32 改めて、よろしく頼む
ライブで連れて行かれて、そして有島の歌声を聞くことは初めてじゃなかったけれど……。
それでも、何となく惹きつけられるモノがあって、すっかり聞き入ってしまっていた。
ある程度、歌を歌い終えた有島たちは『アンコール!アンコール!』という言葉には申し訳無さそうにぺこぺこと頭を下げつつマイクを通して挨拶をしていった。
「Existでした!ありがとうございましたー!これからも、応援よろしくお願いしまーす!!」
改めて有島が挨拶をしていけば大きな拍手で包まれていった。
路上ライブのはずが、ちょっとしたライブハウスにでもなってしまったかのような熱が生まれた気がする。
『凄い歌上手いねーっ!!』
『あ、こっちのってグッズ?買ってっても良い?』
『握手!握手してくださいーっ!!』
有島の挨拶が終わり、後片付けをはじめていけば、投げ銭をしながらも有島に向けて『めちゃくちゃ歌上手いね!!』と話し掛けていく二十代ぐらいの女性。会社かアルバイト帰りなんだろうか、聞き始めた頃には疲れた様子も見られたが有島の歌声にパワーを貰えたようで凄く感激している。
かたわらでは、有島が日頃から身に付けているヘアバンドだったりバンド名がモチーフに付けられているグッズやアクセサリーの販売もおこなっているようで、有島の歌に影響を受けた人たちがこぞってグッズを買い求めていた。
さらには、有島の将来を期待してか今のうちに握手を求める客の姿なんかもいて、それだけ有島の歌声が凄かったってことになる。
実際、歌は凄かった。
こういう野外でのライブともなると音は飛ぶし、上手い演奏とか歌とかも出来なさそうなイメージはあるが、そんなこと微塵も感じさせないような有島の歌声だった。
「……なんだか、凄い人気のようですね」
いつまでも人だかりが消えない客たちに、さらに通りがかる人たちが『なんだなんだ?』と興味を持って足を止めていくものだからさらに人だかりが大きくなっていった。
「……去年か一昨年ぐらいからパッと出たばかりのバンドらしいんだけれど……結構、人気っぽい」
確か活動らしい活動は、去年とかもうちょい前ぐらいから聞いた覚えがある。
最初は、とにかく私たちの曲、一度で良いから聞いてみてよ!からはじまっていったものだが、最近ではライブチケット余っているから是非買って行ってよ!になってしまった。
「まあ、彼女のような人ならルールはきちんと守っているのかもしれませんが、そろそろ学生の身分でしたらフラフラ出歩くのは避けた方が良いかもしれませんねえ……今回ばかりは素敵な歌声も聞けましたし、目を瞑るとしますが」
はは、さすがに新宿の治安を知っているから有島たちの心配もしてくれているんだろう。
それにしては『素敵な歌声』か……たぶん、壬生さんはこれを機会に有島たちのバンドにハマっていくかもしれない。
「……はは、そう言っててマジにファンになっていくヤツっているんだぜ?」
苦笑い混じりに壬生さんのことをからかってやろうと思っていたら有島の方がこっちに気付いたらしい。
「!あれ、湊くん……っと、お知り合いですか?やだ、もしかして今の聞いてた!?」
俺の近くにいたのが、いつもつるんでいる樹やカスミじゃなく年上の壬生さんだったから多少なりとも戸惑っているらしいが路上ライブを聞かれていたことにびっくりしていたようだ。
「……途中からだけれどな。……こっちは、知り合いみたいなモンだ」
「初めまして、壬生といいます。素敵な歌声でしたね」
壬生さんはにこやかに、素直に『素敵』だったと褒めていくとそんなこと普段から言われ慣れているだろうに、薄っすら頬を赤らめながらもぺこぺこと頭を下げてお礼を言っている有島。
「!い、いえいえ!私なんてまだまだですから!でも、そう言っていただけてありがとうございます!」
「……路上ライブなんて、一応やってたんだな?いつもスタジオとかで練習してるのかと思った」
だいたいアルバイトをしているか、スタジオにこもって練習ばかりかと思っていた俺は路上ライブをしていた様子に驚いた。
ましてや音楽に熱意を注いでいるなら外での演奏だなんて、あまり好んでやるタイプではないかな?と思っていたからだ。
「まあ、たまには人に見て聞いてもらわないとね!それに、まだまだ私たちのこと知らない人って多いから一人でも多くの人に知ってもらいたいじゃない!」
「……つか、歌また更に上手くなったんじゃないか?」
元々、有島の歌は上手い。
そして歌声っていうのも、耳にしっかり残るというか、聞き馴染みが良い感じがする。
「え、本当!?湊くんに褒められるなら、ホントのことかもね~」
俺だって褒めるときには、ちゃんと褒めるっつの。
だいたい、俺ってそんな辛口か?
