1 研究所の火事
20××年、春。
『物質』理論の研究・開発をおこなっていた東京支部が何者かの手によって襲撃されるという事件が起きた。が、メディア的には危険な薬品を取り扱っていたということで研究員のミスがあり、研究所は火事が起きた……と報道されていた。
「……研究所の……火事?爆発?んだ、こりゃ?」
都内の高校。
教室の中でスマホを操作していた男子学生、中原樹はニュースサイトに飛び込んできた記事に目を通すものの、東京にある研究所で火事が起こり、現在では既に鎮火されているが研究員たちは全員脱出、もしくは逃げ出せたということで特に被害らしい被害は出なかったという簡単なニュース記事に目を丸くしていた。
「……研究所?」
近くにいた黒髪に金髪のメッシュが入り、耳には複数のピアスを付けている男子生徒、太宰湊……俺はニュースの内容を気にしている樹に首を傾げていた。
「……研究って、どんな?」
「……さあ?でも、最近流行りの遺伝子研究所とかじゃねえか?そういう所って怪しい薬品とか扱うだろ?」
「……それ、扱うときって注意したり、厳しいんじゃないのか?」
「まあ、そこは研究員がミスったんだろ」
茶髪の男子、樹は早くも違うニュースに目を通し始めてしまって、先ほどの火災があったという研究所のことなんて既に頭から追い出してしまったらしい。ススッとスマホを操作する手付きは慣れたもので新たに興味を引くニュースを目で追っては何処もかしこも現代政治の在り方についてばかりのニュースにうんざりしてしまったようだ。
最近、特に政治関連のニュースが多い。議員がヘマをしたとか、部下へのパワハラ、まともな議会すら出来なくなってきてしまっている議員だらけで、当然、そのトップに存在している首相も世間からは冷たい目で見られてきている。もちろんフォロー役として首相の秘書もメディアに出てくることが増えてくるようになったのだが、この秘書をしている男も何処か頼りが無い。
「……なんだ、もう飽きたのか?」
「だってさぁー……つまんねぇニュースばっかなんだもんよ。こう、どっかの動物園で赤ちゃんが産まれた!とかってニュースでも入ってこねえもんかなあ……」
「動物園の赤ちゃん!それは私も見てみたいなあ~」
不良っぽい見た目の俺、そしてダルそうに机に伏せっている樹のかたわらには金髪のロングヘアを輝かせながら動物園のニュースという単語に目をキラキラと輝かせている一人の女子生徒がいた。名を、カスミ・カエラム。去年の秋頃にイギリスから日本にやってきたという転校生だった。その見た目から、転校して来てからはしばらくは浮いていた存在だったものの、たまたま同じクラスメイトだった樹と俺が声を掛けはじめたことによって一緒に過ごす時間が増え、今では三人一緒につるんで過ごしていることが多い。
「……いや、今のは樹の例え話だからな?」
「え。……そっかー……残念」
すっかり動物園の赤ちゃんに心を躍らせているカスミだったのだが、俺がしっかりと説明してあげると樹のちょっとした冗談だったことが分かり、残念そうに肩を落としてしまったカスミ。本当に動物園で赤ちゃんが産まれたのだ、と彼女の頭の中では想像が膨らんでしまっていたらしい。
「あれ。まだ帰らないのか?お前たち」
教室を覗き込んで声を掛けてきたのは、俺たちの担任の教師でもある慈善尚哉だった。人柄も良く、生徒へ対しても心が広いため多くの生徒たちからは頼りにされていて、気軽に接することが出来る教師の一人である。
先ほどまでは居残っている生徒たちはちらほらといたはずだが、いつの間にか俺たち三人だけになってしまっていたらしい。
「はいはーい、帰りますって。どーりで俺の腹が減ってきたわけだ!」
「……いや、お前の腹はだいたいいつでも減っているだろ」
自分の腹を押さえて空腹を訴えている樹だったが、俺は樹の空腹の理由を知っているせいか軽いツッコミを入れていた。樹は見た目、一般的な男子よりも痩せている方だ。が、とてつもない大食いだ。ちょっとしたジャンクフード屋にでも行けばハンバーガーなんて一人でいくつも注文して、あっさりと食らい尽くしてしまう。そのため樹を連れて行くことが多いのは食べ放題の店が主だ。が、そこに連れて行こうものなら片っ端からメニューを制覇していく樹に、お店からそろそろクレームが出てしまうんじゃないかと思うぐらいのハイペースで食べ尽くしていくものだから一緒に何処かに外食に行こうものなら店を慎重に選んでいくことも増えてきている。幸いなのは、今のところ出禁になっている店が無いということか……。痩せの大食いって本当にいるんだね、と初めて樹の大食漢を目の当たりにしたカスミが目を丸くして驚いていたものの樹が空腹を訴える発言や何か食べに行こうぜという言葉も、今ではだいぶ見慣れた光景になってきているようだ。
