43 耳にした声は渋いイケオジ風ボイス
セクハラ云々の話は置いておいて……取り敢えず森さんは嫌な思いをしなかったみたいだからセクハラにはならなかったらしい……。
渋谷で襲われた?って話をちゃんと聞かせてもらわないとな。
「えーっと、取り敢えずミットくんたちと別れてセンター街の方に向かって行ったんだよね。怪しげな施設があるとすれば駅前よりも、ちょい離れた位置にあると思ったし……そこで、あれは何処ら辺を歩いていたときだったかなー……はっきりした場所とかは覚えていなかったんだけれどヴェイカントとかもいなさそうだったから安心していたんだよね。そのせいもあって油断していたのかもしれないんだけれど、急に後ろから殴りつけられたモノだからそのまま意識を失っちゃったんだよ……」
不意打ちだったとは言え、悔しいーっ!と今頃になって怒りをあらわにしているが、取り敢えず無事みたいで良かった。
さっき、ぐったりしている姿を見たときには一瞬、生きているか死んでいるかも分からなくて焦ったし。
「……渋谷にいたってことは間違いないんだな?」
渋谷で襲われた、ってことは確実らしいから同じく渋谷周辺を出歩いていれば同じようなヤツで出くわすこともあるんだろうか……でも、相手は女を後ろから襲うようなヤツだしな……今回は森さんだったから殴られただけで済んだのかもしれない。もしも、男だったりしたらただ殴られるだけで終わり……になるんだろうか。
「そうそう。それは覚えてる!渋谷を散策する予定だったから他の地区まで気が付かずに行っちゃった~なんてことは無かったはずだよ」
「裏社会って聞くとどうしてもヤクザとか暴力団の存在もいるんかなあって思うんだけれど……どうなんだ?」
樹がそこら辺を気にしているようで渚さんにたずねていく。
「さすがに裏社会のことまでは分からないわよ。でも、水嶋のことだし……お金を出させて、そういった……反社会勢力みたいな、暴力団の人たちを雇うってことも考えられない話では無いかもしれないわね」
現首相の秘書が反社会的勢力との繋がりがあるとメディアにでも洩れればそれはそれは重大なニュースとして取り上げられることだろう。でも、そういう根回しみたいなことは慎重で、水嶋も気を配っているのかもしれない。……姑息だな。
「怖い世界なんですねぇ……」
「……もちろん顔なんて見る暇なんて無かったんだろ?」
もしかして、と思って相手の顔を見るチャンスは無かったのか?と聞いてはみたが……。
「あったり前じゃん!あ、でも、他の人と話している声だけはなんとか聞こえてきたんだよね。なかなか渋めのイケオジ様風の声だった気がするけれど……」
残念ながら顔を見るチャンスは無かったらしい。が、聴覚だけはまだはっきりしていたようで、殴ってきた人物の声を聞いたようだ。
「渋めの……」
「……イケオジ風?」
「渚さん、研究員とか知り合いにそんな感じの人っていたりするか?」
研究員が武術の心得があるなんて確率としては低そうだけれど、実は柔道とかで黒帯所持者だった!なんて人もいるかもしれない。そこは一応聞いてみた方が良いだろう。
「さ、さぁ?それに研究員なんてデスクワークがほとんどだもの。人を殴りつけるほどの体術が出来る人が研究員の中にいるなんて聞いたこともないし……」
さすがに、頭デッカチな研究員たちは人を殴ることも無理そうみたいだ。まあ、なんとなく予想は出来ていたけれど……。
「それがヤクザとか暴力団っていう線が強そうだなあ~」
「……つか、そんなマジでヤバそうなヤツらに出て来られたら敵わなくね?」
本職のヤバい人間に出て来られたら装置を使うどころじゃなくて、命そのものが危なくなるような気がしてならない。
「俺もさすがに同意だわー」
樹も困ったように、軽くお手上げ状態らしい。
「さっきの、ボブさんともゆっくり話してみないといけませんよね」
カスミが改めてアキバ支部にいたボブと話をしてみないと、と言ってきたところで森さんが強く反応を示してきた。
「あ、ボブがいたの!?あは!だったら話は早いじゃ~ん!私とボブって、めちゃくちゃ仲良いよ!」
そっか、森さんはほとんど意識が無かったような状態だったから分からなかったのかもしれないけれど、ボブは俺たちの近くにいたんだ。それに、渚さんも言っていたようだったけれど森さんとボブはそこそこに仲が良さそうだと言うのだが……。
「……森さんと親しそうだっていうのは渚さんも言ってたけれど、ボブは知らないふうだったぞ?」
「は?」
「そう、ね。あなたが今まさに実験を始められそうになっていても止めようとはしなかったし」
目の前で森さんが実験用の椅子?だったんだろうか、それに運ばれて来たときだってボブは何よりも実験実験!を優先にしていて、森さんってことには全然気が付いていなかった様子だった。
「え~?それ、ほんとのほんとにボブ!?」
名前的にはそう珍しい名前って感じではなさそうだけれど、黒人で、ちょい二次元好きそうな感じもしていた似たような研究員は他にもいるんだろうか?
