勇者7「魔王の正体」
そう言った極端な選択をするのは、聖堂騎士や神官などが多かった。元々野盗と変わらないような冒険者達は、腐臭の漂い始めた村の中で略奪品のタバコを平気でふかしている。
その妙に甘ったるいような臭いが鼻につく。しかしその独特の臭いは嫌な臭いだと感じると同時に妙に興味をそそられる。
「なんなんだ?それ」
「魔族の吸う煙草みたいだぜ?この村で一番でかい屋敷にあったんだ」
「オレにも1本くれ」
「ほらよ、まだ結構あったから、気に入ったなら取りに行ってくりゃあいい」
腹もくちくなり、備蓄にも余裕ができた残りの隊員には精神的余裕ができている。辺りに死体が散乱するような状況で落ち着いて話せる時点で既に精神的にどうかしてしまっているのかもしれないが・・・
ペインは普段煙草を好んで吸わなかったが、どうにかなりそうな気分を落ち着かせるために手を出した魔国産の煙草は妙に美味かった。
ペインがそれを吸っている所をナレイアが悲しそうに見て「その煙草は人間には強すぎる」と警告してきたが、半分自暴自棄になりそうなペインや銀の弩矢の面々にとっては、将来の健康などより今現在の精神的安定の方が重要だった。
「なぁに、普通の人間には強いのかもしれないが、俺は勇者だからな・・・化けもンなんだ、これくらいじゃ死なねぇさ」
自嘲気味にそう返事をするペインの目は暗く濁っていて、王都カナンを出発したときとは全く人相が変わっていた。
◇ ◇ ◇ ◇
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「残ったのはこれだけか・・・」
それからさらにもう一つの村を襲い、2度の魔族の小隊との戦闘のあと、生き残った人数を数えてみると残りの人数は20人を切っていた。
ペインのパーティーである灰色の猟犬のメンバーは既に一人も残っていない。ペインは仲間達に「ついてくるだけで大金が手に入る、大丈夫だ、俺が守ってやる」と言ったが、約束は守られなかった。だがその事を責めるものは一人もいない。
誰がこんなことになることを予想できただろうか?
隊長を務めるレックスとメイナード、神聖魔法を使える人間ははナレイアとマイルスしか生き残っていない。
認識阻害の呪いを使える術師も一人だけ・・・次に魔族の部隊とぶつかればそれで全滅するかもしれない。
戦闘のあとレックスは決断を下す。
なんとしても魔王の元にたどり着くため、戦えそうな10人による電撃戦をすることにした。
生き残った約20人の内、凡そ半数は既に使い物にならなかったからだ。
体力の限界・・・半分気が触れている、理由は色々ある。レックス自身も魔国産煙草のやりすぎで頬は痩け、眼は落ち窪み、まるで食屍鬼のような姿で眼だけがギラギラと光っていた。
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睡眠時間を削れるだけ削り、夜打ち朝駆けで進軍する。いきなり進軍速度が変わり、残された気の触れた冒険者が惰性のように周辺の村を襲うことで陽動のようになる筈・・・
レックスはそう判断した。
もはや魔王を討って帰還出来るとは思わない。例え出来たとしても、ズタボロになったこの体が長く持つとも思えなかった。
「チクショウ・・・」
今レックスにあるのは「せめて魔王を討ち取って死んでやる!」と言う八つ当たりにも似た執念だけだった。
他の冒険者達も似たり寄ったりである。唯一そう言った狂気を感じさせないのは司祭であるナレイアだが、それが信仰のなせる術なのかは解らない。
そしてそうした強行軍の末・・・
「着いた・・・」
ついに銀の弩矢の生き残り9名は、魔族領首都ハジムに到着したのである。
フード付きのマントや頭に巻いた布で顔を隠し、人通りの無い裏通りの倉庫のような建物に身を潜めた9人は、辺りを調査しながら慎重に行動した。
やはり街の中は女子供が多く、男は老人と子供しかいないような塩梅だった。恐らくイワティス攻めの主攻が想像以上に頑張っているのだろう。あるいは残してきた隊員がそのまま郊外の村で略奪を働き、それを探すために出撃しているのかもしれない。
明確なチャンスだった。
