16 消える人たち
ヴェイカントとの戦闘は、正直、楽勝だった……と思う。
でも、コイツらが町中に散らばっているらしいから質よりも量作戦で裏の連中は考えているんだろう。
このレベルなら樹だって苦戦はしないはずだ。
「たっだいま~!」
「あ、お帰りなさい、三人とも!」
万が一の時のことを考えていてカスミには事務所の休憩スペースで待ってもらっていた。が、これが正解なのか不正解だったのかは分からないけれど。
でも、カスミはカスミで休憩スペースに置かれているテレビを付けては流れているニュースを見ていたらしい。
「……ニュース、何か言ってたか?」
「ううん。変わったことは何も。ただ、最近ちょっと変わった現象が起きているから気を付けるように、って」
「変わった現象?」
「人がね!急にいなくなっちゃうんだって!フッて!それで、何かを呟きながら何処かへ行っちゃうんだって!」
カスミは一生懸命になって説明してくれようとしているのかもしれないが、ちょっと言葉が……えっと、かなり足りていない部分が多すぎてよく分からなかった。樹も俺と同じ意見だったようで『なんだそりゃ?』と不思議そうな顔をしている。
が、渚さんは何か思うところがあるのか口元に片手を添えて『う~ん』と唸っていた。
「それってもしかしてSC現象に人が引きずり込まれちゃったってことかしら。……でも、何処かにふらふら行っちゃうのは不思議ね……」
「話し掛けても上の空になっちゃうんだって!だから赤信号でも平気で渡ろうとする人が続出しているから交通事故も増えているみたい!」
「……意識が朦朧としているってことか?」
「一般人が異空間に入ったとしても短時間なら、少し車酔いのようなものをするだけで意識そのものまで朦朧としちゃうなんて話は聞いたことは無いけれど……」
「短時間なら問題無いっつー話だろ?なら、ずっと異空間にいたら……人間ってどうなるんだ?」
「……それは、あまり考えたくは無いことなのだけれど……感情や心を失ってしまうかもしれない」
俺や樹も一度体験したことがある異空間というもの。俺たちの場合、ちょっとだけっていう短時間しかいなかっただけでも現実に戻って来たときの気分の悪さというものは酷いものだった。
渚さん的には酷い車酔いの状態と比喩して言っているのかもしれないが、あれはそんな生易しいモノって感じじゃない。あんな空間に長時間閉じ込められるようなことにでもなればきっと精神はおかしくなって自分っていうモノが分からなくなって、人が人じゃなくなってしまうような気がした。
「……他は?研究所関連のニュースとかはしてなかったか?」
「何処かで火事があったとか、そういうのは無かったかな」
「……渚さん。日本……つか、東京にはいくつぐらいの研究所があるか知ってるか?」
「大中小、それぞれの規模の研究所があるのよ!?……いちいち数なんて数えていられるモノじゃないし、分からないわ。それに、このような装置を生み出すための研究。ヴェイカントを研究・生産している場所もそれぞれ違うもの……それに表に出されていないだけで今も何処かでは研究施設そのものが生まれているかもしれないわ」
「そんなに!?つか、どんだけデカイ企業なんだよ。よく今までメディアに取り上げられなかったんだなあ」
樹が不思議に思うのも無理は無い。
俺だって未だにこの研究施設を生み出す企業ってどういう名前なのかも知らない。
渚さんが言うには装置を作り出すためには、元となるモノ……例えば、俺の装置ならラピュセルそのものを海外とか美術館とかから借りてきて情報を汲み取る必要があるらしい。それが所謂、力の源になるとか。そう考えると美術関連へのコネとかに強そうな気がする。でも、借りるのもタダじゃ出来ないだろうし、金だってかなりあるような研究施設なんだろう。
「……今更、だけれど。渚さんのいた研究企業の名前って?」
「NGO。そこからそれぞれの地区名が付いて法人組合になっているわ」
「NGO?」
「……つまりは、純粋な医療法人系ってこと?」
「元々、未来の医療界に役立てるための研究だって言ったでしょう?だけれど、まだまだ研究段階である部分も多かったからそう表立っての活動や公式で言うことはしていないはずよ」
下手すりゃあ医療界に新たな光を差し込むようなモンだしな……。
今まで手が出しにくかった意識へや脳へ関わっていく問題だし、これで何か問題でも起きたらせっかくここまで築き上げたモノも台無しになる……だから、今は何とも秘密裏で進められていた研究だったんだろう。
