氷の令嬢は運が悪い ~妹ばかり溺愛するのなら後悔しますよ~
「ほんと~にっ、可愛げのない女だな!」
そう吐き捨てられ、また一つお見合いが破談になった。エリスは微笑むこともなく、その言葉を淡々と受け止める。
見合い相手から『冷たい』『笑わない』『氷の令嬢』と揶揄されるのは、もはや慣れを感じていた。
だがそれは誤解である。エリスはただ笑顔を作るのが苦手なだけで、本当は些細なことで内心クスクスと笑うし、むしろ感情豊かな方だった。
だが心の中は周囲に伝わらない。冷血な女として敬遠されていた。
「まったく、役立たずな娘だね」
縁談の結果を母に報告すると、返ってきたのはため息混じりの侮蔑だ。
「少しは妹のリーエルを見習ったらどうだいっ!」
母は妹のリーエルを溺愛していた。黄金を溶かしたような金髪と、澄んだ青い瞳、そして豊かな表情は天使のように愛らしく、母の寵愛を一身に受けていた。
一方、姉のエリスは冷遇され続けてきた。妹のリーエルとは双子であるため外見は瓜二つなのだが、笑顔が苦手なせいで愛想が悪いと敬遠されてきたからだ。
「このまま縁談が決まらないようなら、家から追い出すからねっ!」
「私は別に構いませんが……」
「~~っ、本当、可愛げがないわねっ!」
一人で暮らせば、生活の保証はなくなるが、母や妹から押し付けられていた雑用がなくなるし、理不尽な要求を聞く義理もなくなる。
今までの窮屈な暮らしから解放されるのなら町娘として生きていくのも悪くない。
そう考えながら母の言葉を聞き流していると、彼女はにっこりと笑みを浮かべて態度を変える。
「でもね、私は優しいから。最後のチャンスをあげる」
エリスは眉をひそめる。母の口にする「優しさ」ほど信用ならないものはないからだ。
「……どんなチャンスですか?」
「じゃんけん大会よ」
「……は?」
エリスは思わず言葉を失う。その反応を予想していたのか、母は喉を鳴らして笑う。
「王子が婚約者の募集を始めたの。その条件が少し変わっていてね。各貴族の家から未婚の令嬢が一名ずつ参加し、運試しで最後まで勝ち残った者を次期王妃として迎え入れるというものなの」
「……冗談ですよね?」
「私が冗談を嫌いなのは知っているでしょう」
「ですが、いくらなんでも運だけで婚約者を決めるなんて……」
あまりに馬鹿げた選出方法に頭が痛くなってくる。じゃんけんで結婚相手が決まるなど、前代未聞だからだ。
「リーエルは参加しないのですか?」
当然の疑問を投げかけると、隣にいた妹は優雅に微笑む。
「代表者は一名だけ。お姉様に譲るわ」
「リーエルはそれで良いのですか?」
「この国の未婚の令嬢は千人以上。どうせ勝ち上がれるはずがありませんもの」
無駄な努力はしない主義だと、あっさり引き下がる妹に違和感を覚えていると、母は眉尻を釣り上げる。
「とにかく、あんたが参加しな。そして王子から金を引っ張ってくるんだよ。それができれば、役立たずのエリスを生んだ意味も生まれるってもんだからね」
「分かりました……」
じゃんけんに負けたら大人しく町娘として生きよう。そう決意しながら、エリスは静かに頷くのだった。
●●●
~『アルヴィス視点』~
王国の第一王子であるアルヴィスは、異性と縁がない。
顔は良いし、背も高い。財産もあるし、権力もある。次期国王として帝王学を学んできたため、申し分ないほどに能力も高い。
それなのに、アルヴィスの元に結婚の話が舞い込むことはない。
理由は単純だ。悪評が広がりすぎたのだ。
『アルヴィス王子は、血と暴力に飢えた野獣』
『冷酷非道の残虐王子』
『千人以上の女を泣かせた男』
そのすべてが嘘であるが、種を蒔いたのは他の誰でもないアルヴィス本人だった。
そもそもの発端は彼が極度に女性を苦手としていることから始まっている。異性と目を合わせると、どうしても緊張してしまうため、まともに会話さえできず、気まずさを隠すために、つい悪ぶってしまうのだ。
例えば、初めて見合いをした日もそうだ。
相手は王国屈指の名家の令嬢で、笑顔で自己紹介をしてくれた。彼女の瞳は柔らかく、慈愛に満ちていた。だからこそ、余計に緊張を生んでしまった。
「俺は悪い男だ」