「……ボブ、で間違い無いんだよな?」
「そうね」
渚さんも顔を見てすぐにボブだってことを思い出していたようだったし……あれ?でも、そうなるとなんで森さんのことについては何も思わなかったんだろうか?髪型がいつもと違って見えたから知らない人にでも見えたか?
「う~ん?忘れられてる?でも、あんなにアキバを案内してあちこち連れて行ってあげていたのになあ……」
『忘れられている』……っていうところが引っかかる気がする。
渚さんのことは覚えていたっぽいよな。でも、秋葉原をあちこち案内してくれていた相手をそう簡単に忘れてしまうものだろうか?
「つか、あの施設……やっぱなーんかおかしいと思ったら研究員たちの顔だよ、顔。生気っつーの?生きてる感じがしなかったんだよなあ」
樹が、ここに来てやっと研究の中の違和感について表現出来る言葉を見つけたらしい。
「研究に集中しているって感じじゃなくて?」
渚さんも特に不思議そうにはしていなかったから研究に、仕事に集中しているからだと考えていたけれど、樹がそう感じるのであればその可能性が強いのかもしれない。
「いや、あれは集中してるって顔じゃなかった気がする。……パソコンに向き合ってる顔も、どこかぼ~っとしているような感じでさ。でも、手とかは動かしていたし……」
ぼ~っとしながら……手だけは仕事して動かせるって……まるで、頭は停止、体だけが動いているような人間と機械が合わさったような生き物みたいだな。
「……そういう洗脳?みたいなモノも、装置を使えば可能だったりするのか?」
「どう、かしら。なにせ人間をそこまで実験することなんて出来ないもの。下手をすれば精神崩壊に繋がる危険性もあるのよ。だからいくら研究のためとは言っても慎重に進めていかなければならないというのに……」
一時的に精神を混濁させるぐらいなら装置の力で出来なくは無いらしい。が、研究員たちは仕事中ずっと意識はここにあらずのような状態だったから、まるで強い洗脳か何かでも与えられているのか、もしくは何かを与え続けられているのかしてあんな状態になっているのかもしれない。
それに、ボブの状態も気になる。
妙に明るいところがあるっていうか……これは俺の気のせいなのかもしれないけれど、人体実験をしていると言っているときだって、まるでゲームをしているような感じの明るさで説明をしていたようだった。ボブも、きっと何かをされているのかもしれない。そう考えれば森さんのことを忘れてしまっているというのも納得だな。
「……森さん、動けそうか?別に戦闘になりそうだったら下がってくれてて構わないから」
「ん、普通に出歩くぐらいまでなら復活したよ~!」
へろへろ……というか、自分で歩いて立って歩くことも出来なかったようだけれど、メイドカフェに来てだいぶ心身ともに落ち着いて元気になったらしい。
「よっし!んじゃ、もっかいボブに話でも聞いてみっか~」
「……それに、あのときの女の子も心配だよねぇ……」
森さんの実験をされる前に、実験椅子に座らされていた幼い少女を思い出す。確かに目は開いていたようだったが、反応が無い……こういう言い方は悪いのかもしれないが、人形のようにも見えてしまった。彼女も無事ならば救い出してあげたいところだが……。
「今度は先ほどよりも慎重になって、行ってみましょうか」
すっかりお世話になってしまったメイドカフェの店員さんに頭を下げていけば『お気を付けて行ってらっしゃいませ~、お嬢様!ご主人様!』と声を掛けてもらってしまった。メイド云々っつーか、この店はなかなかに気が利く店なんだと思った。
そして俺たちは、研究所のあるビルへ再びやって来た。
森さんの具合も一応良くなったっぽいので、再び研究所に乗り込みます!さて、ボブの不思議な言動は?実験をおこなわれていた少女は何処に行ってしまったんでしょうか!?
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