会社帰りの攻防
4章:叱責といたずら
ある日、笹本が書類の不備で上司から注意を受けていた。
「笹本、こういうミスが続くと信用に関わるぞ。」
またか。
笹本は素直に「すみません」と返しながら、心の中でため息をついた。
上司の小言は長い。今日もなかなか終わりそうにない。
ふと、視界の隅に山崎の姿が入る。彼女は歩きながら、上司の背後で不意に立ち止まった。
(同情でもしてくれるのか?)
……そんなわけがなかった。
山崎は、ふざけた表情のまま、小さく手を挙げる。
上司の目の届かないところで、実に堂々と。
「……っ」
笹本は喉の奥に込み上げる笑いを必死に飲み込む。
だが、肩がわずかに震えたのを感じた。
幸いにも、上司は自分の説教に夢中で気づいていない。
小言が終わり、笹本はそそくさとトイレに向かう。鏡に映る反省顔を崩し、思わず笑いが漏れた。
「……あの女。」
半分は「してやられた感」。少しの「愉快な気持ち」。
そして、その他に感じているわずかな気持ちは「仲間意識」だった。
小言の好きな上司に日々苦しめられているのは、笹本も山崎も一緒だったからだ。
山崎のイタズラが、ただの遊び心なのか、それとも上司へのささやかな抵抗なのか——。
どちらにせよ、考えるだけ無駄だった。
5章:海沿いの攻防
会社の飲み会の店を下見した帰り、笹本と山崎は一緒に駅へ向かっていた。
海沿い一角を通ったら、オシャレなウッドデッキで、山崎が歩きにくそうに話し出した。
「ヒールが引っかかりそう」
「ヒールなんて履いてくるからですよ」
人生で一度もヒールを履いたことのない笹本は、山崎の小さな悲鳴を冷たくあしらった。
「ダメだ。コンクリートの方を歩かなきゃ。」
そう言って横道に逸れようとする山崎を、笹本が体で遮った。
「え?」
「何でですか?」
「いや、そちらこそ何ですか?私は真っ直ぐ歩いてるだけです。」
笹本が体で山崎を遮ったので、山崎は溝の多いウッドデッキをヒールで歩くしかなくなってしまう。
「は?」
「山崎さん。あまりコッチに来ないでください」
「ははは……いや、ひどいな」
山崎は笑い呆れながら、仕方なくひょこひょこしながらウッドデッキを歩いた。
笹本はその横でニヤけるのを抑えながら駅に向かって歩いていた。
6章:街で見かけた顔とイタズラ
小言の多い上司が居ない時間は、同年代が多い経理部ではよくおしゃべりに花が咲いていたが、笹本と山崎のやり取りには遠慮がない。
気兼ねなく失礼なことを言えるのが、二人にとって無意識のストレス発散になっていた様だった。
「あ、そう言えば、この間、街で笹本さんに似た人を見かけたんですけど……」
山崎が話を始めた。
笹本は仕事をしながら、目だけを軽く山崎に向ける
「まあ、どこにでもいる顔ですもんね。」
山崎がさらりと言う。
笹本は少しムッとした顔をする。
「おい、それ失礼じゃね?」
決して言葉には出さず、心の中で毒付く。
間を置かずに笹本が反撃する。
「俺も、山崎さんに似た人を見ましたよ」
山崎も仕事をしながら目だけを向けた。
「でも山崎さんは逆に特徴的な見た目ですよね……二目と見れない。」
山崎は一瞬言葉を詰まらせた後、表情を険しくした。
そして顔を机の上に乗り出し、二つ隣の笹本に向けながら言い返した。
「……それ、『悲惨な様子で、二度と見る気にならない。醜い』って意味の慣用句ですよ? 怒」
「あ、そうなんですか? すみません、使い方間違えちゃいました。」
そのやり取りに笑いを堪えられなくなった同僚たち。
山崎は舌打ちをこぼす。
「……ほんと性格悪いな。」
9章:仕事とイタズラと境界
普段はどこまでも互いにちょっかいを出し合う二人だが、仕事となると話は別だった。
笹本が仕事中に山崎へ確認事項を尋ねると、彼女は真剣な表情で即座に答えた。
その時、ふと笹本の顔を少しだけ見たが、何も言わずに話を続ける。
「あぁ、それですね。その件はこのファイルを見て貰うと…」
仕事に関しては絶対にちょっかいを出してこない。
その真剣な態度に、笹本は少しだけ感心したが、それを口にすることはない。
「まあ、仕事ができるやつだからな。」
笹本はつぶやきながらも、目の前に並べられた仕事に戻っていった。
(続く)