4 カスミの体質
『物質』理論っていうヤツは、使う者次第によっては、めちゃくちゃ世のためになるかもしれない。
が、逆を言えば、世の中を混沌にさせるような代物になるのかもしれない……。
「でもさ、そんなこと出来るんなら今頃世の中なんてめちゃくちゃになってるんじゃねえの?」
確かに、樹の言う通りだ。だが、世の中は今のところそこまで混沌とした状態になっていない。っていうことは……。
「それが簡単に出来れば、ね」
渚さんは小さな笑みをこぼしながらそう言う。
「?」
「……もしかして、それ……渚さんが付けてるソレって関係するのか?」
俺は、おもむろに渚さんが首元に付けているネックレスに視線を向けた。初めて目にしてから妙に気になっていたモノ。宝石にしては石がデカイ。それがモチーフになっているネックレス。何も知らない人からすればちょっと派手なアクセサリーと捉えられるかもしれないが、ここまで話を聞くともしかして……と、予想が付いた。
「あら、意外と勘が良かったりするのかしら?湊くんの言う通りよ。こういうモノが無いと、いくら『物質』理論が優れている!悪さにも使える!って言っているだけじゃ何も起こらないわ」
「ってことは、今のところは悪用することが出来ない?」
「私がいたところの研究所はデータを消してしまったし、それをイチから生み出すのはとても大変なことなのよ?」
「……火事のあった研究所は?」
ニュースに取り上げられていた研究所は、東京支部……まあめちゃくちゃ近場にあるようなモノ……ここら辺にあるってモンってわけじゃないけれど、決して遠い遠い存在ってワケでもない。
「あそこは簡易なサンプルのデータだけを集めていた場所だから、すぐにどうこうって出来ることは少ないはず。それこそ専門家がいないとはじまらないわね」
「つか、ソレって単なるアクセサリーじゃ無かったんだなあ……」
樹がビックリしたように目にしていく。ただのアクセサリー……とでも考えていたんだろうか。
「ふふっ、こういう形をしていれば怪しいモノだなんて見えないでしょう?」
苦笑いしながら渚さんは白い石の付いたネックレスを揺らしている。普通に見ていれば、本当にただのアクセサリーにしか見えない……が。
「……その、『物質』理論が凄いってことは分かった。が、カスミの両親は何故殺されたんだ?」
「ある日、私たちの研究する施設に、一人の男がやって来たの。その男は将来、確実にこの『物質』理論を役立ててみせるから、と言って大金の援助まで申し出てくれた。でも、誰よりも反対していたのはカスミさんのご両親。そのご両親は研究員の中でとても信頼され、慕われていて、とても頭が良かった人だからご両親の反対意見を押し通すことになった。それで諦めてくれれば良かったのだけれど……その男は事故に見せかけてカスミさんのご両親を殺害したの」
カスミの顔が凍り付いたのが分かった。ただ、中途半端なままではいたくなかったんだろう、渚さんの言葉を最後まで聞いていたし、困惑しそうになる自分を必死に留めているようにも見えた。
「……アンタは、止めなかったのか?」
「私は既に別の支部で研究をしていたから真実を知るまでに時間が掛かってしまったのよ。近くにいたら守っていたわ」
「んで、ソイツは?何処のどいつだよ、そんなバカなことやったのは」
樹は呆れたように、そしてカスミの大切な人たちの命を奪ったバカ者を知ろうとするのだが、それって俺たちが知っているような人だったりするんだろうか。
「……この国の、首相の秘書をしている男よ」
「え?」
「秘書~!?」
カスミも樹も目を丸くして驚いている。
まだ首相、って言われた方がピンと来るかもしれないが、首相『秘書』って言われるとなかなか思い出すのも大変なのかもしれない。
「……水嶋景とかってヤツだろ、確か。最近、首相よりもいろいろな意味で目立ってきている男だ」
俺的には意外にも知る人物で、こっちがびっくりしたぐらいだ。まともな政治家がいないなかで、今一番忙しく過ごしているのは恐らくこの男だろう。
「よく知っているわね。最近の政治に興味があるのかしら?」
首相ならともなく、その秘書を知っている俺にびっくりしたんだろう。渚さんは感心したように俺を見てくるが、政治になって興味があるはずがない。
「……いや、逆に興味が無い。まともな政治家って今いないだろ?だからたびたび顔を見る」
「あれ?でも、そこで何でカスミが危ないんだ?」
「……カスミが、何かに関わっている?」
そうだ。ここまでの話を聞いていてカスミに危険が及ぶような話題にはなっていない。きっとまだ秘密があるらしい。
「カスミさんは覚えていないのかもしれないでしょうけれど、過去に一度だけ実験を行ったことがあったの」
「実験~!?」
「……おい、それって」
人体実験、ってヤツか?それを平気で行っていたなんてどういう研究をしていたんだか……。
「もちろん、ご両親にはきちんと説明した上で。命の危険は無いからとしっかりと説明した上で、ね。でも、それが仇となってしまった。カスミさんには通常の人間には持ちえない体質というものがあることが分かってしまったのよ」
