勇者9「エピローグ」
最終話です。
「皆の者!此度の戦では様々な困難もあった、しかし見事に勇者が魔王を討ち取った! 我々人族の勝利である!この事からも解る通り、神は我々と共にある!!!」
大聖堂のバルコニーから垂れ流される白々しいザッハール・ニルスの演説に、広場に集まった民衆が歓喜の声で答える。
ペインは今英雄として紹介され、民衆からは熱狂的な感謝と祝福の声を浴びた・・・しかし、ペインはその声に手を振って答える気にもなれなかった。
以前のペインであったならばこんな大群衆から祝福と感謝の言葉を浴び、若い女性達から黄色い声で讃えられれば分かり易く調子に乗っていただろう。
だが今のペインは出発前と考え方も性格も、それどころか面差しすら変わっていた。
ペインとナレイアは魔王の首を自陣に持ち帰った後、少しの休憩と治療を挟んですぐに本国に魔王を討ち取った報告をしに行った。証拠となる魔王の首を携えてだ。
首都カナンではそれを喜び、盛大な歓迎式典が開かれた。
司教ザッハールから散々魔王の脅威を聞かされていた王としては、その脅威を取り除いてくれた勇者ペイン・ブラッドには感謝してもしきれなかったに違いない。
そしてこの歓迎式典も王なりの感謝の証・・・それは解る。
魔王の首の入った首桶を持った従者を伴い会場入りしたペインがまず気に触ったのは、戦争中とは思えないような王都の貴族たちの気の抜けた態度だった。
立食式のパーティーに参加している貴族や聖職者たちは、まるで今が戦争中だと言う事を知らないように、思い思いに着飾って談笑を楽しんでいた。
ペインの横に侍る従者の持つ首桶に魔王の首が入っていると知っては「まあ怖い」「さぞかし恐ろしい魔物なのでしょうね」などと言いながら笑い合っている。
ペイン達ほどの地獄を見ていなくとも、最前線で命を張っている兵士達がこいつ等を見たら何を思うだろうか。
ウエストのくびれ上がったドレスを着た淑女たちは、出された料理に一口口を付けると「大変美味しゅうございます、でも私は小食なので少々取り過ぎてしまった様ですわ、とても食べきれません」と言ってまだ皿に残った料理を返却棚に返す。すると、そこで働く者達がその残った料理を容赦なく生ゴミとして捨てていく・・・・
貴族の女性は小食である事がある意味マナーのようになっていて、こういう場所で残さず食べる事が、むしろ非常識なのは解っている。
だが、たった今廃棄されている料理の10分の1でもいい、それがあの時「銀の弩矢」に届いていたら・・・そう思うとペインは握った拳に力が入るのを止められなかった。
(・・・・・・・クソが!)
現在のペインは薄汚れたままの実戦で着た皮鎧を着ていて、壮行会の時のように金ぴかの鎧に袖を通すことを拒否していた。
血の汚れの残るその汚い鎧に眉を顰める貴族も居たが、それがペインに出来る精いっぱいの反抗だったのかもしれない、取りあえず死んだ仲間の武勲に関しては大風呂敷を広げておいた、これだけやればレックスも満足するだろう。
結局生き残ったのはペインとナレイアの二人だけだ。100人で100億の報酬は二人で分け合う事になり、ペインとナレイアで50億ずつ受け取る事になった。
その時のやり取りでザッハールの側近であるエウロペは「生き残ったのは勇者ペインと・・・美貌の女性だけですか。激しい戦いだったようですな。一体他の方たちはどの様にして亡くなったのでしょうな?」と言ってニヤリと笑った。
まるでペインが金欲しさに美女であるナレイア以外を殺害したかのような物言いだった。
思わず殴り掛かりそうになるペインを止めたのはナレイアだった。ここでエウロペを殺しても何もならない、反逆者の汚名を着るだけだと。
魔王の城であるハジム城での戦いについては細かく報告している。実際に魔王スキルを持っていたのは魔王と呼ばれていたこの首となった高位魔族では無く、年端も行かぬ少女であったこともだ。
だがそれはペインとナレイアだけが持って来た報告であるし、それを証明する術も無かった。
証明できるのはここに魔王の首があり、魔王スキルの影響が解除されて魔族が弱体化した=魔王スキルの保持者が死んだという事実だけだ。
「今聞いた話が本当であるかどうかは重要ではない、だがペインよ、そなた達は『魔王スキルの持ち主』を始末した、それは確認できる。それに対する報酬は当然支払われる、ご苦労であった」