千人の女と浮気し、夜な夜な喧嘩に明け暮れ、人を痛めつけるのが生き甲斐である。そんな嘘を自分でも意識しないままに口にしていたのだ。
その言葉を聞いた令嬢は青ざめた後、ガタガタと肩を震わせて逃げ出した。
アルヴィスの噂はすぐに王国中に広まり、縁談を組むのでさえ困難な状況に陥ってしまったのだ。
「口は災いの元といいますが、ご主人のそれは度が過ぎていますね」
アルヴィス専属の侍女がカップに紅茶を注ぐ。銀のティーポットから注がれる琥珀色の液体は、心を落ち着かせる芳醇な香りを放っていた。
「自覚はしているんだ。だがどうしても女性と話すのが苦手でな……」
「私とは普通に話せているではありませんか」
「お前は、ほら、性格に難があるから……」
「失敬な。こう見えても、私、友人たちから『本当に良い性格しているよ』と褒められるんですよ」
「絶対に褒めてないだろ、それ……」
「嘘です」
「嘘かよ!」
「私に友人なんていませんから……」
「そっちかよ!」
アルヴィスはカップを置いて、額に手を当てる。この毒舌な侍女相手だと、無駄に疲れるのだ。
しかし、彼女となら普通に会話できるのも事実だった。
「……話していて平気なのは、お前が笑わないからだろうな」
「女性の笑顔が嫌いなのですか?」
「……ああ。俺は令嬢特有の作り笑いがどうにも苦手なのだ」
子供の頃から王子という立場に媚びるための笑顔を向けられてきた。決して本心を見せず、仮面を被ったままの令嬢たち。そんな社交界の中での経験を経たからこそ、アルヴィスは笑顔に苦手意識を持つようになったのだ。
「無表情も俺にとってはありがたい。おかげで緊張しないで済んでいるよ」
「私が笑わないことに感謝してくださいね」
「そう要求されると理不尽に思えてくるな……」
「自覚はあります」
「あるのかよ……まぁ、とにかく、俺は同じような無表情の女性と結婚したいのだ」
「簡単には見つからないでしょうね。なにせ貴族の令嬢は良縁を得るのが仕事です。無表情で許されるのは私くらいのものです」
アルヴィスは苦笑いを浮かべながら、紅茶を飲み干す。
「このまま俺は独身を貫くことになるのかもな」
「王子なのに誰からも結婚してもらえないなんて、残念な人ですねー」
「うぐっ……」
「でも、ご安心を。国王陛下があなたのために縁談を用意するそうですよ」
「父上が……だが相手は誰なんだ?」
「じゃんけんで決めるそうです」
「はぁ?」
アルヴィスは思わず声を漏らす。その反応を予想していたのか、侍女はカップを片付けながら、淡々と説明する。
「残念ながらご主人と結婚したい上級貴族の令嬢は一人もいませんでした。ですが後継ぎは必要です。そこで下級貴族から迎えることになったのですが、理由もなく選んでは、王家の格式に関わります」
王家の今後の未来のために幸運な令嬢を妃に迎えた。そういう筋書きを用意することで、アルヴィスが誰からも求められなかったという不名誉な事実を消し去ろうとしたのだ。
アルヴィスは無言のまま目を瞑る。素敵な女性と結ばれることを願いながら、彼は現実から目を背けるのだった。
●●●
広大な王宮の大広間は見渡す限りの貴族令嬢たちで埋め尽くされていた。その数はおおよそ千人ほど。
絨毯の上に立つ令嬢たちは気品あるドレスに身を包みながらも、どこか落ち着かない様子でざわめいている。
(ここで、王子の妃を決めるのですね)
壇上では司会役が淡々と説明を始める。その内容は至ってシンプルで、傍にいる人とじゃんけんをし、勝てば会場に残り続け、負ければ退出だ。最後まで勝ち残れば、正式に王子の婚約者となる。
(本当に運だけで未来が決まるのですね……最後の一人になる確率は……)
頭の中で計算してみると、十回連続で勝てば優勝できると導き出される。
エリスは静かに周囲を見渡と、一人の令嬢と目が合う。小柄で、どこか頼りない雰囲気の女性は、淡い灰色のドレスを身にまとい、栗色の髪を肩まで伸ばしていた。
その顔色はどこか青ざめ、そわそわと落ち着かない様子である。
「あ、あの、私と勝負しませんか」
「構いませんよ」
「そ、それで、私はグーを出しますから、パーをお願いしたいんです」
故意に負けようとする提案に、エリスは瞬きする。
(……高度な心理戦でしょうか?)
