勇者4「開戦」
「あれ?アンタもしかして確か・・・ナレイアさんとか言ったっけ?、アンタも来てたんだ」
移動の最中ペインは、精鋭部隊の中に一見黒に見えるような深い緑の地味な神官服を着た、美しい女性を見つける。
その女とは確か3年前に一度会った。
その時ペインはナレイアを地母神の神殿まで送っていくという依頼を受け、それを無難にこなした覚えがある。
ナレイアはペインより少しだけ年上で、当時は儚げでありながら意思の強そうな目をしていたのを憶えている。
そしてこの遠征部隊に加わっていたナレイアは、あの時と変わらず強い目をしていた。
(美人だし、もっと贅沢な衣装を着て大聖堂のバルコニーにでも立てば、ザッハールのオッサンよりよっぽど絵になりそうだな)
ペインは話しかけながら、そんな風に思った。
「貴方は確か・・・地母神神殿まで護衛をしてくれた方だったかしら。ごめんなさい、よく覚えていないのですが」
無理も無い、数年前に数日後衛をしただけの間柄だ。しかしあの時は神官服も来ていなかったのに、彼女の持っている聖印の形は司祭の地位にある事を示している。
と言う事は実力を認められてこの部隊に配属されたか、あるいは立候補したのだろう。数年でそれは余程の才能があったか、もしかしたらペインのような神の悪戯によるものかもしれない。
行軍はそれぞれの部隊ごとに分かれて行われている。
王国軍は人数が多く、軍隊としての統制も取れていて、まさしく行軍と言った感じだったが、ペイン達冒険者の集まりは、遊撃部隊と言えば聞こえがいいが、そもそも規律意識の希薄な集団である。
彼らは堅苦しい軍隊と一緒に行動する事を嫌い、少し離れながらも遅れないようについて行く感じで、半分物見遊山のような気楽な進軍をしていた。
「なんだぁ?ペイン、勇者様ともあろうものがいきなりナンパかよ、しかも女神官にコナをかけるたぁ見境がねぇな」
一際大きな体躯を持ち、背中に巨大な両刃の戦斧を担いだ冒険者がそう言って茶化すと、周りからどっと笑いが起きる。
この男はレックス。隣にいるレイナードと組んで、主に討伐系の依頼をこなす、戦闘に特化した二人組の冒険者だ。
「うるせぇな、そうじゃねぇよ!前に会った事があるから声掛けただけだ!!」
ペインがムキになって言い返すと、周りの笑いはさらに大きくなる。
「・・・ったく」
ペインはぼやくが、今まで散々大聖堂と言う堅苦しい場所で拘束されていたので、久しぶりのこの冒険者らしいノリはペインにとっても居心地がいい。
季節は春から夏に向かっており、これから暑くなる。だからこそ北方にある魔族領へのこの遠征を「避暑には丁度いい」などと言う者も居る位だ。もともと同業者で顔見知りが多いこともあって、精鋭部隊「銀の弩矢」の面々の間には穏やかな空気が流れていた。
「それにしても、ペインが勇者とはなぁ?いくら大聖堂のお偉方の言葉でも、最初は信じられなかったぜ」
レックスが茶化すようにそう言うと、周りの何人かが同意するように頷く。
熟練の冒険者達からすれば、誰がこの隊を率いるのかは気になるところだった。それなのに隊長に任命されたのがまだ若く、実績も無いペインだったのだ、最初は誰も納得しなかった。
しかし実際ペインが模擬戦で手合わせをしてみて、その『勇者』としての戦闘力が本物であると証明した事と、ペイン自身が「スキルで強くはなったけど人の上に立つなんてガラじゃない、そう言うのはもっと経験のある奴がやった方が良いんじゃねぇか?」と、辞退を申し出たことで雰囲気が変わった。
現在この隊は名目上は勇者ペインが率いる部隊と言う事になっているが、実質的なリーダーはレックスで、それにペインも納得して従っている。
これにより、若くて経験の浅いペインがリーダーだと言う事に不安を抱いていた連中も、実績のあるレックスが実質的なリーダならばと納得したのであった。
「それにしてもペインはともかく、灰色の猟犬の他のメンバーは駆け出しの実力のまんまなんだろ?役に立つのか?死ぬなよ、くっくっく」
ハッキリ言ってこの隊に参加している実力者たちから見ると、勇者職を得たペインはともかく、他のメンバーは明らかに力不足で、全てのメンバーが決定した時もあからさまに「何でこいつらが?」と言う目で見られた。
まあ何で?と言われても、どう見たってあからさまにペインのコネである事は明らかだったからだ。だが彼らも冒険者、多少ずるをしても高額報酬に食いつく気持ちは分かるし、通常の依頼と違って頭数が増えた所で報酬が減る訳でもないのでそれほどギスギスはしない。
その代わりこうやってことあるごとに揶揄いの的になる、マスコットのような存在となっていた。
「まあこいつらの事は俺が守るから、みんなはそれぞれ自由にしてくれよ。みんなで報酬がっぽり稼ごうぜ!」
「おう、当たり前だぜ!!」
こうして正面から魔王領を攻める手はずになっている王国軍とは違い、冒険者たちが主軸の精鋭部隊はまるでハイキングでも楽しむかのように、オスカの街まで笑いの絶えない行軍を続けるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
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「いやぁ、凄い活気だねぇ・・・」
オスカに着いた時、そんな間抜けな感想を漏らしたのは灰色の猟犬の弓使い、メイサだった。彼女は元々猟師の娘で、朴訥とした雰囲気がある。今では王都での生活にもだいぶ慣れたが、これほどの物資が行き来している所を見るのは王都の港でも中々ある事ではない。