「って、言うと?」
「……おい、樹。カスミがいるんだぞ」
「ううん。私も聞いてみたい。自分の体に何が起こるのか」
カスミも小さかったからよく覚えていないんだろう。自分の体がどうなるのか、何をすればどうなるのか知りたがっているようだ。
「ちょっと難しい内容になってしまうのだけれど……もしも、私がコレを起動させた場合、この場にいる三人はちょっとした異空間に入ってしまうことになるの。その異空間では自分の存在を維持し続けていくことが出来るのは同じ装置を持った者だけ……の、はずだった」
「……ってことは、カスミはその異空間とやらの中でも自分を存在し続けることが出来るってことか?」
「え、そうなのか!?今の話で!?……全然分かんねえ……」
くしゃくしゃと髪をかき乱している樹にはそろそろギブアップしそうな話になってくるけれど、渚さんの話はなかなかに聞いていて興味深い。別に、面白いとかって話ではないが、なかなか普段の生活の中では聞けるような話ではないから興味がわくって感じだ。
「普通は樹くんみたいに頭を抱えてしまう人の方が多いはずなんだけれど……湊くん、似たような話を聞いたことでもあるの?」
「……ここまで詳しく聞くのは初めてだけれど……よく、呪われたダイヤだとか妖刀とかって話があるだろ?それも元々は別に何も力みたいなモノは無かったんじゃないか?それこそ、さっきの『物質』理論で周りから呪われた存在だって言われ続けていくうちに本当に呪われたダイヤとか妖刀っていうのが生まれたんじゃ……?」
確か、そんなシロモノが存在しているってことは聞いたことがある。ダイヤの場合、持ち主を次から次へと不幸を招いてしまうといった感じだったはずだ。だが、それも『物質』理論の話を持ち出していけば呪われたっていう名前がどうやって付けられたのかって分かってくる。
「……あなた、研究員に向いているわね。これだけ聞いてパッとそういうモノを思い出すことが出来る人ってなかなかいないわよ」
「呪われたダイヤって付けた人たちがどんどん不幸に陥っちゃうっていうものですよね?」
「そう。湊くんが言っていたダイヤも刀も最初はごくごく普通のモノだったって言われているわ。だけれど、持ち主が不幸を招くうちに誤った認識が埋め込まれることになってしまった。ソレを持つと不幸に見舞われるという認識が周囲から強く与えられていった……その結果が、呪われたダイヤや妖刀というものを世に生み出すことになってしまったのよ」
「はは~ん。なーんとなくだけれど、分かったような……分かんないような……」
「あら。別に全てを理解出来なくても構わないわよ?キミたちは普通の学生なんだから」
「……アンタは、所謂裏の人間から追われているのか?」
「そう、ね……出来ることならカスミさんを連れて逃亡でもしたいぐらいよ」
「……そっちのケースは?逃亡のための資金でも入っているのか?」
車から持ってきたジュラルミンケース。それには、何が入っているんだろう。逃亡するための金がどっさりと入っているものだとばかり考えていたのだが、違うんだろうか。
「あら、こういう研究をしている人にとってはお金よりももっと価値があるものよ」
「まさか……アンタが付けてるソレか!?」
「一応、言っておくけれど世の中には一つとして同じモノは存在しないわ。だから私が持っているものはコレだけ。あっちのケースの中に入っているものは今のところ登録者がいないモノよ」
「登録?」
「コレを扱うためには、まず自分という情報を読み込ませる必要があるの。それを登録と呼んでいるわ」
「へえ~……つか、見てみることって平気なのか?」
すっかり興味を持ってしまった樹を止めることは難しい。じぃーっとケースを眺めている樹に溜め息を吐きながらも渚さんはケースを開けてくれた。
「ただ見るだけなら良いわよ?でも、触ったらダメ」
そこには、指輪とブレスレットらしきアクセサリーが。だが、それぞれ付いている石の色が違う。もちろん渚さんの付けているネックレスに付いている石とも違った色をしている。
「……コレ、が?」
「えっと……普通のアクセサリーだよね……」
「そうよ?見た目は普通のアクセサリー風にしたのは私の案だもの。あまりごてごてしたものなんて持ち歩くだけでも大変でしょう?」
「こういうのって元になっている……えーっと、さっき出てきたダイヤとか妖刀とかって関係あったりするのか?」
「関係ならあるわよ。さすがに呪いのダイヤや妖刀は管理が厳重な所に保管されてあるから借りることも難しいのだけれどちょっとした、いわくつきのモノのデータを数値化して、この小さな宝石状態にさせる。ここまで至るまでにかなりの時間が掛かったんだから」
呪われたダイヤや妖刀。……も、最初からそういう特別な呼ばれ方はされていなかった……と今作では言われています。呪われたとかって曰く付きになってしまったのは、後付けされたもの。もしかしたら身の回りに存在するかも!?
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