だが彼女の瞳にはそんな計算めいた光はない。それよりも一刻も早く負けて、この場から立ち去りたいという感情が態度に現れていた。
「私が勝ってしまってもよろしいのですか?」
「は、はい。お願いします」
言葉に滲む切実さにエリスは提案を受け入れる。
「ではいきますね」
「はい、じゃんけん」
グーとパーがそれぞれの手から出される。結果、エリスは勝利する。
「ありがとうございました! この恩は忘れませんから!」
深々と礼をしてから、令嬢はそそくさと会場の外へと消えていく。エリスは、沈黙したまま、その背中を見送る。
(……これで、一勝ですか)
釈然としない感情を抱いていると、別の令嬢からの視線に気づく。やがてエリスに歩み寄ると、ためらいがちに声をかけてくる。
「あの……私とも、勝負していただけませんか?」
「あなたも負けたいのですか?」
「実は……故郷に、好きな人がいて……親に言われて仕方なく参加しましたが、本当はその人と結婚したくて……」
その一言で勝ちを譲られた理由に納得する。皆が皆、王子との縁談を望んでいるわけではなかったのだ。
「どうか、お願いします……」
「構いませんよ」
「本当ですか!」
「はい。では同じように私はパーを出しますね」
エリスに断る理由はない。提案通り、パーを出すと、グーが返ってくる。
「ありがとうございました!」
そう言い残すと、令嬢は早足に退場する。
――そして、それが始まりだった。
「あの……私も、お願いできますか?」
「私も……王妃にはなりたくなくて……」
「どうか、じゃんけんしてください!」
次々と令嬢たちがエリスのもとへとやってくる。彼女たちの願いは敗北であり、その願いを聞き入れるたびに、エリスはまた一つ、勝ち進んでいった。
勝利を何度も重ね、やがて、決勝に進出する。そして千人近くいた貴族令嬢たちの中で、最後に広間に残ったのは二人だけになった。
エリスの対面にいる最後の令嬢は華やかな金の髪を結い上げ、上品な青のドレスを纏っている。
だが美しい顔は青ざめ、小さく肩を震わせている。彼女は頭を抱えながら呟きを繰り返す。
「勝ちたくない……勝ちたくない……」
故郷に想い人でもいるのかもしれない。エリスはそう察して、優しく微笑む。
「よければ私が勝ちましょうか?」
「……本気なの?」
「私は他に結婚したい人がいるわけではありませんから」
「でも、相手はあの残虐王子よ!」
「残虐王子?」
「……もしかして知らなかったの?」
「悪い噂がある人物なのですか?」
「ううん、何でもないわ。忘れて」
令嬢は慌てて手を振り、目を逸らす。ごまかそうとしているのは明らかだ。エリスはその態度を観察しながら静かに思考を巡らせる。
(悪い噂がある人物……だとすれば、私が決勝まで進めた理由にも納得できますね)
千人もの令嬢が集められたというのに、誰一人として妃の座を望まなかった。それどころか、ほとんどの者が負けたがっていた。
(王族という魅力を覆すほどの悪評を持つ人物なのですね……)
その事実に思い至りながらも、エリスは動揺しない。他人を蹴落としてまで自分が幸せになりたいとは思わないからだ。
「さあ、始めましょうか。私はパーを出しますね」
じゃんけんの合図が響く。エリスは手を広げ、令嬢は手を丸めていた。
エリスの勝利に大広間が水を打ったように静まり返る。誰もが言葉を失う中で、エリスは妃になる未来が決まった事実を重く受け止めるのだった。
●●●
~『アルヴィス視点』~
じゃんけんによるアルヴィスの婚約者選びが終わり、半年が経過していたが、彼はまだ一度も婚約者であるエリスと顔を合わせてはいなかった。
(会えば、絶対に何か失言してしまう……)
