29 説明付かないこと
樹のヤツが、どうにも具合を悪くしてしまったらしい。
しかも、それが森さんの影響でもあり、樹の個性が関係しているからだとか……。
顔色が悪くトイレに駆け込んで行ったものだから個室トイレにでも駆け込んだのかと思っていたけれど、手洗い場において顔を伏せて静かに過ごしていたらしい。
「……樹、平気か?」
何となくだが吐いたりしたりは……してなさそうっぽい。
だが、顔色がまだ戻って来ていないらしくツラそうだな……。
「あー……気分悪い……なんつーか、こう胃辺りがグルグルするっつーか……」
だいたいツラいことがあったとしても樹の場合、笑って済ませることが多いが今回ばかりは笑う余裕も無さそうだな。
「……それ、日頃からバクバク食いまくってるせいってわけじゃないよな?」
「いやいや!俺の食い気の有りさはいつものことっしょ?つか、いきなりキた……」
樹の食欲には度肝を抜かされることもあるが、別に毎度毎度のことだから……と考えていた。
それがいけなかったんだろうか?でも、それが今日になっていきなり?
「……まあ、話してる内容もあんま気分良くない内容だったしな」
思い返してみれば、この店はそこそこにオシャレなカフェだというのに、話している内容としてはカフェ向きではないことばかり。
そして、重々しいモノもあったものだから樹は具合を悪くしたんだろうか……。
「あー、そのせいか?」
「……森さんが言うには、森さんの扱っている装置が原因らしいけれど……」
俺も詳しく聞いたわけじゃないけれど森さんが言うには、森さんの扱っている装置の影響らしい。
でも、その影響を食らったのが樹だけっていうところに疑問を感じてしまう。
「湊や渚さんは?何とも無えよな?」
今のところは俺の身には気持ちの悪さだとか、血の気が引いてしまうようなことには今のところ見舞われていない。
たぶん渚さんも同じだろう。
「……なんか、お前の勘の良さみたいなモンが影響してるんだってさ」
「へぇー……あー……やっと、落ち着いてきた……つか、吐くモン吐いたら楽になるかと思ってたんだけれど、別にそういう系の気持ち悪さって感じじゃなかったんだよなー……」
俺が樹の勘がどうこう言ってやっているが、たぶん樹はよく分かっていないのかもしれない。
あれこれ言葉で説明されてもなかなかに理解できるってわけでもないしな。
片手は胃の辺りを押さえているものの胃腸が不調をきたしているとかそういう感じの気持ち悪さではないのだという。
「……車酔いみたいな感じじゃなかったのか?」
確かSC現象に入ったときには酷い車酔いみたいな感じがするって渚さんも言っていたっけ。
「違う違う!最初にSC現象に入った時に感じたモンとは全然違うっての。……何て言うかなー……背筋がゾワゾワして足元が覚束無くなるって感じで……」
?
背筋が……震える?
「……なんだ、そりゃ?心霊現象にでも遭遇したか?」
まさかとは思うものの樹にだけ感じられる何かがあったんだろうが、それがイマイチはっきりしないから気分もすっきりしないんだろう。
「上手く言えねえんだけれど……頭の方は、はっきりしてるのに足元から感覚が無くなるって感じ?」
感覚?
おもむろに軽く樹の足を蹴飛ばしてみるが『何すんだよ』とすぐに反応があり、軽く怒られてしまったので感覚がおかしくなったとかってわけでもなさそうだ。
「?……いや、全然分かんねえよ」
顔色の悪さ的に、何かはあったんだろう。
ただ、何だ?