逆に言うと今を逃せば暗殺の機会は失われる。今のペイン達ではそこそこ腕の立つ敵が30名もいたら全滅の危機だ。例えペインが一人で10名を倒したとしても・・・特にマイルスやナレイアは戦力としては計算できないだろう。
食料にはまだ少し余裕があるが、ペイン達はその夜行動に出る。女術師の認識阻害の呪いを絶やさぬように王城の城壁まで近づくと、遠間から眠りの呪文で見張りを眠らせ、音を立てないように始末し、城内の暗闇に潜みながら移動する。
「しかしペイン・・・この赤黒い丸薬はいったい何なんだい?、こんなに効果の強い魔力回復薬なんて聞いたことがないよ」
たった二人の生き残りの魔術師が、認識阻害や眠りの魔法を精神力の心配をせずに乱用出来るのは、ペインから提供された不思議で怪しげな丸薬のおかげだった。
「へっ、知らねぇ方がいいぜ、多分な」
この薬はペインの血液から生成された薬・・・言わば血液製剤である。それゆえに大量生産出来るものではないが効果は恐ろしいほど強かった。こんなものが量産できるようになったら魔法使いが無双する世の中になるだろう。特に魔法に優れた魔族の・・・そう言った特性を対魔族の象徴のような勇者が持っているというのがなんとも皮肉だった。
そうやって各個撃破し、死体を見つかりにくい所に運んでおいてもいずれ発見される。そもそも城内の地図さえないのだ、こんな行き当たりばったりの作戦もなかった。
どうやら城内に賊が侵入したらしいことがバレたようで、城の中が騒然とし始める。そして警備兵のような格好をした魔族が何人か、何事か叫びながら城の広間の方向に走っていくのが見えたのだ。
暗闇の中、死角となる城内の物陰で、ペイン達は意見を合わせる。
恐らくあの魔族達は現在城内で起こっていることを魔王に報告に行くに違いない、ならば魔王もそこに出てくるだろうと。
形状を見るに人族の城も魔族の城も作りに大きな違いはない筈だ。こういった場合王が家臣からの意見を聞くのは・・・謁見の間だ!
人族の城の場合、謁見の間は城門から一直線に入って行った先の大広間だ。ペイン達は頭の中で城内の地図を想像しながら謁見の間の横に回り込めそうな方向に向かう、途中出会った衛兵は先制の沈黙で声を奪い、助けを呼ばれる前に始末する!!
「もう精神力が持たない!」
「もう少しだけ持たせろ!」
前方にやけに明るい部屋がみえた。扉の無い大きな間口の向こうに広い空間が広がっているのが分かる、謁見の間と言えば吹き抜けの大広間だ、恐らくあそこが・・・。
冒険者たちは素早く、そして静かにその広間に出る一歩手前まで行き、壁の影から広間の中を覗く。そこでは予想通り、まさに『魔王』と言うべき威圧感とオーラを纏った高位魔族が、衛兵らしき魔族から報告を受けている所だった。
(へへ、あいつが魔王か・・・ああ、俺の身体はもう持たねぇだろう・・・こんなクソみたいな仕事を引き受けちまったのは自業自得だが、せめて道連れにしてやる・・・オイ、生き残った奴は俺の華々しい戦いを帰って伝えてくれ、それこそ後々まで戦記として語り継がれるような感じでな!)
そう言って飛び出そうとしたのはレックスだ、だが周りがそれを止める。
現在魔王の周りには側近や、報告に来た衛兵を含めて多くの兵が居る。今ここで飛び出していっても無駄死にするだけだ。
そしてその魔王を視ていたマイルスが信じられない言葉を口にした。
(違う・・・あいつは魔王じゃない)
(何ィ!?)
(しっ、静かに!)
(だってよう、お前、玉座に座っているあの魔族、明らかに周りとはレベルが違うし、報告の兵士も『魔王様』っつってるじゃねぇかよ!)
(だけど違うんだ!私の鑑定眼で見た限り、あの魔族が相当な高位魔族で様々なスキルを持っていることは分かるけど、その中に魔王スキルは無いんだ!!)
(おいおい、そいつぁ単に鑑定スキルを誤魔化されているだけなんじゃねぇか?)
しかしマイルスは禿頭を左右に振りながら、自分の神官としての技量は未熟だが鑑定スキルには自信があるのだ、でなければこんな依頼に派遣されたりしていない!と。
そう、マイルスは冒険者70人の枠ではなく、ナレイアと同じ大聖堂が推薦した30人枠の生き残りだ。その使命は魔王スキルを持つ魔族の選定。
その時玉座の後ろから、まるで人間の子供としか思えないような弱々しい女の子が出て来て、魔王の服の裾を引っ張る。人間の年頃で言えば4歳か5歳といった所だろうか?