女性と話すことが苦手なアルヴィスは、緊張のあまり、つい悪ぶった態度を取ってしまう自分の悪癖をよく理解していた。
だからこそ慎重に関係を築こうと、最初は手紙のやり取りから始めたのだ。
アルヴィスは机の上に置かれた一通の手紙を見つめる。美しい筆跡で書かれたその文面は、柔らかく、気遣いに満ちていた。
婚約者としての挨拶や、日常の何気ない出来事。自らの考えや感じたことが綴られたその手紙には、エリスの優しい心根が溢れていた。
アルヴィスは思わず微笑む。何度も読み返しているうちに、彼の心は自然とエリスに惹かれていたからだ。
「顔を合わせたこともないのに、随分と気に入られたようですね」
侍従が傍らで控えめに口を開く。アルヴィスは少し照れくさそうに頬を掻いた。
「文面からエリスの性格の良さが伝わってくるんだ……きっと優しい娘に違いない」
「それはそうでしょうね」
「見てきたかのように同意するんだな」
「根拠がありますので」
「根拠?」
「じゃんけん大会では、決勝で相手に敗北を譲ったそうですから。王国の令嬢たちが忌避する王子との結婚を自ら引き受けたのです。これほど自己犠牲の精神に溢れた女性はそういません」
「うぐっ……」
事実だけに胸が痛い。アルヴィスが苦々しい表情を浮かべていると、侍女はため息を吐きながら提案する。
「そろそろ直接お会いになってはいかがですか?」
「……まだ早い」
「婚約してからもう半年も経ちますよ?」
「だが……」
直接会えば、失言をして嫌われてしまうかもしれない。そんな戸惑いが態度に現れていたのか、侍女は思わず呆れたように呟く。
「意気地なしですね~」
「……うるさい」
アルヴィスがふてくされるようにそっぽを向くと、侍女は少し声を潜める。
「実は結納金の要求が、エリス様のご家族から届いています」
その言葉にアルヴィスは興味を引かれたのか、不機嫌そうに振り返る。彼の期待に応えるように、侍女は言葉を続ける。
「その要求があまりに不躾だったので、私の方でエリス様について調べさせていただきました。その結果、どうやらエリス様は不遇な扱いを受けているようでして……母親は妹ばかりを溺愛し、エリス様を便利な道具のように扱っているそうです」
その言葉を聞いたアルヴィスは拳を握りしめて怒りに耐える。そんな彼の様子を伺っていた侍女は一歩前に出ると、真剣な表情でアルヴィスに向き直った。
「迎えに行ってあげるべきではありませんか?」
アルヴィスは手紙に視線を落とす。そして意を決したように深く息を吸い込んだ。
「救えるのは俺だけか……」
「ええ。なにせ、エリス様はあなたの婚約者ですから」
「分かった。俺がエリスを迎えに行こう」
「それでこそ私のご主人です」
侍女は微笑んで一礼する。こうして彼は半年間の迷いを振り払い、運命を動かす一歩を踏み出したのだった。
●●●
「では、私は出かけてきますね」
淡々と告げると、家族の視線が一斉にエリスへと向けられる。
「い、行ってらっしゃい……」
「お姉様、お気をつけて」
母がぎこちなく微笑む。かつてエリスを冷たくあしらい、存在すら厄介者扱いしていた人間とは思えないほどの、よそよそしい態度。
妹のリーエルについてもそうだ。媚びを売るような笑みを浮かべながら手を振っている。
(つい数日前まで、私に嫌がらせをしていた人たちと同一人物だとは思えませんね)
二人の態度の急変には理由があった。
王子の妃となるエリスへの無礼は王族に対する不敬に等しい。王宮に虐げていたことを咎められ、厳しい叱責を受けたからだった。
さらに期待していた結納金もなくなった。