報告を受けたザッハール・ニルスの言葉である。
彼にとって重要なのは魔王スキルの保持者を倒す事。その持ち主が魔王本人であれ少女であれ関係が無いのだろう。
ビジネスライクと言えば聞こえがいいが、ザッハールは商人ではなく聖職者である。それにしてはその言葉には全く血が通っていないように思えた。
「50億か・・・・ピンと来ねぇな・・・」
以前であれば大金が入った折には仲間たちと酒場でどんちゃん騒ぎをしたものだった、しかしペインのパーティー「灰色の猟犬」は、ペインを除いて全滅している。
しかも彼らが望んだとはいえ、この作戦に彼らを巻きこんだのは自分である。「楽に稼げる仕事がある、自分が守るから大丈夫だ」と言って・・・勇者の力を得て思い上がっていたと言う事が、今ならそう分かる。
いったい今、昔頼めなかったような高級料理をテーブルの上に並べてどうなるのか。それに歓声を上げる仲間達はもう居ないのだ。
一生遊んで暮らせる金を手に入れたというのに、ペインはまるで浮かれる気になれなかった。
「世の中には取り返しの付く事と付かない事があります、そして今回は取り返しのつかない事柄です、それを悔やんでも元に戻ることはありません、ならば先に進むしか無いのではありませんか?」
落ち込むペインにそう声を掛けるのはナレイアだった、その言葉が更にペインの心を抉る。
聖職者らしくない、まるで慈悲の無い言葉だった。
ペインがどれほど悔い、後悔した所で死んだ人間は生き返らない。それは確かにそうだ。
だが週末に懺悔室で懺悔する事を推奨している聖職者の言う事では無い。
ナレイアは今回の功績によって聖女に推されるそうだが、表面上優しい言葉をかけてくる大聖堂の聖職者たちと違い、そんな神に愛された女がこんな厳しい言葉を投げかけてくる。
だがうわべだけの薄っぺらい慰めの言葉より、ナレイアの言うその厳しい言葉がペインには響く。
しかしそれは決して救いの言葉ではなく、むしろ傷ついた心を更に抉るような現実を突きつける言葉だった。
そして当然、皆が皆そう割り切れる程強くは無い。
「確かにな・・・俺がどれだけ悔やんでも死んだ人間は生き生き還りゃしねえだろうが・・・俺はアンタみたいに強くはなれねぇよ・・・」
「そうですか・・・」
ナレイアは既に今回貰う事になる報酬の使い道を決めているらしい。いや、最初からそれが決まっていて今回の依頼に参加したと言うべきか。
都会から離れた地母神に愛されるに足る豊かな農地の近くに聖堂を建設し、様々な理由から望まない選択をしなければならない多くの人々を受け入れて運営していくのだと。
ペインにはそれが眩しかった。ペインは今まで自分自身の事か、せいぜい自分の身の周りの知り合いの事しか考えたことが無かった。自分とは関係ない人間がどうなろうが知った事では無いし、ましてやそれ以上・・・例えば人族全体の事など今まで考えた事など無かったし、これからも考える事など出来ないだろう。
つまり自分は本来持つに相応しくない強い戦闘力だけを偶然手にしてしまっただけの、ただの小物だったと言う事だ。
「はは・・・大丈夫かよ?教団の運営って言うけど、馬鹿正直な聖職者なんて腹黒商人からすれば良いカモだって言うぜ?」
「ご心配なく。私は元々商人の娘ですから、金勘定は得意です」
何気なく言った言葉にそう返されてペインは面食らう。
(皮肉も通じやしねぇ・・・)
何故商人の娘が地母神の司祭になり、今この戦いを生き残って聖女に推されるのか?それを聞いてもどうにもならないだろう。ペインだって自分が何で勇者なのか説明しろと言われても説明なんて出来ないのだ。
本当に世の中なんて言うのはクソだ。ただナレイアはその宿命だとか運命みたいなクソみたいなものを、ほんの少しだけでもマシにしようと足掻いている・・・それだけは何となく判った。
そしてナレイアの言う事は恐らく本当だろう。遠征の間も帰って来てからも、ナレイアは対応する人間を丸め込むのがやけに上手かった。
一見そっけない態度で普通に会話をしているだけなのに、自然と相手を自分の味方に引き入れるような話術。それは商人の持つスキル「交渉」によるものなのではないのだろうか?