「……詩も良かったし、なんつーか有島の歌声って耳に残りやすいから。きっと音楽向いてる」
たぶん、歌っていたのはこのバンドのオリジナルの曲ってヤツだったんだろう。
とてもオリジナルとは思えないほどの良さがあったから、もしかしたらこの曲でデビューとかしてしまうかもしれない。
「!ちょ、ちょっとー!そんなに褒めないでよー、明日雪!?雪でも降るんじゃない!?」
さすがに褒めてばかりいたら有島の方が止めて止めて!とストップをかけてきた。
おまけに、雪まで降るとか言いやがるし。失礼じゃね?
「ふむ。確かに音楽への情熱や真剣さが感じられる歌声でしたね。この分だとデビューも出来るかもしれませんよ」
「……この人、新宿に詳しい人だから。こう言ってるってことは有島の実力分かってるんじゃね?」
「ちょ、二人ともー!そりゃあ嬉しいけれどねぇ!……でも、もっともっと実力付けて、感情も聞いてる人たちに伝わるぐらいに表現力も磨かないとね!」
俺と壬生さんからの褒め言葉による攻撃に、さすがに耐え切れなくなってきたらしい有島だったが、自分としてはまだまだと考えているらしい。
そういう前向きなところとか向上心があるところがあるっていうのは凄いヤツだと思う。
他のバンドのメンバーからの声掛けもあって有島は俺たちの前から帰って行った。
「あ、うん!今、行くー!んじゃ、湊くんと壬生さん。ありがと、またね!」
他のメンバーと合流した有島は、『お疲れー!』とみんなで笑い合っていた。
まあ、有島にはそういう笑い方が似合っていると思う。
「元気いっぱいそうな方でしたね。あれだけ歌った後だというのに、普通にお喋りもして……」
歌っていうのは意外とカロリーを消費する。
樹じゃないけれど、その分カロリーを摂取することも大変そうだな……。
「……バンド始めたのは最近だけれど、小さな頃は声が出にくい病気があったとかって一度だけ聞いた気がする。まあ、そういう経験があるからこそ音楽に情熱注げるんじゃないかな」
一度だけ、たまたま有島と二人きりになったときがあったときに、そうぼそっと有島の方からそんな話をされた覚えがある。
今からじゃとても考えられないけれど、そうやって苦しい思いがあるからこそ有島の歌声には力みたいなモノが感じられるのかもしれない。
「あぁ、なるほど。そういうツラい過去があるからこそ彼女の歌声には熱意というものがあるのかもしれませんね」
「……なんつーか、有島のライブに引き込まれたって感じだったけれど……アンタは帰らなくていいのか?」
そう言えば壬生さんは何処に暮らしているんだろう?と聞けば、住まいも新宿に。
しかも、そう事務所から離れていない位置にあると言う。
「私の住居もそれほど事務所から離れてはいませんからね、このまま徒歩で帰ります」
「……あのさ。まあ、なんて言うか……樹はバカなところもあるし、カスミは真面目だけれどいいヤツだから……ついでに渚さんっていう大人が加わって、迷惑掛けるけれど……よろしく頼む」
不意に、改めて。
ある意味、共通点なんて見られない俺たちのような集団だが、今頼れるのは壬生さんところの事務所の休憩スペースだ。
よろしく頼む、と軽く頭を下げて言うと壬生さんには苦笑いされてしまった。
「おやおや。そこには他人思いな湊くん、の存在もあるのでは?だいたい、休憩スペースをご自由に使っていいと言ったのは私ですからね。それに力になれることがあれば提供していきますよ」
休憩スペースを丸ごと他人に預けてしまっているというのに、さほど気にしていない様子らしい。
それに、前にも壬生さんから『休憩スペースはご自由にどうぞ』とか言われていたんだったっけか。
まあ、改めてお願いしておくのも悪いことじゃないだろうと思ったのだけれど大人な壬生さんには通用しなくて、ご自由にどうぞと返されてしまった。
え、もしかして本当にデビューしちゃうのかも!?絶対に人気になるよー!頑張れー!
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