6 認証登録
急に、なんだ!?
機械音声のようなモノが流れはじめたかと思えば渚さんが焦り出したのは分かった……でも、そこからの世界は……なんとも妙な世界になってしまった。
『SC現象を認識しました。『物質』理論装置が自動的に起動します』
「みんな、気をしっかり持っていてね!」
は?
「なに、を……」
と問い掛ける暇も無く、途端に目の前がぐにゃりぐにゃりと歪んでいく。そして、すぐ近くにいたはずのカスミや樹、そして渚さんの姿も見えなくなってしまった。いや、違う。これは、俺の視界が歪んでいるんじゃなくて、俺そのものが歪んでいるんだ。
手も足も……視界に入れているはずなのに、そこにはぐにゃりぐにゃりと歪んだモノしか見えなくて、正直、頭がおかしくなったヤツのような気がした。
「か、カスミ!樹!!」
かろうじて、声は出た。が、今の声は自分の声だっただろうか……?顔は?俺の顔は何処にある?口は!?感覚がおかしい、変になっている。
例えるならば、いろいろな複数の色の絵具をごちゃ混ぜにしたかのような世界。そんな世界に、かろうじて意識だけがなんとかフヨフヨしているような感じだ。
俺は、このまま……どうにかなってしまうんだろうか……ワケも分からずに……。
「……くん、湊くん!」
ハッ!!
慌てて顔を上げると、そこには顔色を悪くしているカスミ、そして頭を押さえて気分が悪そうにしている樹がいた。……ここは、カスミの家のリビングに景色が変わっていた。
「カスミ……うっ……」
頭が、痛いというか……気持ち悪い。さっきの異様な世界のせいだろうか……ちょっとした、いや、かなり酷い乗り物酔いをしたときのような気分だ。
カスミは、何ともないんだろうか?……渚さんは?
「……三人とも、無事!?」
慌てた様子で息を切らせながらリビングに戻って来た渚さん。何処となく疲れた様子……をしているのは、気のせいだろうか。
「今の、なんだよ……あー、気持ち悪ぃ……」
こういうとき、樹の思ったまま素直に口に出せる性格が羨ましい。俺も正直、気分が悪いがなかなか素直には言い出せないからなあ……。
「……長居させてしまって悪かったわね。……私は、すぐにここを離れるわ。カスミさんは……カスミさんは……」
渚さんも慌てているんだろう、カスミのことをどうするか決めかねているらしい。
「……さっきの、装置。まだ誰にも登録はされていないんだよな?」
「湊くん?」
「……一つを、俺にくれ」
気付いたら、そう口に出していた。自分でも何故かは分からない。でも、そうした方が良いと……思ったからだ。
「湊!?」
「……つか、やばい連中にここを知られたんじゃないのか。さっきの、きっとその装置の影響だろ?……っ、まだ頭がぐらぐらするけれど……それがあれば、こんな気分にはならないんだろ?」
「あのねえ。これは、お守りとかそういう類のモノじゃないの。……戦うことにも使うのよ?」
きっと安易に俺が登録者になりたい、と考えているんだろう。が、たださっきみたいな体験をしたくないという理由だけじゃない。きっとコレがあればカスミを守れると思えたんだ。
「……戦う?誰と?」
「今、現れたのは……その、人間じゃなかったのだけれど……」
「……なら、戦いやすい」
「一度、一度……登録したら……装置は、湊くんから離れない。ずっと、ずっと付き纏う生活になるわよ」
「カスミがそれで守れるなら!……俺は、それで構わない」
「湊くん……」
「へぇ~、湊も言うようになったモンだなあ!……なら、もう一つの方は俺に任せな!」
樹もだいぶ落ち着いたのか、顔色はすっかり元通りになってへらへらと笑っている。別に笑えるような状態じゃないと思うけれど、笑えるだけの余裕が出てきたってことか。
「ちょ、樹くんまで!」
「……登録は、どうすれば出来るんだ?」
「……大きい石があるでしょう?それに触れれば登録が開始されるわ」
「ふ、二人とも!渚さんも止めてください!」
慌てるカスミの声が聞こえたが、既に俺は指輪を手に取っていた。これから日常が非日常に変わる……いや、もう既に非日常の中に足を突っ込んでいるんだったか。だったら問題無い。
「悪いねぇ~、こういうことを言い出したときの湊って止まらないんだわ。もちろん、俺も……」
赤い石の付いた指輪を手に取り、ごくりと息を呑んでからそっと赤い石部分に触れた。すると……。
『未登録の『物質』理論が認識されようとしています。……完了。登録者が認証されました』
「……これだけ?」
やけにあっさりとした登録行為。本当にこれで登録が終わったんだろうか?