後から大金が手に入るからと贅沢三昧を楽しんでいた二人には、莫大な借金だけが残された。返済の当てもなく、今では資金繰りに苦しんでいた。
(当然の報いです)
これまで散々、エリスを虐げてきた罰が下ったのだ。同情の余地はない。
「では、行ってきます」
最後にもう一度告げると、二人は作り笑いを浮かべたまま見送る。屋敷を後にし、朝の澄んだ空気の中、エリスは街へと向かう。
穏やかに活気づく王都の街並み。店先には色とりどりの果物や野菜が並び、通りには行き交う人々の楽しげな声が響いている。
エリスはそんな風景を横目にしながら、静かに思う。
(結婚が決まってから、すでに半年が経過したのですね)
だがエリスは婚約者である王子の顔さえ知らない。知っているのは彼の悪評と手紙の中の言葉だけだ。
(もっとも噂と違って、手紙の文面は好印象ですが……)
王宮から送られてくる手紙は、残虐王子と悪評の広まる人物が書いたものとは思えないほどに、どこか不器用な優しさに満ちていた。
(会ってみたいものですが……こちらから会いに行くわけにもいきませんからね……)
相手は王族だ。招待されてもいないのに、下級貴族のエリスが王宮を訪れるのは失礼に当たる。彼女にできるのは待つことだけだ。
(手紙は届いているのです。いつか会いに来てくれるでしょう)
そう信じて、エリスは足を進める。すると、街の喧騒の中、目の前に小さな花屋が見えてきた。
店先には鮮やかな花々が並び、柔らかな香りが風に乗って漂っている。
エリスはそっと足を止めて鑑賞していると、ふと、隣に立つ青年が唸り声をあげている姿を目にする。
上品な雰囲気と背筋の伸びた姿勢から育ちの良さが伺える彼は、黒のロングコートを羽織っている。
金髪を陽光で輝かせながら、青い瞳で店先の花々をじっと見つめている。眉を寄せる様子から悩んでいるのは明らかだった。
「花の種類が多いと困ってしまいますよね」
エリスが問いかけると、青年はピクリと肩を揺らす。耳まで顔を赤くすると、慌てたように口を開けたり閉じたりしながら視線を泳がせる。
「あっ、い、いや、その……俺は!」
青年は口に手を当てて黙り込む。思わず口走りそうになる言葉を無理やり塞いでいると、エリスは小さく頭を下げる。
「驚かせてしまったようですね」
その落ち着いた声音のおかげか、青年は一瞬、息を詰まらせたが、ゆっくりと肩の力を抜いていく。エリスの無表情が彼の緊張を解いたのだ。
「……俺を笑わないんだな」
「母からは笑えと言われるのですが……どうにも苦手で」
それは、ただの事実だ。
感情がないわけではない。むしろ、心の中ではよく笑うほうだと自覚している。けれど、表情に出すのがどれほど練習しても下手なままだった。
「そうか……君なら緊張せずに話ができそうだ……実は、初めて婚約者と会うんだが、何を贈れば良いのか分からなくてな」
「その女性はどのような人なのですか?」
「手紙の印象だと優しい人だ……それと、とても不幸な女性だな」
「不幸ですか?」
「運試しの結果、俺のような男と結ばれることになったからな」
その言葉にエリスの心臓が小さく跳ねる。
(もしかして……)
青年の言葉の意味を探るようにジッと見つめる。彼はその視線に気づかぬまま、少しだけ微笑む。温かみのある笑顔は、王子の手紙が与える印象と重なるものがあった。
「その婚約者さんは、きっとあなたと結婚できて幸せだと思っているはずですよ」
「本当か!」
「はい、私が保証します」
エリスはふっと口角を上げる。それは氷の令嬢が見せた、ぎこちなくも、嬉しそうな笑みだった。
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