31 路上の歌声
『たまたま』出掛けた先でヴェイカントと遭遇してしまったから……。
その『たまたま』っていうのが、どうにも気になってしまった。
このままだとマズイと思い、大人しく事務所の休憩スペースで寛ぐ気にはなれなかった。
「……ちょっと、外出てくる」
「え、今から?」
カスミに顔を向けて頷き返すと、時間帯的にちょい場所によっては治安も悪そうだがそう遠出をしなければ大丈夫だろう。
「……別に遠出するわけじゃないから。外の空気吸いに行くだけ」
「んじゃ、俺も行こっかなー……」
樹も、この重苦しい空気に耐え切れずに座っていたソファーから立ち上がろうとするが俺は言葉で制するし、渚さんからも注意を食らってしまった。
……こうして気を配ってくれるんなら渚さんがスパイだなんてバカなこととは程遠い人だと思う。
「樹くん、あなた体の方は?」
「……あぁ、お前は先に休んでいた方が良い」
なんだったら俺の使っていた毛布を床に敷いてソファーみたいな中途半端なところで休むんじゃなく、きちんと体を横たわらせた方が良い、ともつげると樹は大人しく言うことをきいてくれた。
「へいへーい……」
「えっと、湊くん……私は……」
渚さんは、きっと真面目な人なんだろう。
きっと有耶無耶になっていることははっきりとさせておきたい人なのかもしれない。
「……別に俺たちは渚さんのことを疑ったりしてないから。ただ、ちょっとだけ空気吸いに行くだけ」
だから、ちゃんと渚さんのことを信じている、と言えばようやく納得してくれたようで先ほどよりもソファーに寛いで座りはじめてくれた。
取り敢えず、この分なら問題は無いだろう。
「そ、そう……」
休憩スペースから下に繋がる階段を下り、そして事務所の入り口からたまたま出てきた壬生さんと出くわしてしまった。
もうちょっとタイミングが悪かったりしたらお互いにぶつかっていたと思う。あぶねぇ……。
「……って、壬生さん?」
「……おや、湊くん。これからお出掛けですか?」
壬生さんは時間を確認すると俺ぐらいの歳のヤツが新宿を出歩くにはいろいろとまずそうな表情を浮かべているものだから、ここでも改めて説明をしていくことになった。
「……いや、出掛けるっつーか……外の空気を吸うだけで……」
「でしたら、散歩がてら少し歩きましょうか」
すると壬生さんから散歩の提供をされてしまった。
「……って、アンタと?」
「ええ。ちょうど湊くんとゆっくり話したいと思っていたところですからね」
「……まあ、いいけれど……」
壬生さんが向かうのは駅の近く。
まあ、たまに絡んでくる輩とかこれから夜の店に向かうであろう男性や女性の人波に溜め息を吐いた。
やっぱこの時間帯に新宿を出歩くのはマズイかもしれない。
「やれやれ。この時間帯ともなるとまた騒がしい輩が増えてきてしまって通りを歩くだけでも大変ですね」
一時期はいなくなったと思っていたのに、キャッチをしている若者。
そして、若手の女性たちを使った客引きなどもおこなっている光景が目に入ってきた。
「……一応、新宿だしな」
他の区にもそれなりに飲み屋とかは存在しているだろうが、ここは『新宿』だ。
夜になれば、飲み屋系の店が一気にオープンし、それに群がる客たちも多くなっていくだろう。
「まあ、東京全体がこのような感じなのかもしれませんね。……どうでしたか?渋谷は」
不意に渋谷に向かった俺たちのことをたずねられたのだが、どう応えたものか……と考え込んでから重々しく口を開いていった。
「……いや、それが……」
無事に渋谷には着いた。
だが、センター街周辺に着いたところで違和感を抱いた樹、そして強制的に引きずり込まれたSC現象の中では渚さんの同僚という一人の女性と出くわしたということ。
それから後になってから樹の体調が悪くなってしまったということも説明していった。
「新たな、装置の登録者ですか。しかも樹くんがアテられてしまった、と?」
「……原因は、分かってないんだ。それでも樹が具合が悪くなったのは、その人の持っているモノのせいらしい」
未だに樹の体調の変化の原因が分からない。
森さんの装置の影響なら彼女の近くにはいない方が良いんだろうか。でも、そうするとせっかく見つけた仲間候補の一人を欠いてしまうことになる。
