方は、まあ巴の行く予定の高校ならギリなんとか……マジのギリギリ受かることができるだろうか微妙な感じというところでまあ努力すればなんとかなるか程度ではあるが──問題は神流の方である。
「薄々わかってはいたものの……思っていた以上にこの女……!!」
見た目は文武両道才色兼備だというのに、それなりに長い付き合いだというのに、巴が思っていた以上にこの女、馬鹿であった。
「これどうしましょう、勉強……今からしてはたして間に合うのか……いや、今からじゃないと間に合いませんわね。かといって詰め込むのも……」
「教育熱心なママみたいな悩み方してやがるな」
「親以上に私について考えてますね」
神流は他人事のように切って捨て、葉巻を咥え火をつけた。
室内禁煙ではあるが、受付カウンターを見ると司書らしき人も普通に煙草を咥えながらぼうっと天井を眺めている。あまりのいい加減さに巴は思わずため息をついた。
「いっそのことカンニングさせ、いやあそれじゃ神流さんの為になりませんわね。いやでもカンニングペーパーを作らせるのは勉強させるのに効率的とかなんとか聞いたような」
「……それで、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないですか? 強くなる秘訣を」
「へっ? あっ、ああそうですわね。勉強にかなり付き合わせましたものね……結果はあれでしたけれども」
巴が時計を見ると、既に午後の八時を回っていた。夜はすっかり深まり、暴走族のバイクの音がこだまする。
勉強嫌いの神流にそれなりに勉学を教え込むことはできた。ひとまずは、最低限ではあるが、これで今季のテストは何とかなるだろう。
「……私が思うに魔法少女が強くなる秘訣は」
竜子と神流の視線が、巴に集まり、次の言葉を待つ。
時計の刻む音が木霊する。
「恐らくですが、インベーダーの体液が関係しているのだと思いますわ」
「……体液?」
「ええ、それらを浴びることによって能力などといったものが強化されるのだと私は予想しますわ。実際、魔法少女に覚醒する原因というものがインベーダーの体液を浴びるというものですし──」
「……ちょっと待ってください」
神流が手を挙げて、巴の言葉を遮る。
確かに巴の言葉には一理ある。魔法少女に覚醒した原因であるインベーダーの体液と関係性があるというのはなんら不自然なことではない。
だが一つ、ある点を神流は無視できないでいた。
「インベーダーの体液であれば、私と竜子は常にやつらと戦うたびに浴びてましたよ。それなのに巴、あなたと違ってそこまで大きく強くなったりはしていませんが」
「それは……ここ最近は神流さん、遠距離から刀を投げ刺すってのがメインの戦法だったからじゃないですか?」
「……あー」
最初は刀を素直に使って戦っていた神流だが、次第にインベーダーの体液に濡れるのを嫌ったせいか血を浴びないように戦うことが増えてきていた。
血を浴びずインベーダーを倒していたのであれば、当然体液を浴びることによる強化もしないのは当然のことであった。
「でもよ、それって気が付いたらこんなに強くなっていたぜーっていうのであって、強くなったって実感が出るレベルのもんではなくねえか? 巴の口ぶりで聞いている分だと、急に強くなった―って感じに思えるんだが」
だがそこに、竜子からツッコミが入る。
確かに、今までその視点を見つけることができなかったというのは、一気に強くなったと実感するようなものではなく、気が付いたら強くなっていたという……いわば身長が伸びるのと同じ感じな強化速度だ。
少なくとも、常に図っていなければ気づくこともないような微々たる成長だ。
「ええ、確かに……血を浴びる程度であれば、それこそ成長は微々たるものですわ──ですが」
巴はそこでいったん言葉を区切り、空気を吸う。
そして少々貯めてから、その口を開く。
「浴びるのではなく、自分から摂取したら?」
「……自分から?」
「肌からでも成分は摂取できますわ。でも──例えば経口摂取したら? 血管に直接注入したら? そうすれば、ただ肌から吸収される以上にインベーダーの力をわが物とすることができるとは思わなくて?」
「……それはつまり、奴らの血をすするということですか?」
まるで吸血鬼だな、と竜子は思った。生き血をすする怪物。血をすすり、力を得る化け物。
「気が進まねえな」
背もたれにもたれかかりながら、竜子は煙草とともに不満を吐き出す。
「確かに巴の言うことに理屈は通っている。より吸収されやすいもんで摂取した方が力が付くってのは私みたいな馬鹿にでもわかる……けどよ、体にいいからって昆虫料理を食べるかって話だぜそれは」
