勇者6「現地調達」
「ハラワタが食い荒らされてる・・・・こりゃ狼だの熊だの、そんな獣の仕業だな」
発見された死体の状況からそう判断された。犠牲者は3人、全員が女の術者だ。
彼女達はそれぞれがキャンプからそこそこ離れた茂みの中で見つかった、しかも3人ともがバラバラの方向。そしてそれには理由がある。
「3人とも昨日のメシで腹を壊していてよ、まあ、なんだ。夜中にコッソリ用を足そうとしたみたいだな。交代で見張りをしてた奴も気付かなかったとよ」
彼女達はそれぞれバラバラの時間に腹痛に耐え切れずこっそりと用を足そうとしたらしい。女性としてそんな事は人に知られたくないのだろう。音や臭いが気になるから出来るだけキャンプから離れたい、それも誰にも見つからないようにコッソリと、そして無防備にも下半身を丸出しにして用を足している最中に狼か何かの獣に襲われたという訳だ。
もしかしたら叫べば助かったかもしれない、いや、叫んでも聞こえなかった可能性もあるが、もしかして彼女達は気付かれないように一人で何とかしようとしたのではないか?そう思わずにはいられない。
少なくとも下痢をしていると言うのは野生の動物からすれば、獲物が弱っている事を宣伝しているようなものだ。ともかくこの森には夜行性で凶暴な獣が居る。それだけは分かった。
そしてその酷い死体を見て、隊の女性達は一層食事に気を遣うようになった。
◇ ◇ ◇ ◇
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それから2日ほど待ち、捜索範囲を広げてみたが輜重隊の姿は影も形も無かった。
獣を獲りに出ていた狩人が二人、クマのような大型獣に襲われて死んだ。その中の一人はメイサだ。
その獣は何とか仕留める事が出来て、多量の肉が獲れたが硬くて獣臭く、女性達の中には食べられない者もいた。
メイサの死に灰色の猟犬のメンバーはショックを受けて悲しみにくれたが、他のパーティーの面々からは「食い物を獲りに行って逆に食われてどうすんだよ(笑)」と嘲られる始末だ。
別の日には偶然遭遇したオークを始末した後「なあコイツって顔はブタな訳だし、ブタみたいな味がしねぇかな?」と、そのオークの肉を食べてみようという猛者も現れた。しかしその後、銀の弩矢の中で『二足歩行の獣は食べない』と言うルールが出来たことから、どんな味だったか想像して欲しい。
そして食糧不足も問題だが、もう一つ問題になってきたのが隊の粗野な男達の性欲の問題だった。戦士や盗賊を生業にしている連中は、報酬を得たらその足で娼館へ直行するような連中も多い。
そう言った連中がこの一か月は女日照りのまま進軍しているのだ、隊の女性冒険者にちょっかいを出そうとする者が出てくるのも当然の流れだろう。
そしてそうなれば、ちょっかいを出された女性のパーティーメンバーの男達も黙ってはいられない。
「よぉ~、いいだろう?お前だって溜まってるんだろうが、付き合えよ!」
「やめて!放してください!!」
前衛職の大柄な男に腕を掴まれ、抵抗する女魔術師。
常に刃物を持っている筋肉質な女戦士などは狙われにくいが、魔法の発動媒体が無ければほぼ無力な術士の女性は特に絡まれ易い。中には罰当たりにも女性神官にちょっかいを出そうとする者すら居る。
「やめろ!アリシアから手を離せ!!」
鍔鳴りの音を響かせて剣を抜いた一人の男が、女性に絡む男に剣を突き付ける」
「ほぉ、面白れぇ、俺とやろうってのかよ!」
ストレスと性欲の溜まった男も武器を手に取ろうとし、周りが慌ててそれを止める。もともと血の気の多い者が多い冒険者である、既にイライラが頂点に達し、刃傷沙汰も起きている。
そして本来ならそれをぶつける相手である筈の魔族はまだ現れない。
女をめぐって殺し合いが発生し、男が殺され女が強姦され、それが発覚するとその強姦を犯した男が復讐の為、または断罪の為に殺された。
更にほとんど採れない食べ物に拒否感を持った女性冒険者のうちの何人かが拒食症の症状を発症し、栄養不足から飢餓で戦闘不能に、そのまま置いていく判断をしなければならなくなった。
男でも肉しか食べない事で壊血病を発症して無気力になり、その場から動かなくなった者も居る。
隊の中の雰囲気は最悪で、今までにない程ギスギスしているか、極度に無気力で無関心な人間が増えた。いまだ魔族に殺された人間はゼロであるのに、既に銀の弩矢の隊員は64名にまで減っている。状態は最悪だった。
「不味いな・・・」
部隊の状況に、隊を束ねるレックスは頭を悩ませていた。
そのレックス自慢のはち切れそうな筋肉も、今は少し痩せて萎んだたのが分かる。無精ひげの生えた顔も目が落ちくぼみ、濃い隈が出来て唇もカサカサに乾燥していた。