「その女性も仲間に加わってもらうのはどうかと思いましたが樹くんの状態が悪くなるようでしたら考え直す必要があるかもしれませんねえ」
「……それに、その人は既に自分の装置を持ってる。出来ることなら装置を持っていないヤツ……それでも、ちゃんと裏社会のことにも理解が出来て、状況も把握してくれるようなヤツがいてくれれば……って、この歌……」
もちろん既にバトルの経験がある、渚さんの同僚みたいな人がいてくれれば助かる。
が、出来ればまだ装置に登録をしていない人とかいないだろうか……かなり、調子がいいことを言っているのは分かっているけれど、そういう人の方が良い……気がした。
不意に駅近くで弾き語りをしている歌声が聞こえてきたものだからあちこちに視線を向けて歌の主を探す。俺の気のせいでなければ、この声は……有島だ。
「歌?あぁ、路上ライブですか。最近は、増えましたからね」
壬生さんもさすが新宿に事務所を構えているだけあって、路上ライブを目にする機会もあるんだろう。
それほど珍しくはないように歌を耳にしているようだ。
「……いや、これ歌ってるの俺のクラスメイトだ」
見つけた。
普段はバンドの練習をスタジオを借りていたり、アルバイトが忙しい忙しい!と慌ただしく過ごしているが、今日のように路上ライブで演奏をしていることもあるんだなあ。
「へぇ!彼女でしたか。最近、路上でよく歌っているのを聞きますよ。まさか湊くんの同級生とは思いませんでしたが」
壬生さんの視界にも有島の姿が入ったらしく、その歌声にふむふむ、とまんざらでもなさそうに聞き入っているようだ。
「……めちゃくちゃ音楽好きなヤツだからさ、あとバイトにも忙しいらしい」
「活発そうな歌声で周囲を引き付けている感じがしますね。人気のバンド……なのでしょうか?」
よくよく見れば、通行客も立ち止まって有島の歌声にしっかりと聞き入っている人が多そうだ。
元々、歌自体も上手いんだろうが、なんというか説得力というか……自分の歌声っていうものをしっかりと周りにアピールする技術みたいなモノが備わっているらしく彼女の歌声の強さが響いている。
「……近々会場を借りてライブするって言ってたな」
「それはそれは。機会でもあればライブでもしっかり聞いてみたいものですね」
ライブか……。
そろそろ顔を合わせていけば『チケット買ってよ、余ってんだよねー!』とかって迫られるのかもしれない。
まあ、そういうとき根負けするのはこっちの方なんだけれど……。
「……クラスメイト、か……」
「おや、どうしました?」
「……あ、いや。俺たちはカスミとつるんでいるから今回のことには巻き込まれたような感じで、足を突っ込むことになったけれど……もしも何も知らないクラスメイトとかだったりしたなら力を貸してくれるかなってさ」
俺たちと同じ立場のクラスメイトの中で、きちんと裏社会のことも把握していたり、現実をしっかりと見定めてくれるようなヤツがいたら声を掛けてみようか……と俺は思ったのだが。
「それは、あまりオススメはしませんね……あなたたちも、学生でしょう?今からこんな世界に足を突っ込んでいると表の世界に戻って来られなくなるかもしれませんよ?」
壬生さんは緩く顔を左右に動かすと、それだけは止めた方が良いでしょう、とつげる。
「……戻って来られないって?」
「裏の道に染まれば、そのまま裏の世界の中でしか生きることが出来なくなるという意味です」
あまりにも真剣に言うものだから壬生さんの言うことはマジなのかもしれない。
でも、裏の世界で生き続けるってどういうことだ?毎日のように命からがらに生き続けるような日々を送るってことなのだろうか。
「……でも、それは本人次第なんじゃね?」
例え、一度裏の道に行ってしまったとしても、そこから抜け出す方法なんて全く無いわけじゃないだろう。
そこから抜け出す道を努力して見つけるかどうかは、ソイツ自身の問題な気がする。
たまには壬生さんとゆったりお喋りすることも大事よね!!
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