愛されているはずなのに婚約破棄される令嬢の話
成瀬です。
婚約破棄系の作品を好んで読む友人と話していた時に出た話題です。
内容は市販のコピー用紙くらいの薄さです。
「エヴァン・グレイ公爵令嬢!貴女との婚約を破棄する!」
学園の卒業パーティーの中、ダーズ王国第三王子のカルアが、壇上から言い放った。
卒業生や在校生の視線が集まる。一瞬の沈黙の後、すぐに周囲からはざわめきが起きた。カルアとエヴァンは婚約者同士で、そこに政治的な意図はあれども仲のいい関係で、学内でも市井の間でも、有名だったはずだ。
「どういうことですか、カルア様!」
エヴァンが悲鳴にも似た声を上げる。長い水色の髪が揺れた。今日のパーティーのために、そしてこの後予定されていた、カルアとエヴァンの婚姻発表のために、王家から贈られた髪飾りで留められている。
宝石がふんだんにあしらわれていたとしても、それでも決してエヴァンの美しさは損なわれないようにとカルアが特注し、王家御用達の宝石商に作らせたものだ。
「エヴァン・グレイ。貴女とその家族には、国外追放を命ずる」
何が足りなかったのか?成績か?確かにカルアには及ばなかったが、それでも次席だった。
ああ、とエヴァンが思う。髪色よりも少し明るい空色の目に、宝石のような水滴が溜まる。陶磁器のような肌の頬は、興奮で紅潮してしまっている。もう駄目だ。きっと、私には淑女らしさが足りなかったのだ。
カルアの隣に立つことのできるよう、必死に王妃教育を受けてきたつもりだった。つもりだっただけなのだ。だって、涙が落ちてしまった。
「…待て、カルア!」
よく響くバリトンに、その場にいた全員が振り返る。玉座の方向。今日、王妃は外交の関係でこの場にいない。だから、声の主は必然的に1人に絞られた。
「父上…」
カルアが表情をゆがめた。「…私はエヴァンとは結婚できません」
「何故だ」
決して跳ねさせることの無い語尾。威圧が強く、現にほかの卒業生や在校生はもう、ささやき声で話すことすらできなくなっている。
この場にいる全員が、カルアの言葉を待っていた。
「…エヴァンを愛しているからです」
カルアが言う。エヴァンが顔を上げる。
「…それで?」
「現在我がダーズ王国は、隣国のスティム皇国と緊張状態にあります。今のところ均衡を保ってはいますが、いつ戦争が起きてもおかしくはありません」
ほう、と国王は呟く。カルアの言っていることは正しい。
だからこそ、カルアとエヴァンの婚約は、このダーズ王国にとって重要だというのに。
「そこまで理解しているなら、何故婚約破棄などとほざく?」
「エヴァンの為だ!」
カルアの敬語が崩れる。カルアは第三王子という立場故に騎士団を動かす立場にあり、平民出身の騎士の影響を多少は受けてはいるが、それでも、王子らしく品行方正だったはずだ。
「エヴァンの母君は皇国の王妹だ。そして私は、この学園を卒業したら騎士団の参謀に就く。…戦争が起きたら、エヴァンは人質になるでしょう」
その前にエヴァンとその家族を逃がします。そう、カルアが言い放った。国王が数秒押し黙る。
「…国外追放、といったな。皇国に返すつもりか」
「いいえ」
カルアがはっきりと否定した。
「戦争に巻き込むつもりはありません。それに皇国に行けば、エヴァンの父君の身が危険にさらされるでしょう」
「ではどうするつもりだ?」
「ティスデア帝国へ。…既に話は通しております」
カルアが言った。ティスデア帝国。まだ建国から10年も経っていないような国ではあるが、王国と皇国の関係には中立を示している。確かに、帝国に行けば戦争に巻き込まれようなことにはならずに済むだろう。
帝国の王はまだ若い。建国は先代帝王であったが、その後戦死し、息子が王についている。17歳であるカルア達の4歳年上。カルアとは友人関係にあり、頻繁に手紙でのやり取りをしていた。国王はそのやり取りを友人同士のものだと軽く見ていたが、きっと、今回の計画を綿密に練っていたのだろう。
「カルア様…」
「エヴァン、公爵領に戻れ」
エヴァンがカルアに声をかけるが、カルアは目を合わせなかった。
「…グレイ公爵並びに公爵夫人も同様に。既に帝国と公爵へ使いは出した。公爵領から帝国へは近いだろう、荷物をまとめたら、迅速に出ていくように」
カルアが言い放つ。もう、初めのような語気はない。エヴァンは、動けなかった。
愛されているのだ。どうしようもなく。だからこそ、カルアと結ばれることはエヴァンの幸福には成りえないと、カルアはきっと、自分を恨ませてもエヴァンとその家族を逃がそうとした。
「…第三王子、カルア」
国王が重い口を開く。俯いていたカルアが顔を上げた。
「お前を廃嫡、及び国外追放とする」
国王が口を開く。会場内に驚きが走る。
「そんな…騎士団はどうするのですか!」
「己惚れるなよ」
国王が諫めた。
「参謀などどうにでもなる。…迅速に出ていけ!」
国王が声を張り上げる。目を見開いたカルアは、しかしすぐに、壇上から降りてエヴァンの手を取った。そのまま右手でエヴァンの左手を持ち、空いた左手でエヴァンの涙を拭う。
「…エヴァン、済まない」
「カルア様こそ…申し訳ございません、私のせいで…」
「私がしたくてやったことだ」
カルアがエヴァンの前に膝をつく。
「こんな私だが…一緒に来てくれるか?」
先ほど拭ったはずなのに、また、ぼろぼろとエヴァンの目からは涙が零れ落ちる。
「勿論です、カルア様…!」
その返事を聞くや否や、カルアはエヴァンの手を引いて走り出す。エスコートも何もない。しかし、会場を出る前、一度振り返って国王に向かって、エヴァン共々深々と頭を下げた。
きっとこの瞬間、2人は世界で一番幸せであった。
数年後、ダーズ王国とスティム皇国の間で戦争が巻き起こる。
ダーズ王国の劣勢であったが、ティスデア帝国が王国側に就いたことにより戦況が変化する。
その指揮官がカルアだとか、傍で支え、時に自身で兵士や騎士達を動かしていたのがエヴァンだとか、きっと、そんなことは歴史上では些細な話だ。
成瀬「こういうことだったら平和だと思うんだ」
友人「そんなんで振るくらいだったら一緒に殺される覚悟を決めろよ」
成瀬「え?」
友人「もしくは私を殺してお前も死ね」
…これはヤンデレに含んでもいいのでしょうか。