「じゃあ、私たちも帰ります。さようなら、慈善先生」
「おお、気を付けてな!三人とも」
クラス担任、ということもあるだろうが慈善はカスミのことを気にかけてくれていた。イギリスからの転校生、当然会話にだって周りに馴染むまでに時間が掛かるだろうと考えていたもののカスミは祖父だか祖母だか、どちらかが日本人だったということで既に日本語は喋れていたらしい。転校してきたばかりでも言葉に困ることは無かったようで、困っていたのは友人との新たな付き合い方。珍しいイギリスからの転校生、そしてカスミの見た目。どうしたって目立ってしまう。大人しく一人で過ごすことが多いだろうか、と慈善は心配していたようだが俺と樹がそうそうに声を掛けていったことですぐに打ち解けていった。俺も樹もどちらかと言えばクラスの中では浮いた存在。めちゃくちゃ真面目というわけではなく、学校もサボりたいときには自由にサボっているような生徒。そんな生徒たちと真面目そうなカスミが上手く付き合えるのか?と思うかもしれないが、今の今まで仲良くつるんでいるというのだから特に問題は無いらしい。
「あ。帰り、なんか食って行こうぜー……もう、腹減って腹減って、しんどいわー……」
「はじまったね、樹くんのお腹減った発言」
「……いや、いつものことだろ」
だいたい、いつもこんな感じ。
真っすぐにそれぞれの家に帰ることなんてほとんど無い。誰かどうかが〇〇に行きたい!とでも言いだせば、他の二人もそれに付き合っていく。ごくごく、どこにでも見られる高校生らしい過ごし方をしていた。
「湊ー、ハンバーガーでも食って行こうぜ、ハンバーガー」
「……またか?昨日も食ったばっかだろ」
「ばっか、お前ねぇ。ハンバーガーなんて毎日食べていたって飽きねえんだよ」
「で、でも樹くんは……さすがに食べ過ぎなんだと思うんだけれどなあ……」
「えぇ?最近はこれでもセーブしてんだぜ?むしろカスミの方こそ、もっとガツガツ食べないとだめだろ?」
「……毎度毎度、ハンバーガーを十個も注文するヤツは普通じゃないだろ」
腹減った腹減った!と騒ぐ樹に渋々とハンバーガーショップに寄るものの、店内で食べ始めたら樹は次から次へと注文するに決まっていることが分かっていたので、今日は持ち帰りで注文していった。もちろん樹はハンバーガーを十個。俺とカスミはポテトとドリンクをそれぞれSサイズのモノだけを頼み帰り道の中で、さっそく食らい付いている樹に俺とカスミは苦笑いしていた。だが、これも毎度の光景。
「うまー……はぁー、幸せ!」
樹に全ての食べ物を持たせてしまうと一人で食い尽くしてしまう恐れがあったため荷物は俺が持っていた。そこからカスミはドリンクを手にしてハンバーガーにガツガツと食らい付いている樹に苦笑い。俺だっていつもの光景ながら、よく食うなあと感心していた。
「……そう言えば、学校で研究所が火事になったって言っていたニュース……どうなったの?」
「火事は研究員のミスで起こったらしい。たぶん薬品を下手に扱ったんだろ」
「研究……」
カスミは研究という言葉に引っかかりを覚えたのか下を向いてしまうが、それも数秒のことですぐに顔を上げて手にしていたジュースを口にしていく。
「……何か、気になるのか?」
「う~ん……薬品を間違って使ったからって大きな火事になんてなるのかな?って思って」
「……確かに」
「もが、もぐぐぐあ?」
樹がハンバーガーを食べながら何か言いたそうに口を動かすものの、何を言いたいのか全く分からない。取り敢えず口の中にあるものを飲み込め、と俺に注意されると数回にわたって口の中を空にしていくと一息吐いてから改めて口を開いていった。
「……せめて、飲み込んでから言ってくれ。何言ってんのか分かんねえよ」
「ゴクン。……俺が見たときには爆発って書いてあったぜ?」
「「爆発?」」
薬品のミスで爆発なんて規模が発生するのだろうか。普通ならば有り得ないだろう。同じ日本で、東京という同じ地域の中で爆発と聞いてもイマイチ現実味を感じていない俺たち三人だった。でも、これはどんなニュースを見ていてもだいたい同じ反応をしている。
自分たちには関係の無い話、関係の無い所で起こっていることだから……という理由で。
ちょっと変わったジャンルで。こういう理論系は苦手だったりするのですが、こういうのがあったら面白いかなと思い書かせていただきました。現代ファンタジー……と言えるのかな?
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