第16話:バカサバイバー
巴が謎のインベーダーを撃退してから三日後。
蝉の声と怒号と爆竹の音が窓の方向から聞こえてくる。どこからかの倉庫から奪ってきたのであろう業務用スポットクーラーが利いた教室、相も変わらず誰もが好き勝手に過ごしている。
竜子も神流も、そして巴すらも例外ではない。そもそも神流も巴もこのクラスの生徒ではないのだが、もはや誰も注意することはない。誰がどのクラスだったかなんて、もはや教師すらも把握していないのだから。
「……ところで神流さん」
「なんですか?」
今は昼休み。授業中に黒板に書かれた文字をノートに真面目に移しながら、巴は神流に尋ねる。神流は巴の前の席(彼女のものではない)で賭けポーカーに興じていた。スリーカード、神流の勝ちだ。竜子が頭をかいて悔しがる。
「わかりましたわ、どうやったら魔法少女が強くなれるのか」
巴の言葉に神流は何も答えず、視線だけを向け続ける。
早く話せ、と無言で急かしている。巴はニヤリ、と笑みを浮かべた。彼女は強くなる方法を知りたがっている。つまりこれは──使える、巴がひそかに計画していたものに。
「別に教えても構いませんけれども……時に神流さん、貴女、前学期のテストの点数はいかほどでして?」
「テストの点数……? 最高28点ですけど」
「そう、28点ですのね。でしたらもう少し頑張らないと……28点!?」
思わず巴は大声で荒げてしまった。
28点、いくら不良で有名な中学と言えど流石に放ってはおけないくらい低い点数だ。補習も考えられるレベルではあるが……学校が学校だ、そういった救済措置も存在しないのだろう。
「……何か?」
「『なにかやっちゃいました?』みたいな顔するんじゃないですわ! あまりにも低すぎましてよ!!」
神流の前の席で手元にカードを広げている竜子が腹を抱えて笑う。膝をバンバンと叩き、一応授業中とはいえ人目もはばからず。
とはいえそれを咎めるような人は教師も含めていない。皆当然のように教師の授業を聞き流し、それぞれゲームや麻雀などに勤しんでいた。
「おっ、おまっ、お前ウッソだろ!? その顔で最高点数28点はギャグだぜ……!! つうかそれでいいのかよ生徒会長!! ダーッハッハッハッハッハッ!!!!」
「生徒会長は巴ですよ。私は全く関係ないです」
「見た目詐欺すぎね?」
膝をバンバン叩いて下品に笑う竜子に、神流は床に置いていた木刀を蹴り拾い、竜子を叩き切りにかかった。
竜子はゲラゲラ笑いながらも、神流の剣を避け続ける。
「そういう貴女は、いったい何点だって、言うんですか!!」
「ざっと60点」
竜子がVサインを作って最高点数を自慢すると、巴が頭を押さえて首を振った。
巴は思わず額を押さえながら、苦々し気に口を開く。
「Vサインできるほどの点数じゃありませんわ……そんな貴女たちには、強くなる方法なんて教えませんわよ……」
その言葉は、神流が席を立たせるに足る理由になった。竜子は相も変わらずマイペースに肉をつまみ続けている。
「なぜですか? この街を、日本を守りたいのであれば魔法少女の強化は責務です。早く強くなる方法を吐きなさい」
竜子は神流にガンを飛ばし、すごみをつけて脅す。強いプレッシャーが巴の皮膚をびりびりと刺激させる。錯覚ではない、本能が命の機器を察知しているのだ。
「マホー……ショージョ……?」
「まっ、色々あるんさ」
だが、巴も負けておらず逆に睨み返す。
あの戦いを経て、巴もまた強くなったのだ。素の状態ではともかく、魔法少女の状態であれば神流にも負けないくらいの力はある。
巴は神流から視線を一切話さずに、自分の考えを、理由を述べた。
「それだと将来苦労しますわよ。それに、私の仲間であるのならば、せめて成績を並みレベルにはしてほしいですわ」
断言。神流の睨み付けに一切臆することなく、巴は己の考えを神流にぶつけた。
巴もなんだかんだ精神性がタフな少女である。神流の相手も慣れてきたようだ。
神流は舌打ちを鳴らしてから観念したように席に乱暴に座り、取り出した葉巻に火をつける。
「その通り、リューコとカンナ、勉強した方がいい」
「えっ私もか!?」
ウォッカが竜子たちのテーブルを勝手にくっつけ、その上にホットプレートを置きながら巴の言葉に同意した。
「ん?」
手にはクーラーボックス、明らかに学校に持ってくるようなものではない。
「とは言いますがねウォッカ、今の時代極道からカツアゲしまくっていれば生涯年収の倍くらい稼ぐのなんて訳ないんですよ」
貧乏ゆすりしながら神流は、巴の言葉に口答えするようにウォッカへ苛立ちをぶつける。その言葉に竜子は呆れ首を振った
「おめぇんなことやってやがんのか……まあ私も正直勉強はなあ、なんつうか……面倒くさい。ケンカで食っていけねえかなあ」
神流と竜子はウォッカから手渡された紙皿を焼肉のたれで満たしながら、神流の言葉に同意するようなことを口にした。
そんな様子の二人にウォッカは、二枚の紙皿に焼肉のたれを注ぎながら苦言を呈する。
