28 樹の異変
フレンチトーストの甘い匂いに包まれるなか、渚さんは真面目に口を開いていった。
それは森さんが今までどうしていたかってことを聞くために。
料理が運ばれて来るとやっぱり、どれもこれもが甘い匂いばかりを発していて、ちょっと胃が……。
でも、あんまこういうモノって普段から食えるモンってわけでもないから、準備されたフォークやらナイフやらを使って食っていくけれど……。
「森さんは、どうして渋谷に?何か用事でもあったのかしら?」
渚さんは、なぜ森さんが渋谷にいたことを純粋に不思議がっているようだ。
ってことは、渋谷に住んでいるってわけでもない……のか?
「用事?いやいや、散歩散歩!」
片手を顔の前でフリフリと動かしながら明るく『散歩だよ~』と話す森さんに気が抜けてしまいそうになる。
さっきまで、めちゃくちゃ戦っていたというのに、どんなテンション変わりようだ……。
「散歩~?」
樹も信じられ無さそうに声がひっくり返って驚いていた。
もちろん、俺も。
「……アンタも知ってるだろうけれどヴェイカントだらけの町を散歩?」
それに俺らみたいなある程度『物質』理論系の話に足を突っ込んでしまっているような関係者からすれば気軽にホイホイと町中を歩くなんて普通は出来ない。
ヴェイカントに探知される恐れがあるからだ。
「そそ。でもさでもさ、ずーっと引き籠っていたら気が鬱々しちゃうでしょ?だから、お散歩だよ~」
引き籠るのが研究員の仕事、かと思うんだけれど……この人にしてみると違うんだろうか?
「さ、散歩することは良いことかもしれませんけれど……危ないんじゃ……?」
カスミだって明るく話す森さんに戸惑ってしまっている。
「あはは!そしたら、モノの見事にヴェイカントに出くわしちゃってさ~。今日で、何回戦ったんだろう?二回?三回?」
いやいや、二回三回とかって言っているが指折る回数が明らかにおかしい!
片手だけじゃ足りなくて両手の指までも使って折って数えてんぞ!?この人……ちょっと、ぶっ飛んだ人なんだろうか。
「そんなに!?」
たぶん樹には森さんの言葉じゃなく、指折り数えている方が目に入ってしまったらしくギョッとしている。
「……つか、アンタは何処からやって来たんだ?渋谷に元々いたのか?」
「っもう~、質問だらけだな~。でも、私優しいから答えてあげる!私、新宿にあった研究所で働いていたんだよ~」
ちょっとは口をへの字に曲げた森さんだったけれど、そんな顔もすぐに元に戻せば明るい表情でルンルンと歌うように話していく。
「え、そうだったの?」
渚さんも知らなかったようで驚いていた。
まあ、研究施設もあちこちにあるんだろうし、何処に誰が働いているかなんていちいち把握するのも大変なことになるだろう。
「そそ、マジマジ!」
「……火事に遭ったんじゃ?」
ニュースでは『火事』と放送されていたが、裏の人間によって襲撃されたというのが真実だ。
そこにいたのに森さんは何とも無く無事だったんだろうか?
「そう!とにかくデータを消して端末やら何やらをぶっ壊しまくって逃げてきたのだ!!」
俺の頭の中では、様々なデータやらパソコンといったものを『うりゃぁー!』と言いながらぶっ壊しまくっている森さんの姿を想像してしまった。
たぶん、この人ならそういうのもマジでやってきたんじゃないだろうか。
「……つか、テンション高すぎだろ~、この姉ちゃん」
苦笑いしている樹だが、森さんの明るさに慣れないのかいつもよりも食欲があまり無さそうに見られる。
コイツも食欲がわかないときってあるんだなあ……。
「そこは、リンリンって呼んで欲しいなぁ~」
リンリン……いや、呼びたくねえな……。
「それで、どうして渋谷に?」
その新宿の施設にいた森さんがわざわざ渋谷に来ている理由が、まだ分からない。
渋谷の施設に異動、とか?
「あれ、ナギっち知らない?渋谷で密かに研究されている施設。そこってちょっとヤバめの研究してるみたいでさ~……マジもんの話だったら、ぶっ壊してやろうと思ったんだよ!」
お皿に残っていたフレンチトーストに、グサリ……とフォークを突き刺しながら語る森さん。
「……ヤバい研究って?」
ヴェイカントとかの研究とかだろうか?