魔族の王都まではあと数日の所まで来ているが、このままでは碌に戦う事も出来ないかもしれない。
どこかで腹いっぱい食べて、英気を養わなければ・・・
そこに斥候に出ていた野伏から朗報が届く。この先に小さな村があるという。
それはこの部隊にとっての朗報であり、その村に住む住人にとっての凶報であった。
「聞いたぜ、村があるんだってな!これで喰いモンが手に入るぜ、村の連中には悪いが多少強引にでも食料を提供して貰おう!」
久々の良いニュースにペインは笑顔でレックスにそう提案するが、レックスは苦い顔をする。
「ああ、ペインか。村の規模は50人~100人は居ない位だろうって事だ、それだけいるなら多少の食料の備蓄はあるだろうな」
レックスの浮かない顔にペインも何かを感じ取る。
「ペイン、オレ達は今戦争中だ。そしてこれから行く村は魔族の村だ、分かるな?」
厳しい顔で言い含めるように話すレックスに、ペインは反論する。
「戦争中っつったって、その村は非戦闘員の村なんだろ?素直に食いモンを渡さないって言うなら脅して巻き上げるのも仕方ないとしても・・・、おい、なんで黙ってるんだよ」
「・・・・」
険しい顔で黙り込むレックスの隣で、相棒の槍使い、メイナードが静かに頭を横に振る。
「確かに汚れ一つ無いキラキラな衣装着てよ、物語みたいに颯爽と魔王を退治出来れば、それが一番良いだろうさ。だがこれは現実だ、勇者だって腹も減れば糞もする。それはお前が一番良く解っているだろう?村の魔族が逃げ出して俺達の居場所がバレたら死ぬのはこっちだ」
メイナードの言葉に頷いたレックスが重々しく後を継いだ。
「なあペイン、これは戦争だ。これから俺たちは村を襲い、そこの住人を皆殺しにする。それは必要な事なんだ、物資の現地調達だと思って割り切れ」
今の自分達に、住民を生かしたまま作戦を遂行するだけの余裕はない。そう言ってレックスはうなだれた。
それはペインにも解る。理解はしていたつもりだった、しかし実際にその時になってみると覚悟がまるで足りていなかったことに気付く。
「畜生!何でこんなことになってンだよ!」
悪態をつくペインだが、そのペイン自身も空腹の限界だった。それでもまだまともな思考を保っていられるのは勇者と言う職業を得た恩恵なのか。
ペインのパーティーメンバーのガドフやデリックは既に無気力に取りつかれているし、メイサが死んでリファは明らかに精神を病んでいる。
その日、今だまだマシな精神状態を保っているレックスとメイナードから隊員に向けて、現地調達の方針が伝えられると。空腹と欲求不満に目を血走られている冒険者たちは狂気を含んだ笑い声をあげ、そして無気力に取りつかれた冒険者たちは住民を逃がさず皆殺しにするという話を聞いても顔色一つ変えず、面倒臭そうに頷くだけであった。
◇ ◇ ◇ ◇
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「ドン! ガシャン! パリン。えっ、誰!!いやぁぁぁぁぁ!!!!」
突然やって来た人間によって、ドアが蹴破られると、何かが壊れる音と共に甲高い女性の悲鳴が響き渡る。
_____それはまさしく地獄のような光景だった。
そこは都市周辺から少し離れた農村だった、田や畑が広がる鄙びた風景が広がる田舎の村だ。
首都であるハジムからはそこそこ距離があり、広い田畑で収穫した作物を街に売る事で生計を立てているような農村。そこにいきなり勇者のパーティーが押し寄せて来た。
「ひゃっはぁ~!!おい、女がいるぞ!?、魔族でもこれ位人間に近けりゃ全然問題ないぜぇ!!はっはぁ~~~!!」
いきなり村に押し寄せて来た人間の集団に、その村の村長は「金目のものを差し出すから命だけは・・・村の人間に手出しをしないでくれ!」と命乞いをするが、その言葉は聞き届けられることは無かった。
女日照りで見境の無くなった冒険者たちが村の若い女を攫い、適当な建物の中に連れ込んでゆく。抵抗する男や老婆、子供たちは戯れ半分に殺されていく。
「やめろ!!!!」
もはや歩くのもやっとというような老人を板に磔にして、まるで的当てゲームのようにナイフ投げに興じていた冒険者達の前に立ちはだかり。ペインが声を荒げる。
しかしその非人道的な遊戯に興じていた冒険者は全く悪びれる様子はない。
「あん?どうせ最後は殺すんだろうが。 なら今まで俺達がどんなに苦しんだか思い知らせることの何が悪りぃんだよ!!」
「この人たちは一般人だ!輜重隊を襲ったのは軍だろう!」
「同じ魔族には変わりねェだろうが!!!!」
魔族の老人をいたぶりながら殺していた盗賊が声を荒げた。