不安そうにする少女の頭を魔王が撫でる、一瞬魔王の表情が和らいだような気がした、二人はまるで祖父と孫娘のようだった。
(・・・・・いた)
その少女を見てマイルスが呟いた。
(なんだって?)
(あの子だ、あの小さな女の子が魔王スキルを持ってる!他には大したスキルは無い!あれなら簡単に殺せるぞ!、傍に行けさえすれば僕にでも殺せる!)
(でもどうやって!?もう侵入者が居る事は気付かれてるんだ、このまま待ってても見つかるまで警戒が緩む事なんか無いぞ?)
(私があの者達をいくらかひきつけましょう。魔王スキルを持つものを見つけた今、私の役目は終わりました、私がどこか別の場所で大きな音でも立てて警備兵を引きつけます、その隙にあの少女を!)
(待ちな、お前だけじゃ大きな音を立てるって言っても限度があるだろう、俺も行く)
学者であり神官であるマイルスと共にその場を離れようとしたのは、認識疎外の呪いを続ける女魔術師以外に唯一生き残っていた魔術師、ケイマンだった。ここまでくる間、沈黙などの魔法でペイン達をサポートしていた魔術師だ。
(火球の魔法でも派手にぶち込めば気を引けるだろう?そのあと俺達は逃げさせてもらうぞ?、流石に俺と学者先生じゃ戦えねぇからな)
(ああ、頼む、魔王を殺りゃぁ魔族は弱体化する・・・その混乱の隙を突けば脱出できるかもしれねぇ)
ヒソヒソと声を顰めながら進む作戦会議の間にも、魔王への報告は続き、場内が虱潰しに探されているのが分かる。むしろ今まで見つかっていないのが奇跡だ。灯台下暗し。こんな近くに潜んでいるとは思わなかったのだろう。
(ペイン・・・あの薬はあるか?魔力が足りねぇ!)
(クスリはもう無い・・・代わりに・・・)
ペインは自分の腕を剣で傷つけると、「飲め!」と言って、その滴る血をケイマンに飲ませた。血液製剤程ではないがケイマンの魔力が回復する。
(うっぷ・・・何でこんな事・・・ん?おいペイン・・こりゃぁ一体・・・)
(説明してる暇はねぇ。頼むぜ)
ペインのセリフにケイマンが頷き、マイルスと一緒にその場を離れていく。
(ちょっと・・・その傷治す前に私にも飲ませてよ!私だってずっとこの呪いを維持してんの本当にきついんだから!!)
認識疎外の魔法を維持していた女魔術師(正しくは精霊術士らしい)のエマがそう訴えた。もはやペインの血液に精神力回復作用がある事に疑問など抱かない、そういうモノだと思う事にしたのだろう。
認識疎外の呪いの中でナレイアが無詠唱の小癒を使い、ペインの傷を癒す。そして残る二人はロルスとカイヤ。汚れ仕事である暗殺を専門にする暗殺者と、ここまで場内を先導し、鍵開けや偵察で活躍した盗賊だ。
(いいか、もう一度確認するぞ?爆発が起きて護衛がそっちに気を取られたら、俺とメイナードが魔王に切りかかる。その隙にペイン、ロルス、カイヤ、お前達であのガキを殺せ!お前達が今いる人間の中で一番身が軽くて素早い、いいな!魔王さえ殺せば何とかなる)
レックスの作戦はもうほとんど策というほどのものですらない。魔王を討ち取った後どうやって撤退するのか?そんな事はまるで考えられていなかった。
魔国産の煙草のやりすぎで落ちくぼみ、ギラギラとしたその両眼で最後の戦いの時を待つレックスとメイナードの目は完全に狂気に飲まれており、ほとんど狂戦士にしか見えなかった。
そしてそれから間もなくして、耳をつんざくような爆発音が正面正門の方から聞こえる、そのビリビリとした衝撃波が謁見の間まで響き、報告に来ていた衛兵、側近の護衛までもが血相を変えて城門方向、つまり謁見の間の出口・・・正しくは入り口に向かって走り出す!その時一瞬玉座に隙が出来た!!
___________つづく
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