俺や渚さんが平気で、樹だけがこんなふうになるなんて……。
「俺だってよく分かってねえんだって」
「……胃腸とかの不調では無いんだな?」
改めて、毎日のように食い過ぎているからその影響ってことは無いんだな?と再確認してみる。
「そそ。……まあ、あんまり普段よりかは食欲が無かったってのは有る」
まあ、さすがに具合の悪さもあって今回ばかりは食欲が目に見えて減っていたってのは気付いたがその原因がよくわかんないんだよな……。
「……あー、料理がかなり残ってたよな」
「別に甘いモノが苦手ってこともないんだけれどなー……」
カフェ独特の甘い匂いとかのせいもあったんだろうか。
でも、俺だって樹だって別に甘いモノが嫌いってわけでもない。
むしろ、カスミと一緒になってあちこちと店やキッチンカーを見つけることもあれば食べ歩くことも好きだったりしているから今更甘い匂いに包まれたから具合を悪くしたとは考えられない。
「……で、少しは楽になったのか?」
「たぶん?」
自分の体のことながら、よく分かっていないようだがそれでも顔色の良さは戻ってきたらしい。
これなら出歩いたりしても平気、そうか……?もしくは、今日のところは早めに切り上げて事務所に戻るっていう手もあるか……。
「……まあ、顔色は良くなった気がする。でも、あんまバク食いすんなよ?今度は胃腸を悪くしたら大変だろ?」
食い過ぎて体をおかしくしたらそれこそコイツに取っての楽しみが味わえなくなるってことだ。
まあ、これを機会に食う量っていうのも考え直していくのが良いのかもしれない。
「分かってる分かってるって!」
ふざけられる程度まで回復したところで樹と一緒に席に戻って来ると、いの一番に心配そうに顔を向けてくれたのは森さんだった。
「お!戻って来た来た!青少年二人組!……イッキくん、どう?少しはマシになった?」
困惑やら、申し訳無さそうやら……とにかく、渚さんもカスミも『大丈夫?』と顔に書いてある。
取り敢えず席に戻って来られるだけ回復はしたみたいだから、と説明すると大人しく席に着いた。
が、当然ながら樹の目の前にあった皿は俺が回収。
これを食ってまた具合でも悪くされたらたまったものじゃないからだ。
「あー、だいぶ楽になったかな」
「……コレは、俺が食っとく」
「えぇ!?」
「……お前は、少し胃腸を休ませる時間も覚えさせろ」
「ふ、ふふ!イッキくんとミットくんって付き合い長め?なんて言うか、お互いのこと良く分かってんねぇ!」
俺と樹のやり取りに思わず、フッと笑いだしたのは森さんだった。
目を丸くしたかと思えば、良いねぇそういう関係って!って目を輝かせてみてくる。
「えーっと知り合ったのは中坊ん時からだったか?」
確か樹と知り合ったのは中学時代からだ。
別に、めちゃくちゃ古くからの知り合いってわけでもないけれど浅い付き合いってわけでもない。
「……そうそう。菓子類の持ち込みで教師から注意食らってたところに俺が出くわした」
菓子類の持ち込みは基本的に禁止、とされていたはずだがそれを持ち込んでいた樹が注意を受けているところに俺がたまたま出くわして、その場で食っちまえば良いんじゃね?とかって言ったような……?それから妙に気が合って一緒につるんでいるのかもしれない。
「お菓子の持ち込みって……樹くんらしいわね」
やっぱり食べ物関連でいろいろあったのね、と苦笑いしているのは渚さんだった。
「うん、でも顔色良くなって安心したよ」
カスミは注意深く樹の顔色を伺っていたようだったが、樹の顔色ならもうすっかり良くなった気がする。
カスミも安心したようで『ふぅ』と小さく息を吐いていた。
「……はぁー……さすがに、食い過ぎた」
「俺の、俺の甘味が……」
たぶん樹からすればたいした量では無いのかもしれないが、さすがに二人前を平らげた俺からすれば想像以上に胃に負担が掛かるシロモノだった。
「あはは!あ、そう言えばナギっちたちってどこで生活してんの?」
そこで俺たちが過ごしている場所を聞かれたものだから渚さんが応えていく。
「新宿のとあるお部屋を借りているのよ。森さんも良かったら来る?」
「う~ん。もうちょっと渋谷を確認してみたいんだよねえ」
森さんはどうやら渋谷を散歩……もとい、散策するつもりでいるらしい。
だが、一人で行くつもりだろうか?
「……アンタ一人で、か?」
「危ないんじゃ……?」
「私だって一応、研究員でっす!本当にヤバそうだったら一人で乗り込むなんてしないしな~い!」
装置だって持っているしね!と胸を張るが……そう言えば森さんの装置って何処にあるんだ?
「場所は?分かっているの?」
「うん!さっきもちょこっと言ったけれど囚人を使っているってことは刑務所とかそれに近い場所の近い所に施設がある……と私の勘が言っている!」
ふっふっふ!と自信満々に言って退けるが、渋谷に刑務所なんて……あったっけか?いや、そんなモノがあるだなんて聞いたことは無い気がする。
交番とかならたぶんあるんだろうけれど、駅から近い場所にあるんだろうか?
「……俺も一緒に付き合うか?」
ついつい俺も同行しようか、と声を掛けるが森さんからはニマニマと笑われてしまうばかりで結構でっす!と断られてしまった。なんだ、その笑い方……。
「およ?あはは!ダイジョブダイジョブ!あくまで散歩のつもりで行くから!それよりも、今日のところはイッキくんを休ませてあげた方が良いんじゃない?」
「……そう、ね。そうさせてもらうわ」
取り敢えず森さんとは連絡先を交換し、森さんはいち早く店を出て行くとスタタタタ!っと足早にセンター街を突っ切って行ってしまった。
俺たちも樹の様子を伺いながら店を出ると今日のところは……新宿に戻ることになってしまった。
なんとか無事になったようで、良かった良かった!
え、渋谷に本当にそんな施設が!?……刑務所は……無いですね(汗)
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