この美貌の司祭が最後まで仲間からの強姦の対象にならず、魔王にまでたどり着いたのは偶然では無かったのだ。
「ナレイアさん、あんたスゲェよ。俺はアンタみたいにはなれねぇ、だからしばらくはのんびりする事にするわ」
「ええ、それも良いでしょう」
会話の最中ペインは魔国産の煙草を吸っていたが、ナレイアはそれに対しても何か説教臭い事を言う事が無かった。それが今のペインにはとても有難かった。
◇ ◇ ◇ ◇
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使い切れない程の金を手に入れ、死ぬまで一生遊んで暮らせるようになったペイン。
だがその暮らしは思ったほど楽しく無かった。
まず、いつでも何でも買えると言う事は、その買うものに対する執着を失わせる事と等しかった。
昔であればあれも欲しい、これも欲しいと思っていた筈なのに、それが何時でも買えるとなった瞬間、何だか買う気が失せてしまった。恐らくではあるがそれは本当に欲しかったのではなく、今の自分には簡単に手に入れられないから、買うのが難しいから欲しいような気がしていただけだと気が付いた。
服なんて着心地の良いものが数着あれば十分。飯だって毎回高級料理を喰ってたら飽きてしまう。女だって金目当てに寄って来る女を何人囲ってもそれが何だというのか。それなら手っ取り早く娼館にでも行った方が良い。
欲しいものは何も無い。働く必要も無い。
それはただ退屈なだけだった。ナレイアのように途方もない目標があり、それに向かって邁進出来る人間ならいいだろう。
試しに何か趣味でも始めようかとも思ったが、好きでもないのに無理やり始めた趣味が長続きする訳も無かった。
そして大金を持っていると多くの人に知られた以上、普通の友人関係を作るのは難しくなった。ペインも相手も、その事を念頭に置いて話をする事になる。
そしてそうなると善良な人間は遠慮をし、寄って来るのは欲の深い人間ばかりになる。
ペインは貰った金の一部で王都の一等地に土地と家を買ったが、そこにはひっきりなしに欲の皮の突っ張った人間が押し寄せて来た。
そいつらの目的は主にペインの持っている金であるが、時には勇者の名声を利用しようとやって来る奴もいた。
「今度私の傭兵隊で訓練の際に、自分の知り合いと言う事で一言演説して欲しい」
「最新技術の研究の為、出資して欲しい」
「いい投資話がある、貴方の持っている資産をさらに増やしてみませんか?」
余計なお世話だった。
中でも多いのが宗教関係者からの勧誘や、寄付の依頼だ。
「恵まれない人たちを救うために寄付を!」
「私達は戦争で孤児になった子供の世話をしています、貴方にもその責任の一端があるのですから資金提供は当然では?」
「勇者と言えど寿命はあります、我が教団に入信して頂ければ死後の安息が・・・」
信者と書いて「儲かる」とはよく言ったものだ。
金の匂いを嗅ぎつけて寄って来る宗教関係者に、ナレイアのような「本物」は一人も居なかったように思う。
そしてうんざりしたペインは都心の自宅を売りに出し、冒険者時代の皮鎧と、あの遠征の間『勇者の剣』と言われていた、ただ質の良いだけのロングソードだけを身に付けてナレイアの元を訪れる。
「もううんざりだ!・・・俺はこれから誰とも深くかかわらず、俺の生きたいように生きて、そんで死ぬことにする。勇者の役割だとか使命だとか、そんな事は知らねぇ、もう魔王は倒したんだ、別にそれでも良いだろ?」
ナレイアが神殿を建てたのは首都カナンからある程度離れた農村地帯だった。土地はダダ同然だがそこまで資材を運ぶのに金がかかり、建築費用は都心に大聖堂を建てるのと変わらない大金がかかったと言われている。基本的な部分は出来上がったが、この聖堂を含む地母神神殿が全て出来上がるにはあと10年はかかるだろう。だがナレイアはそれを全て今回得た報酬を使って私財で賄った。
「ええ、貴方がそうしたいなら、それで良いんでは無いでしょうか?」
ナレイアはペインの愚痴を聞いて、迷わずそう答えてくれた。
ペインはなぜ自分が放浪の身になる前にここを訪れたのか自分でも良く分からなかったが、多分この一言が聞きたかったんだろうと理解した。
ナレイアならそう言ってくれるだろうと・・・・
「ああペイン、ただ一つだけいいでしょうか?あなたはまだあの魔国産の煙草を吸っているのですか?」
一瞬笑顔になりかけたペインに、ナレイアが一つだけ釘をさす。
確かにペインはあれからあの煙草が止められなくなっていた。人間の領内でも煙草は生産されているが、それではもう弱すぎて話にならないのだ。
「ああ、身体に悪いってのは解ってる、説教を聞く気はねぇぜ?」
これからナレイアから聞かされるであろう話の内容を先読みし、ペインが予防線を張る。だがナレイアはペインの予想もつかない事を言い出した。
「いいえ、貴方が『勇者』でなければ止めるところですが、今まで吸い続けていて問題ないなら大丈夫でしょう。ただその煙草を精製した物には手を出さないで欲しい、それだけを約束してください」
「は?」
思わずとぼけた声が出た。確かに麻薬なら精製や抽出をすれば純度が上がり、よりヤバいブツになる事はあるだろうが、煙草を精製?何故聖職者であるナレイアがそんな事を知っているのか!?