「そうよ。それで、そのラピュセルは湊くんが扱うことが出来るわ」
次いで、樹も青い石が付いたブレスレットに己を登録したらしい。同じように機械音声が流れて来た。
「これで、具体的には何が出来るんだ?さっきの気持ち悪い空間に放り投げられることにはならなくなったんだよな?」
「SC現象……シュレディンガーの猫現象と呼んでいるのだけれど、所謂、強い認識、反認識がぶつかり合う異世界空間。普通の人だと感覚が狂ってしまって一時的に、気でもおかしくしてしまったり、酷い車酔いのような感覚を起こすみたいね。私は体験したことが無いのだけれど……ずっと長時間いたら、存在そのものが壊れたりしてしまうらしいわ」
「……それって、人間だったら人間じゃなくなるってことか?」
「さすがにそこまでは実験していないわよ。……でも、理論から言うと、そうなる可能性が高いわね」
「カスミの分は……あ、そう言えばカスミは平気なんだったか?」
そうだ、確かカスミは異空間の中でも自我というものを維持し続けることが出来るんだった。だったら、問題無い……のか?
「うん。それに……さっき、渚さんが不思議なモノと戦っているのが見えたよ」
「不思議なモノ?」
「……人間じゃなかったのか」
「……ヴェイカント、と呼んでいるものがあるのだけれど、今はゆっくり説明している時間は無いわね。何処かに移動しないと」
「……渚さんの家は?」
「研究員たちの家なんてもう目が付けられているわよ」
お手上げ、と降参のポーズを取って困った顔をしている渚さん。とすると、樹の家か俺の家になるか……。
「だーったら!湊の家に行こうぜ!今、確か一人だったよな!?」
「……まあ、そうだけれど……」
つか、さらりと俺の家を指名してきたし。まあ樹の家って他の家族もいたんだったか。そのなかに、この大所帯がいきなり行くのも大変だろうし、仕方ないか。
「なら、一時的にでもお邪魔させてもらおうかしら。……カスミさんも一緒に」
「もしかして、私のせい……ですか?」
「……カスミ?」
「私のせいで渚さんが狙われて……」
カスミは、すっかり自分のせいでこんな事態になっていると思い込んでいるらしい。が、本当のところはどうなんだろう。たぶん、さっきのはきっと渚さんを追っていたんじゃないだろうか。そこに、たまたまカスミがいた、というだけで。
「私は元研究員だから所在が元から狙われていたの。今回は、カスミさんも一緒にいたから相手側にとってはラッキーだったかもしれないけれど、私が倒しちゃったから」
「え、意外と武闘派?」
「まさか。言ったでしょう?装置があるおかげよ」
「……コレを使ってどうやって戦えば良い?最低限の使い方を教えてくれ」
「直接体を動かすようなことはしないわ。使うとすれば気力の方。あなたたちぐらいの歳だと、ファンタジーモノに触れる機会もあるでしょう?そこに出てくる魔法のような力が使えるようになるわ」
「え、魔法!?」
「もちろん、SC現象が起こっている異空間の中で、ね?現実ではそんなことは出来ないから安心して」
思わず指に嵌め込んだ指輪を見て、ぎくっとしてしまうがどうやら今いる状態では、本当にただの指輪……らしい。安心した。何処でも魔法のような力が現れたりしたらニュースどころじゃなくなるからな。
最初は、あの気持ちの悪い異空間から自分を守るために意気込んだつもりだった。そして、カスミを守ると言ったのも同じぐらい大事。だが、俺には覚悟というものが少しばかり足りなかったのかもしれない。
登録、してしまいました。そして、さようなら日常!あ、曰く付きのお話やらいろいろ聞いていたのでとっくに日常とはおさらばしていたのかな……でも、まだまだ若い。覚悟が……足りないのかもしれませんね。
ちょこちょこ難しい言葉、単語が出てきてしまいますが、ゆっくりと作者とともに学んでいきましょう!
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