8 銃声
まさか人間相手に戦うなんて……それに、まさにさっき扱っていたのは魔法だった。
ファンタジーの作品でよく登場する力。
まさか自分が使えるようになるなんて思わなかった……。
住宅街から離れ、新宿駅に向かう俺たち。
時間も夕方を過ぎたからだろうか、駅に向かう人、駅から離れていく人の波が多くなってきた気がする。こんな人混みのなかを歩かなきゃいけないっていうのはそこそこにストレスだったりするもんだ。
「あー、それにしてもここら辺は相変わらず人が多いよなあ……見飽きてきたぜ」
これから飲み屋も次々とオープンするだろうし、それより前には新宿を離れたい。一応、こっちは渚さん以外未成年だしな。それに、駅からはちょい離れていて安心なんだが最近若い連中がこぞって集まっている場所も新宿のなかにはある。そこはとにかく、治安が悪い。近寄りたいなんて気分にもならないが、まあカスミや渚さんはそういう怪しい所には行きたがるような感じでもないから安心かもな。
「……気持ちは、分かる」
「あなたたち、まだ学生でしょう?今からそんなこと言っているの?」
「だってよぉー……あ。そう言えばさっき戦った霧生ってヤツはどうなったんだ?まさか……死んだ?」
不意に樹が、霧生のことを気にしはじめた。学生って感じでは無かったが、背格好的には俺たちぐらいと同じぐらいだと思う。見た目はストリートギャング風に入っていそうな感じではあったが、マジな裏社会の人間だとは思わなかった。
「逃げたように、見えたんだけれど……」
カスミにはしっかりと見えていたようだが、少しはっきりしない。
「……あの空間から?どうやって」
「さあ、そこまでは……」
「SC現象の中から抜け出すには幾つかの方法があるとされているわ。まずは、登録者が死ぬこと。そして一定の気力を使い切ること。これは一定の攻撃をし続けたり、攻撃を受けることで気力が減るとされているわ。そして、脱出用に強制的に『物質』理論を停止させること」
はい、ここで渚さんからのご説明。
登録者……つまり、俺たちの命が消えること。気力がどうこうって話はよく分かんなかったけれど、とにかく疲れさせれば良いらしい。が、お互いに攻撃をし合うわけだから気力云々っていうのは俺たちにも当てはまるだろう。
ただ、最後の装置を停止させるってところにはイマイチ、納得出来なかった。
「……停止?でも、そうしたら……」
確か、装置を持たない人間はぐにゃりぐにゃりとした異空間の中にいて、自我を保つのが難しいって話だったよな……。
「あの異空間の中を漂うことになる……と思うわよね。でも、SC現象が働くのはせいぜい半径数十メートルほど。25メートルプール分の広さが限界だと言われているからそれより離れてしまえば脱出することも不可能ではないとされているわ」
「……意外と広いな」
だが、視界に入ってきた住宅街もいつも見ているような永遠が見えているわけじゃなくて、一部だけが見えていて、まるで一線を越えた先には何も無いかのような世界観だった気がする。
「それから後は、脱出用のアイテムを使った……とかね。こちらはあいにく私は詳しく無いのだけれど……」
「へえ!渚さんでも知らないことってあるんだな~」
「当たり前よ。研究員にだって詳しい分野、全然理解出来ない分野っていうものがあるんだから」
困ったように話す渚さんに近寄るチャラ男系の姿が。
あー……時間的にそろそろ現れる頃か?まずいな……。
「!お、そこ行くお姉さん!良かったらウチどうっすか!?お安くしておきますよ~」
陽気に渚さんに向けて話掛けていく男。
もちろん、渚さんの知り合いなわけがない。所謂、キャッチ……客引きをしているヤツらだ。
「え!?」
キャッチに慣れていないのか、それとも声を掛けられること自体に慣れていないのか目を丸くしてしまっている渚さん。
こりゃあちょっと手助けしてやらないとタチが悪いヤツに捕まるかもな……。
「あー……っと、そろそろそんな時間帯か?おーい、渚さん。そんなの無視して良いから足動かせ足!」
「……はぁー……ほら、早く」
樹も気が付いたらしく早く来いよー!と声を掛けているが、渚さんはなんつーか、危なっかしいな。
軽く渚さんの片手を掴むと引っ張るようにして男を無視して歩を進めた。
「え、え?今の何だったの?」
やっぱり分かっていなかったようで、何があったのか未だに良く理解出来ていないらしい。
研究員ってめちゃくちゃ頭良いんだよな。
