半額四天王、物価高に散る!
(き、来た…… ついに、出てきた)
スーパーの売り場に面した従業員専用入り口から、女神が現れた……。
そう…… それは、お惣菜やお弁当に値下げシールを貼ってくれる店員さん……
彼女には、後光が差しているように見えた。
今日の私のターゲットは、
「特選 牛ステーキ弁当 1000円」
半額になれば、500円という安さでステーキと白飯が食べられる。つまり、ワンコインで満足のいく夕食にありつけるのだ。
(これさえ食べれば、今日の仕事の疲れなんてふっ飛んでいくわ……。絶対にゲットしなきゃ!)
このスーパーの閉店時間は午後9時……
そして、お惣菜やお弁当は閉店の1時間前に半額になる。
この瞬間のために、私は仕事が終わってから、すぐにこのスーパーに来た。
そう…… 私は午後6時からこのスーパーにいる……。
最初は、ターゲットの「特選 牛ステーキ弁当」が、売れ残っているかどうか、確認するだけのつもりだった……。
売れ残っているのを確認したら、すぐに近くの書店に行くつもりだった……。
でも…… 私には出来なかった……。
私が見ていない間に、彼が誰かに奪われるのが怖くて……。
だから、私はずっといたの……
彼のそばに……
その間、私は店内を歩き回った。おそらく、50周くらいは、したのではないだろうか……。足に痛みを感じるほどだった。
万引きGメンの方にも3回くらい声を掛けられた。
1回目
「あの…… この店の者じゃないんですけど、何か盗ったりしてませんか……?」
(聞き方が直球すぎない……?)
2回目
「あの…… やっぱり、盗ってませんか?」
(『この店の者じゃない』のに、まだあなたがいるのは、なぁぜ、なぁぜ……?)
そして、3回目
「ま、まだいるんですか……? あなた……もしかして、万引きGメン?」
(いや、それはあなたでしょ……?)
3回目に、私は「半額Gメン」を名乗った。
万引きGメンの方は、
「その執念は、すごいですね! 頑張ってください」
と、応援してくれた。
そして、現在
数々の試練を乗り越えて、私はついに半額の女神に出会えたのだ。
半額の女神が、お惣菜に割引シールを貼り始めた。
今まで、ほとんど人がいなかったのに、急に密集が出来始めた。
(え…… どこから集まってきたの? スーパーの中にこんなに人がいたの?)
私は大勢の人が集まってきたことに焦りを感じていた……。
その時…… 後ろから声を掛けられた。
「心配になっているようだね…… お嬢さん……」
私が振り返ると、1人の男性が立っていた。
「あ、あなたは!? 半額四天王の1人……ポエム松村!!」
ポエム松村は、目的のものに半額シールが貼られると、自作のポエムを朗読し始める。周囲の人達がそのポエムに感動している内に、彼は商品を奪っていくのだ。
「あいつも来ているよ……」
ポエム松村は、お惣菜に群がる人達を指差した。その中に、押し潰されそうになりながら、商品にたどり着いた少年がいた。
「あ、あれは…… スモールボーイ木村!!」
スモールボーイ木村も半額四天王の1人……
大人よりも小さな身体をいかして、群衆の隙間に入り込んで商品を奪いとる。
「やあ、お2人とも…… ウォーミングアップは済ませてきたよ」
スモールボーイ木村は、半額シールが貼られたタコ焼きを見せて、そう言った。
(く、まさか…… この2人も来ているとは……)
私がそう思い、半額の女神を見ると、彼女の後ろにぴったりと張りついている女性がいた。
「あ、あれは…… インビジブル岡田!!」
私は驚き、そう言った。
インビジブル岡田も半額四天王の1人……
彼女は、半額シールを貼る店員さんの真後ろに立ち、シールが貼られたタイミングで商品を奪いとる。
「まさか…… 『半額四天王』が揃い踏みとはねぇ~」
ポエム松村が言った。
そう……
半額四天王の最後の1人は、この私!
ノーダメージ佐藤……
私は、群衆に押し潰されそうになろうが、罵声を浴びせられようが、目的の商品をゲットする……。
半額の女神が、お惣菜コーナーからお弁当コーナーに移動した。
「特選 牛ステーキ弁当」は、残り1つ……
これは、四天王のプライドを掛けた戦い……
私達4人は、半額の女神を取り囲み、ターゲットに半額シールが貼られるのを待った。
半額の女神も、私達四天王に取り囲まれて、プレッシャーを感じているようだった。
そして……
ついに……
「特選 牛ステーキ弁当」にシールが貼られた!
その瞬間、ポエム松村が自作のポエムを朗読し始めた。
「フン、そんなポエムは僕達には通じないよ」
スモールボーイ木村がそう言って、女神の横をすり抜けて、商品を掴んだ……。
しかし……
「な、なんだ…… これ? 『炭水化物弁当』じゃないか!?」
「炭水化物弁当」とは、ご飯とパスタだけが入っている、このスーパーオリジナルのお弁当だ。
「ウフフ…… 私が入れ替えたの。変わり身の術よ…… 本物は、こっち……。私の勝ちよ!」
インビジブル岡田はそう言って、右手に持った「特選 牛ステーキ弁当」を見せてきた。
「まだ…… まだよ! 勝負はついていない…… お会計が済むまでは、あなたの物ではないわ!」
私が大声でそう言うと、インビジブル岡田に一瞬の隙ができた。
私は、その隙を見逃さなかった。
彼女の右手から「特選 牛ステーキ弁当」を奪いとり、レジに向かって全力で走り始めた。
「く、卑怯よ!」
インビジブル岡田がそう叫んだ。
ポエム松村は、まだ朗読をし続けていた。
はぁはぁ
(あと、少し…… レジまであと少しだわ……)
私がそう思っていると、お菓子コーナーの陰からスモールボーイ木村が飛び出し、私に体当たりしてきた。
しかし、ノーダメージ佐藤の異名を持つ私にとって、その攻撃は無意味だった。逆に、彼の方が吹き飛んだくらいだ。
(これで…… 邪魔者はもういない…… ゆっくり、レジに向かいましょう……)
私は、そう思い安心していた。
だが…… 私の目から急に涙が溢れてきた。
(な、何…… これ…… ま、まさか……?)
「かかったようだね…… お嬢さん。それは、感動の涙さ」
ポエム松村が言った。
(まさか、しっかりと聞いていなくても、感動させることが出来るなんて……。でも……)
私は泣きながらも、レジの店員さんに「特選 牛ステーキ弁当」を差し出した。ポエム松村の攻撃よりも先にレジに着いていたのだ。
「お会計が800円です」
(ん?)
「え、は……半額じゃないんですか?」
私は店員さんに尋ねた。
「ええ…… 最近、色々な物の値段が上がってるじゃないですか? だから、お弁当は半額にしないようになったんですよ」
(そ、そんな…… )
「す、すいません…… じゃあ、買わないです……」
私は店員さんにそう伝えた。
「いつも来てもらっているのに、スミマセンねぇ。あ、これ、良かったら使ってください」
店員さんは、そう言うとチケットを1枚くれた。
そこには、こう書いてあった。
『おはぎ半額』
(す、ステーキの気持ちになっていたのに~ おはぎは美味しいけど……)
私達、四天王は公園のベンチに座り、泣きながらおはぎを食べた……。
(あ~、ステーキ食べたかったぁ~)
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