「……あ。コイツ、秘書の男って」
たまたまテレビに映った姿を見て、俺は指を差した。樹やカスミは、いまいちパッとしていない感じの中年の男に『こんな人?』というイメージを抱いたんだろう。
それとは反対に渚さんの顔は険しいモノへと変わっていった。
テレビの中では不祥事の続いている日本の議員たちの責任に、首相も責任を取るべきだ!との声が浴びせられているものの秘書の男……水嶋景は、ぺこぺこと頭を下げるばかりで特に何かを口にしようとしている気配は無い。ちょっとでも口を開こうものなら、まずいことでも喋る危険があるから、と上から……つまり首相から止められているんだろう。
「……今のが、渚さんたちの……その、争っている人?」
カスミとしては意外そうにたずねる。が、樹は言い直すようにたずねていった。
「カスミからすれば……敵なんじゃね?」
秘書の男が直接手を下したのかまでは分からないが、それでもコイツがカスミの両親の死に関わっていることは確かなんだろう。
「表ではこんな姿しか見せないわよ。……でも、裏ではそれこそ何をしているか分からない人間よ。ヴェイカント関連の研究をいち早く進めていたのも水嶋だったという話だし、新たな装置を作ろうとして今頃四苦八苦しているんじゃないかしら」
「こんなヤツがぁ~?つか、渚さんみたいな人なら研究員って感じが分からないでもないけれどさー……この秘書が地道に研究とかってイメージわかねえなあ」
「実際に研究に没頭するのは研究員たちだもの。水嶋は、ただ命令をするだけよ」
でも、コイツをなんとかすることが出来れば……この危なっかしい非日常から脱することが出来る……?
「……コイツも首相官邸とかにいるのか?」
「さぁ?もしかしたら、ほとんどの時間は裏で研究ばかり……かもしれないわよ?」
「その場所は?」
「さすがに、そこまでは……」
同じ東京にいたとしても、さすがにそう簡単に探し出すのは難しそうだな……。
「……さっきの……行方不明者が増えているっていうニュースも、この人と関係あるのかな……?」
行方不明者か……それ自体は、別にいつでも出ているようなものだから珍しい話でもないけれど……こう非日常的な部分に触れてきてしまうとどうしても関連があるのかも、と考えてしまう。
「……ヴェイカントは人造人間……つか、ほぼ機械みたいなモノだったけれど……それを生身の人間を使ってどうこうするってことは可能性としてはどうなんだ?」
「に、人間?」
「おいおい、湊。そんなバカな……って、有り得るのか?」
「機械だけではどうしても補う部分が出来ないところを人間を使うことで、可能にしていく事を増やすことはあるかもしれない。それに、実験は少しでも多い方がいろいろと学べることがあるもの。……行方不明者を攫って、実験台に使う手があったとしても……おかしい話じゃないわね」
「こえーこえー……」
もしかして、生身の人間を異空間にどれだけい続けることができるのか、もしくはどれだけの時間、異空間に放り込めば人間がどうなるのか……なんて人体実験もしているかもしれないってわけかよ。
くそっ、気分悪い。
「湊くん?大丈夫?顔色、悪いみたい……」
人体事件とか嫌なモノを想像しかけたせいだろうかカスミに顔色を心配されてしまった。
「ん?あ、そう言えばさっき戦ってきてたんだよな。その反動とか?」
「……そう、ね。少し湊くんは休んだ方が良いかもしれないわ」
渚さんも気をきかせてくれるけれど、今のところは体は何とも無いっぽいな。
「……あー、いや。休むって程でも無いけれど……」
昨日みたいに早い時間帯から眠いってわけでもないしな。
それに、胸糞悪いニュースを見て、水嶋を見て……コイツをどうにかしないといけないのか、って気合いだけは改めて入れることが出来た。
「おはようございます、皆さん。お揃いのようで安心しました。少し、よろしいでしょうか?」
軽くドアをノックしてから顔を出してきたのは壬生さんだった。
俺たちの顔ぶれが揃っているところを確認するやいなや、ドアを閉めると『ちょっとご相談したいことが……』と口を開きはじめていった。
行方不明、意識がおかしい人が増えているらしい!これって、ヴェイカントたちのせい!?もしくは町に何かヴェイカントの他にバラまかれているのか!?
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