「ロシアには|生きてる限り学ぶべし《ベック ジヴィ− ベック ウチース》ということわざ、あります。生きている限り学ぶことが大切。そうすれば夢は叶う──」
ウォッカはそこで言葉を区切り、クーラーボックスから茶色い液体が瓶詰されたものをドンと取り出す。
「この密造酒みたいに」
そして満面の笑み。お宝を自慢する子供のような純真な笑みだ。
ウォッカはその笑みを浮かべながら竜子に酒瓶を渡す。竜子は差し出された酒瓶を受け取り、懐にしまいながら口を開く。
「すっげぇ説得力だなあウォッカ」
「いや待ちなさいまし!?」
校則どころか法律ぶっちぎりアウトなことをしでかしている三人に、巴は思わず待ったをかける。
竜子とウォッカは面倒くさそうな目で巴の方を向き、神流だけは我関せずといった様子で肉を焼き、食べ続けていた。
「ウォッカ、その酒少し貰いますよ」
「いいよ」
「そこ! 普通に酒盛り始めるんじゃありませんわ!! というかなんで学校で焼き肉なんかやってますの!? なんで普通にお酒持ってきてますの!? そもそも密造酒なんか持ってくるんじゃありませんわ!!!!」
「……なあ巴よ」
竜子は巴の肩をぽん、と叩き、諭すような顔で告げる。
「今さらすぎるぜ」
「そもそも普段からやっている暴行器物損害未成年喫煙の時点でアウトですよ」
「その通り。トモエ、|オオカミと暮らすならオオカミのように吠えろ《ス・ヴォルカミ・ジーチ パ・ヴォルチイ・ヴィーチ》です」
「その通り、ウォッカの言う通り誰がオオカミだ誰が」
竜子がウォッカの頬をつまんで折檻する。ウォッカは抗議の声をあげ手をバタバタさせる。
確かにこの三人の言うように、そもそもこの浪川中学校は暴力と煙草の煙が渦巻く混沌。今さら誰も、教師すらも治安なんてものを気にしないような一種のスラム街と化している。
そんな学校で今さら何を口走っているのだ、と巴は自分でも言った後に思ってしまった。
そこで言ったことを後悔している時点で相当この学校に毒されているのだが、巴自身は気づかない。影響による変化とは、得てして本人は気づかないものなのだ。
「とりあえず、座ってないで巴も食べたらどうですか?」
「……いただきますわ」
いつまで立っていても仕方がない。色々言いたいことはあるが彼女たちに言ったところで無意味だと巴は観念し、肉を焼いて食べる。
安い肉特有の筋張った肉、嚙むたびにぶちぶちと音が鳴る。だが臭みはそれ以上に香るにんにくによってかき消されている。
「で、どうします?」
神流が口に残った肉とにんにくの香りを密造酒で一気に洗い流してから、巴に尋ねる。
「どうって……何の話ですの?」
肉で頬を膨らませ、じわじわ嚙み切りながら巴ははてと首を傾げた。
何か言っていたか……すっかり忘れてしまっている様子の巴。神流は密造酒をなみなみと注いでから口を開いた。
「勉強の話ですよ」
「あぁ、勉強の話ですわね……って勉強!?」
目をぱちくりとまばたきし、神流を見つめる巴。衝撃的な言葉に思わず大きな声で驚いてしまった。
先ほどまで「極道からカツアゲして暮らしますわ」的な事を言っていた人間の口から出た言葉とはとても思えない。
「ど、どうしましたのいきなり……変なものでも食べまして? 生焼けの豚肉とか」
「殴り殺しますよ巴」
「申し訳ございませんわ」
「……まあ、そうすれば強くなれるのであればなんでもしますよ。別に無理難題を吹っかけている、と言う訳じゃありませんし。ただ……」
そこで言葉を区切り、神流は葉巻煙草を咥え火を灯す。紙煙草とは比較にならないくらいの白い煙と共に続きの言葉が吐き出された。
「なんで勉強をさせたいのか、どういう風の吹き回しかを説明してほしいですね。今までそんなこと全く言ってこなかったのに」
神流と巴は知り合ってまだ日は浅い。それこそ半年すら経っていない。だがそれでも、それなりに話すことは多かったが……今回のように勉強しろと親や教師のように言ってきたのは初めてだ。
気に入らない、でもなく純粋な疑問。どう答えようとこれからの関係にヒビが入ることもないが、かといって無視するには大きい違和感。
巴はその問いにしどろもどろに目をきょろきょろさせて、小声でぽつりと
「い、一緒の高校に……行きたいんですもの……」
「……ふぅ~ん、なるほどねえ。ふぅ~ん」
「なっ、なにニヤニヤしてるんですか竜子さん!! 何か悪くって!? 私は貴女たちと一緒の高校に通いたいんですの!! でも今のままじゃ第二志望どころか第三志望でも受からないレベルだから勉強させたいんですの!!」
「貴女にそんな愛らしい感情があったとは驚きですね」
「そんなこと言われちまったら私らとしても、ねえ……?」
「トモエ、とっても愛らしい
」
竜子、神流、ウォッカの三人で顔を寄せ合ってニヤニヤ笑いながら巴を見る。
「こっ、これだからっ……これだから言いたくなかったんですわ……!!」
巴は恥ずかしさで真っ赤になり、羞恥にプルプル震えながらそう毒づいた。