「ポリンは餓死したんだぞ・・・最後は皮と骨だけになってよ・・・」
彼のパーティーの女性精霊術師は魔族領の穢れの多い食物どころか、浄化されて精霊の気配の感じられなくなった蒸留水すら拒否して亡くなったという。
だがそれを言うなら最初から魔族領に攻め込まなければ良かったのだ。そんな事はみんな分かっている。だがそれが自分のせいだとは認められずに、ただ八つ当たり先を探しているだけなのだ。
「くそったれがっ!!」
盗賊の投げたナイフが寸分たがわず拘束された老人の胸に吸い込まれ、老人は彼岸の住人となる。
「ほらよ!これでいいんだろうが! ハッ、文句があるならもっと何とかして見せろよ勇者様!、この隊はお前の隊なんだろう、だったらこんな事になった全責任はお前にあるんだぜ・・・」
どこに行ってもこんな調子だった。
王都カナンの出発式で見られたような、光の神の代弁者のような姿はもうどこにも無い。そこにあったのはまるで辺境の盗賊のような、食べ物と金目のものを奪い、女と見れば空き部屋に連れ込んで強姦する、ただの野党の群れだった。
「大丈夫ですか?」
そんな中、場にそぐわない冷静な声がペインに掛けられる。振り返るとそこに居たのはこんな状況にもかかわらず正気を保っているナレイアだった。
「はは・・・なんだよコレ、勇者が率いる正義の部隊、『銀の弩矢』? どこがだよ!? ははは・・・ナレイアさん・・・アンタが無事で良かった・・・」
ナレイアが無事だったのは単なる偶然だ。この村を襲撃するのがあと数日遅かったら、彼女は間違いなく獣欲に支配された冒険者たちの標的になっていただろう。
今までそれを逃れていたのは、元々の性格や地母神の教義による「女」としての取っ付きにくさのおかげかもしれない。
だがそれすらナレイアのの美貌を考えると信じられなかった。むしろ男の方が彼女の美しさと敬虔さにビビってしまったのではないのか?そう説明された方がしっくりくる。
そんなナレイアの態度とは違い、勇者率いる正義の軍の筈だった銀の弩矢のメンバーの所業は筆舌に尽くしがたい凄惨を極めた。
そして村人を殺しつくし、村にあった食べ物をかき集めて貪り食う。腹が膨れるとやっと人心地がつき、眠る。
今までは獣に対する用心の為、誰かが交代で見張りに立っていなければならなかったが、この日ばかりは皆、仲間と一緒に空いている建物のベッドでぐっすりと眠った。
そして十分な食事と休息をとった事で、異常をきたしていた精神が多少なりとも正常な機能を取り戻すことが出来た。
だが、はたしてそれは良かったのか悪かったのか。
こういった場合元々ゲスな人間の方がダメージは少ない、むしろ普段まともな人間ほどダメージがデカかった。飢餓とストレス、睡眠不足でおかしくなり、我を忘れて犯した自分の罪に押しつぶされてしまうのである。
「私は一体・・・なぜあんな事を・・・・」
そんな中にザッハール・ニルスの側近、聖堂騎士のアベルが居た。
いつもよく手入れされた白い鎧を着て、大聖堂で聖職者を守る仕事に誇りを持っていた聖堂騎士もこの隊に参加していたのである。
その白い鎧も今は返り血で汚れ、乾いて赤黒く変色した血液が異様な臭いを放っている。
無精ひげの生えた虚ろな顔で、アベルはブツブツと何かを呟いている。それは懺悔だろうか?
アベルは悔いていた。普段の自分なら、山賊と何ら変わらぬ仲間の鬼畜な所業を、間に割って入って身を盾にしても止めただろう。それでも止まらなければ剣をも抜いたはずだ。
だが昨日の自分は奴等を止めるどころか一緒になって略奪を働いた。少女が男達にあばら家に連れ込まれるのを見ても止めもしなかった。ただ腹が減っていたのだ。腹が減って腹が減ってしょうがなかったのだ。
この村を襲った時の作戦の方針が「住民の皆殺し」なのは分かっている。こちらの位置を知られないようにするための処置だと言う事も。
自分はそれに反対しなかった。反対意見を言う気も起きない程、とにかく腹が減っていたのだ。
目を閉じると昨日殺した住民の恐怖に引き攣った最後の表情が脳裏によみがえって来る。その中には抵抗もままならない老人や、年頃十にも満たない少年も居たのだ。
アベルはブツブツと懺悔をし続ける。しかしここは大聖堂の懺悔室ではない。懺悔を聞き、赦しを与えてくれる者も居ない。
その夜アベルは自ら命を絶った。
そして同じ選択をしたのはアベルだけでは無かった。彼らは皆正直で、まともな人間だった。
そしてそんな人達は、この作戦を遂行するには優しすぎたのだ。
_____________つづく
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