こういう……世間からの誘惑行為には免疫って少ないんだろうか……真面目そうな渚さんを見ていると免疫そのものが無さそうに見える。
「渚さん知らねえの?キャッチだよ、キャッチ!」
「あまり新宿には詳しく無さそう、なのかな?」
さすがのカスミも心配しているようだ。
一応、カスミは新宿に家があるし、キャッチをスルーすることも慣れているんだろう。そもそも俺たちは学生だからなあ。
「だいたいこれぐらいの時間帯から客引きがはじまるんだよ。つか、まだこんな堂々と声掛ける連中っていたんだなー……」
「……一時期、取り締まりが強化されていて存在すらいなかった時期ってあったよな?」
確か迷惑過ぎるからとかって理由で警察たちが大々的に取り締まった時期もあったはずだが、それが再び戻った?もしくは新顔だったりするんだろうか。
「あー……じゃあ違うヤツか。つか、渚さーん?意識ちゃんとここにあるか?」
「び、びっくりしちゃっただけよ。……な、慣れていないし……」
「いや、渚さんが慣れていないのはすぐに分かったから!話しかけられても反応すんなよー?」
「……キャッチ……そう、そんな危険そうな輩が出没しているのね……新宿って……」
まるで初めて異空間の中に飛び込んだ俺のような反応をしている渚さん。
さすがに、あっちとキャッチを同じふうに考えるのは次元が違うかもしれないが、渚さんにとっては信じられないことだったんだろう。
思わず、おかしくて笑ってしまった。
「……大丈夫か?取り敢えず俺たちからあまり離れるなってこと。さすがに学生服着たヤツらには声掛けてこないはずだから」
「そう言えば、ヴェイカントって……渚さんが戦ってやっつけたって言ってたのって、何なんだよ?」
「あぁ、ヴェイカントっていうのは……」
また渚さんからの講義……いや、説明がはじまると思った。
が、次の瞬間。
この大勢の人波の中で一発の銃声が響き渡った。
銃声に悲鳴を上げる者、そして動揺する声。
くそ、こんな中で人混みにまぎれたら見つけられるものも見つけられなくなる!
「な、今の……銃声!?こんな所でか!?」
「そんなことより、あまり離れるな!」
「おやおや。そこまで驚かせるつもりは無かったんですが……すみません。ちょっとそこの方たち、お話をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「あん?……キャッチなら、いらね……っ!?」
樹が食ってかかりそうになるが、言葉は最後まで言い切れなかった……それは、俺やカスミにも感じたようで無駄に口を開くことができなかった。
背後から、上手く周囲からは隠しているのかもしれないが、背中に銃口を当てられている。
「……くっ……!?」
「み、湊くん……っ……」
「あなたたち、ちょっと変わったモノをお持ちの様子ですね。是非、詳しくお話をお聞きしたいのですが……」
先ほどから穏やかそうに笑いながら話している男を見ると、別に怪しい感じじゃない。って、さっきの銃声ってもしかしてコイツらが撃ったのか!?
「……警察か?」
「いえいえ。まさか。……私たちもいつまでもコレを向け続ける趣味はありませんから」
「大人しく言うことを聞けば、その物騒なモノは閉まっていただけるのかしら?」
「もちろん」
「……分かりました。みんなも、それで良い?……カスミさん、大丈夫?」
「は、はい……」
意外にも渚さんは俺たちよりも遥かに冷静で、良い判断を下したらしい。
カスミもきっと怖い思いをしたんだろう……渚さんが声を掛けてくれて安心したようだ。
すると背後に感じていた圧迫感や銃口というものも遠ざけられてホッと息を吐いた。
「私の事務所が近くにありますので、どうぞ。こちらへ……」
「おいおい、マジに付いて行く気か?やばいヤツだったらどうする?」
「仕方ないわよ。またこんな所で銃なんて出されるわけにはいかないでしょう?」
「……ま、仕方ないか」
本当なら新宿駅に向かうはずだった俺たちの足は、一見穏やかそうに見える男とその取り巻きたちが向かう方へ、後ろから付いて行くことになってしまった。
新宿物騒やなぁ……というファンタジー小説ですので、ご安心を。え、現実もそこそこに物騒?まあ、いつの時代も物騒な場所というものは存在していますからねぇ(汗)
良ければ『ブックマーク』や『評価』などをしていただけると嬉しいです!もちろん全ての読者様には愛と感謝をお届けしていきますよ!