「約束して下さるならその煙草が手に入り易くなるように手配しましょう。もしかしなくても人族の街では手に入り難くて苦労しているのではないですか?」
その通りだった。魔国産の煙草は流通が限定的で、且つその流通を担っている闇組織とは、新規の客ではなかなか連絡を付けられないと裏社会では有名だったのだ。
「そりゃ構わねぇが・・・ホントかよ?」
「ええ、地下組織『レイラクラン』のシギルと言う頭目に連絡を取って下さい、私の名前を出せば話を通せる筈です」
ナレイアは真顔でそう言った。
笑いが込み上げてきた。麻薬組織に顔が効く聖女!?なんだそりゃ??一体コイツはどんな人生を歩んできたって言うんだ?だがそんな事はどうでも良かった。
「わかった、そうするぜ。助かるよ」
ペインは笑いながらそう答えると、その見返りに自分が得た報酬50億レイアの内、半分の25億レイアをナレイアに譲ると持ち掛けた。
「それは有り難い申し出ですが・・・それはペインの得たお金ですし・・・」
いきなりの申し出に、さすがのナレイアも困惑する。しかしペインにとってはいつもつんと澄ましているナレイアのその慌てた顔が見られただけで十分だった。
「これから俺は根無し草の放浪生活だ。正直2~3億レイアも有れば死ぬまで困らねぇだろうさ。だからどうせ使わねぇんなら半分アンタにくれてやっても惜しくはねぇ・・・むしろ俺が死んだら金は大聖堂に返却になるんだろう?だったら貰ってくれよ、この聖堂建設にだって金がかかってるし、この先の運営資金はいくらあっても困らねぇだろう?」
ペインがそう言うと、ナレイアは居ずまいを正し「分かりました、ではそのお金はお預かりします。そのかわり私共の教会は、貴方にとっての『常に帰る事の出来る場所』である事を覚えておいてください」と、ペインの目を見て言ったのだ。
「帰る事の出来る場所・・・・か」
それはとても気持ちのいい申し出だった。ペインの親は既に音信不通で生きているかどうかも定かでは無い。ペインは14の時に家を飛び出して冒険者になった、それから一度も帰っていないし、元居た住所には既に誰も住んでいない。
もし再会したとしても受け入れられはしないだろうし、受け入れられるとしたら金目当てだろう。そういう意味では、ペインに今まで帰る場所など無かったのだ。
恐らくペインがナレイアの元に身を寄せることは無いだろう。だが『帰れる場所がある』と言うだけで随分と気分が楽になった。
「ああ、ありがとな。何かあったら頼らせてもらうわ!」
ペインはそう言うと踵を返し、街道に歩みを進める。
いきなり居なくなり、連絡も付かない勇者に大聖堂は大いに慌てたが、そんな事はペインの知った事では無かった。
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それからしばらくして、教会で新しい絵本が配られ始める。
タイトルは「放浪の勇者、ペイン・ブラッド」と言い、子供向けに書かれた勧善懲悪の物語だ。
その話の中での勇者は清く正しく、品行方正で人々の為に戦う無敵のヒーローだった。
そしてその物語の最後で、現在勇者が行方不明なのは「勇者様は私利私欲に溺れる事なく、大金を得た後も人々の為に、世界中を回って悪人を懲らしめているからだ」とそう綴られている。
それは勇者と突然連絡が取れなくなり、ペインの事を企画で利用できなくなった司教ザッハールの苦肉の策であったが、意外とそれは上手くいってペインの事は次第に実在の人物ではなく、絵本の中の人物であると子供たちは思う様になり、あるいは実在の人物であると知っている人達も平和な生活の中でその存在を忘れ、話題にしなくなっていく。
それから20数年後、放浪を続けるペインの前に一人の女神官が立ち、ふたたびペインの勇者としての時間が動き出すのだが・・・それはまた別の話である。
_________________ペイン・ブラッド《ゼロ》・完。
最後まで読んで頂き有難うございます。どちらかと言えばバットエンド寄りのこのお話ですが、この後「放浪の元勇者、ペイン・ブラッド」と言う話に続きます。
この話を読んでみて面白いと思ってもらえて、まだ未読の方がいたら是非よろしくお願いします。元勇者の方は一応29話完結済みです。
それでは「ペイン・ブラッド《ゼロ》」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
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