より命令を忠実にこなすように機材をイジるとか……。
「……人体実験……」
少し間を置きながら口を開いた森さんは今まで見てきたなかで一番真剣みが感じられる表情をして言った。
「はあ!?」
「生身の人間を誰彼構わず捕まえてきて装置の実験に使うの~。ほらほら、いつまでもマウスで実験するにも限度があるでしょ?……ただ、やっぱり誰彼構わず捕まえてくるのって難しいから死刑囚とかを使っているみたいなんだけれどね~」
こういう話って研究員ならではっつーか、実験っていっても動物実験だとか人体実験にしても簡単に言っているような感じがする。
マウスにしても人間にしても、そこには命があるというのに、そこまで実験が必要なんだろうか?
「死刑囚って……」
「別に死刑を受けるぐらいなら実験に使っても問題無いって上層部は思ったんじゃない?……胸糞悪いよね……同じ人間なのにさ」
小さな溜め息をともに吐き出すように言う森さんだったが、少しばかり困ったように眉を下げて苦笑いしていた。
「……ちょい、悪い。ちょっと気分悪くなってきた……」
「……大丈夫か?つか、顔色マジで悪いぞ」
不意に、樹の顔色の悪さが目に付いた。
いや、それよりも……コイツ、普段なら食うモノがあればパクパク食べているようなヤツなのに、妙に皿に乗っている料理の減りが遅い。
店の照明の光り具合もあったのか、顔色の悪さに気が付くまでに時間が掛かってしまったが、まるで貧血でも起こしているかのように顔からは血の気が引いている。
「さっき戦った影響かしら?樹くんにしては珍しく食が進んでいないみたいだし……」
樹はヴェイカントとの戦闘にもあまり慣れていない。
そう言われればそうなのかも……と納得してしまうが、本当にそれだけだろうか?
「あー……もしかして、それ私のせいかも~?ダイジョブ?ちょっとトイレ行ってくる?」
気まずそうに森さんが『自分のせい』と言うからには、何か樹はされたんだろうか?
「……森さんの、せい?」
「私が持っている装置って、ちょーっとばかし特殊で、勘が鋭い人とか第六感に優れている人だと、ちょいとばかしアテられちゃうときがあるらしいんだよね……」
今のところ俺や渚さんには、特に何かおかしいところは無いと思う。
樹に、だけ?
「あー……悪い、ちょっとトイレ行ってくる……」
さすがに耐え切れなくなったらしい樹がトイレに向かうのを見送ると、不思議そうに森さんにたずねていく。
「……俺や渚さんは何とも無さそうだけれど?」
「う~ん、それが不思議なところなんだよねぇ。イッキくんの具合の悪さ的に私の装置の影響が強そうっていうのは分かるんだけれど……イッキくんって純粋な少年系?」
『イッキくん』って呼んでいるが、十中八九、樹のことだ。
この人……ホント、いろいろなあだ名とか即付けて呼ぶような人なのか……。
「……純粋って?」
「う~ん、なんて説明するのが良いかなぁ……いろいろな事に目ざとい時があったりだとか、それこそ勘みたいなモノがある、とか」
めちゃくちゃ頭は良いらしい森さんでも上手い言葉が見つからないようで困ったように『う~ん』と唸りながら樹が向かった先をじっと見ていた。
勘が鋭いっていうか……まあ、渋谷に来たばかりに感じていた違和感みたいなモノにも唯一気付いていたのは樹だったしな……そういう、ちょっと鋭さみたいなモノはあるのかもしれない。
「……なんとなく、それらしいところはあったりするけれど」
「……だ、大丈夫なのかな、樹くん……」
あんなに顔色にまで表れるぐらいにヤバそうな樹はあんまり見たことが無いからさすがに心配だ。
付き合いの長いカスミだって、あんな樹を見るのはほぼ初めてだろう。
「一時的に具合が悪くなるってだけだからダイジョブだとは思うんだけれど……なんか、ゴメンね?」
「……別に森さんが悪いってわけじゃないだろ」
森さんも何処か思うところがあるのか申し訳無さそうに謝罪してくるが、別に森さんが悪いわけじゃない。
装置だとか、たまたまヴェイカントとの戦闘に不慣れだとか……たぶんいろいろな要素が絡んだことも影響しているんだろう。
「……ちょっと、様子見てくる」
さすがに心配になり(途中でぶっ倒れでもしていたらそれこそ店の中がパニックになるだろうから、トイレには向かったんだろう)俺も席から立ち上がれば樹が向かったトイレに入って行った。
イッキくん(樹くん)に何が起きたのか!?大丈夫なのかな!?
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