理屈は通っている。納得もしている。だがそれだけではどうも気が進まない、抵抗がある
無菌室で育てられたからと言って、はたしてゴキブリを食べることができるだろうか。生理的嫌悪というものは、時として合理性すらも凌駕してしまうものだ。
インベーダーの形が下手に昆虫に酷似しているのも、忌避感に拍車をかける。
「少なくとも私はごめんだぜ」
「まあ、竜子さんは今の戦闘スタイルを続けるのならば、今後も何の問題もありませんわね」
竜子の戦闘スタイルは近接特化。インベーダーと戦っているうちに、否が応にも体液が入ってくる。口や、それこそ目から。アポテムに傷をつけることができたのも、竜子の場合はそれで充分すぎるくらい強化されているのだろう。
「で、神流さんはいかがいたしまして?」
「……そんなの、決まっているでしょう」
神流は火のついた葉巻を握りつぶし、ニヤリと笑う。
「強くなるためなら虫共の生き血だろうが何だろうが飲んでやりますよ」
「……いや普通に近接で戦ってたら十分強くなれると思いますわよ? 私はただ急速に成長しなければならなかっただけで」
「より強くなれるならやらないという手は無いでしょう?」
神流は竜子を横目見て言う。彼女にとって超えるべき壁であり、それを超えるためならば手段は択ばない。
重要なのは、勝利するという結果のみだ。そしてそれがインベーダー退治という世界平和につながっている。
魔法少女として特出した才能と実力を持つ石川竜子、獣のようにどん欲に強さを求める内田神流。……そして、インベーダーの生き血をすすり、前までとはくらべものにならないくらい強くなった飯辻巴。
……これならば、この心意気があるのであれば、計画を進めても問題ないだろう。巴はごくりと、つばを飲み込む。
あとは二人の予定を尋ねるだけ。二人がもし乗り気でないのであれば、この計画は失敗してしまう。半ば神に祈るような気持ちで、巴は口を開く。
「お二人とも、今年の夏休みに何か予定はありまして?」
「……あん、予定?」
「何も予定はありませんよ」
神流は、巴のその言葉だけでなにかを察したようだ。獣のように獰猛な笑みを浮かべている。葉巻がぴょこぴょこと揺れる。
竜子は顎に手を当てしばし考える。
「確か……何の予定もなかったはずだが」
竜子の答えも、同じく予定なし。つまりは、夏休みの時間は自由が利くということ。
巴は意を決して口を開く。
「……この浪川街から急行で三駅ほど離れたところ、かつては朱場緑地と呼ばれていた駅がありますわ。今は立ち入り禁止となっているその駅、というより町ですわね。そこにインベーダーの巣がありますわ」
「……町丸ごと封鎖されちまってるところじゃねえか、それ」
その名前に覚えがあった竜子が指摘する。今となっては各駅停車の車両すらも止まらなくなってしまった駅だ。
数か月前くらいに政府が街を丸ごとバリケードかなんかで封鎖していたとニュースで流れていたのだ。その際に近隣住民から批判の声もニュースでよく取り上げられており、記憶に新しい。
封鎖に至った原因は公表されておらず、一時SNSで陰謀論として話題になっていたものだ。すぐにSNSに上がったインベーダーの破壊動画によって、その暴動もすぐにある程度は治まったものだが。
「どうやって行くんだ?」
「……線路をたどって?」
「ぜってぇ捕まるぞそれ」
線路の立ち入りというのは法律で禁じられている。罰金額は一万未満とそれなりに軽いものだが、中学生である三人からすれば少しばかり厳しい額だ。
極道狩りをしている二人であれば容易に支払える額ではあるが、それでも好き好んで支払いたくはない。
「その点なら私に考えがあります」
神流はどこからか持ってきたこの街の地図を広げ、朱場緑地の町境を指さす。
周辺地域は閉鎖こそされていないものの、政府から危険であると発表されたため多くの住民が避難を余儀なくされてしまった。そして神流が指さした箇所は、まさにゴーストタウンとなった一角。
「インベーダーによる襲撃を受けて数多のビルが倒壊していますし、避難勧告によって居なくなった住人の穴を埋めるように、反社の連中がここらを根城としています」
「……ビル倒壊と反社の根城と化していることにいまいちつながりが見えませんわよ?」
首をかしげる巴に、神流はため息を吐く。竜子は一人、神流が何を言いたいのか合点がいったのか笑うのを堪えている。
神流がため息と共に白い煙を吐き、巴をにらみつけた。
「……バリケードで囲まれているのであれば飛べばいい、ただそれだけの話ですよ。心置きなく車も調達できる場所もありますしね」
「……神流さんマジに言ってますの?」