当然王国軍は街の宿泊施設には入り切らず、町の外での野営となる。
ここまで行軍してきた兵たちは、街のすぐそばにある大河の水で久しぶりに体を洗い、洗濯をしたりしてリフレッシュしているが、その兵士たちを養う為、ここオスカには大量の物資が三つの経路から運び込まれ、街は特需に沸いていた。
何しろ買い取るのは国だ。
物を持って行けばあるだけ売れる、他の商人たちとの交渉と違い値切られたりする事も無い。
商人たちは主に食料や燃料、油などの必需品を中心に、とにかく他から買い取ってオスカに持って行って軍に売れば儲かると言う状況に歓喜していた。
物の需要が上がり、周辺の農村では作物の買い取り価格が上がった。
今までと全く同じ作業をして同じ作物を育てているだけなのに、農家の収入も大幅に上がる。いや農家だけではない、職人も、木こりも、炭焼きも、この特需で一気に収入が上がった。
これにより最初は魔族領での魔王の誕生に不安を募らせていた民衆も、目の前の利益を喜び始める。
元々魔族よりも圧倒的に人間の方が多いのだ、更に勇者まで居る、心配ないと。
魔族領はこの大河の向こう、そこで戦争があろうが文字通り対岸の火事と言う訳である。
その中で緊張感を高めているのは、実際にこの川を渡って命懸けで戦わなければならない兵士たちと、その家族ぐらいであった。
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「まずはこの河を渡らなくてはならないが、この河は国境と言っても過言ではない。軍をもって渡ろうとすれば、必ず上陸地点で戦になるだろう」
「ならば必要なのは船、準備は」
「ハッ!大型の輸送船と戦船が多数、それと漁民から徴収した漁船、あとは急遽作った船の数がこれです、ともかく上陸した後は速やかに渡河地点を押さえ、確保するのが肝要かと」
「地点確保までは背水の陣になるな・・・」
「魔族には術使いが多数います、防御魔法の使い手を先頭の船に・・・」
王国軍を纏める軍の上層部が、指令室となる巨大な軍幕の中で渡河作戦の会議を続けている。魔族側には夜に強い種族も居るだろうから、闇夜に乗じてこっそり渡るなどは考えない方が良い、そうなると力押しだがそれだとかなりの被害が出る事が予想された。
人族側の方が数が多い。
それを活かしての3点渡河で相手の守備を分散させる。
ともかく上陸して渡河地点を確保する、その為船の上からでも攻撃、反撃出来る弓や弩、その矢を多数準備する・・・
様々な作戦と必要な準備が挙げられていく。しかしその頃、ペイン達はその兵士たちの軍幕から少し離れた野営地で、焚火を囲みながら酒を飲んでいた。
「なぁレックス、何か今、作戦会議とかやってんだろ?行かなくていいのかい?」
豪快に肉にかぶり付くレックスに、一人の女冒険者が尋ねた。
服装からするに術士だろう。自分の身長と同じくらいの長さの、ねじれた木の杖を持っている。
「オウ、俺もそう思って聞いたんだがよ、この先の渡河作戦には俺達の出番は無いとよ。俺達の出番はその先だから、それまでに一人でも欠けられたら困るとさ。」
王国軍を率いる将からすれば、現場に勝手な行動をとる一団が居たら却って邪魔だと言う事もあるのだろう。むしろ、厳しい戦いの中で冒険者たちの勝手気ままな姿を見せられたら士気が下がってしまう恐れすらあるかもしれない。
「へぇ・・・随分と大事にしてくれるじゃないか」
「まあ・・・それだけ本番がヤベェって事なのかもしれないけどな・・・」
長剣を下げた傭兵風の男が女術士の言葉に答えるようにそう呟く。高額報酬に目がくらみはしたが、ここに来てやっと自分達の任務の危険さに気が付き焦り始めたのかもしれない。
「なんだぁ?ビビってんのかよ、お前、情けねぇ!」
だがそんな男の不安の声は、無頼漢のような重戦士の大声にかき消される。そしてそれに追随するように、臆病な発言をした傭兵風の男への嘲りとも取れる失笑が続いた。
恐らくみんな気付き始めているのだ。しかし虚勢ではあっても「自分はビビってなんかいない」と言う態度を取るしかない。
もはや後戻りはできない。出番が近づくにつれ、そんな空気が「銀の弩矢」内を支配していく。
彼らに残された選択肢は、任務を達成して大金を掴むか、失敗して死ぬかの二択だ。
もうすぐ戦争が始まる。
その中心を担う役割を引き受けておきながら、今更やっぱり辞めますとはもはや言えないのだ。
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それから一週間後。人族側からの一方的な渡河作戦と、それを防ごうとした魔族側との交戦を皮切りに、のちに人魔大戦と言われる戦争が始まる。
最初の交戦は人族側が不利だった。しかし配備されていた兵士数の絶対値が違う。
先鋒の小舟に対し魔法攻撃で優位を取った魔族側だったが、大型船からの弓の一斉斉射で徐々にその数を減らされる。
人族側からの宣戦布告は攻撃の直前まで伏せられ、そう言った外交的非常識は、攻撃の理由も含めて大聖堂からの宣言により「光の神の名のもとに」赦される。
そして大型輸送船から兵士が対岸になだれ込むと激しい地上戦になり、魔族側は数の不利を悟って兵を引くしか無くなった。
無茶追いはしない、まずは渡河地点の確保が最重要だった。オスカからの武器・兵糧や物資を安定的に最前線に送る為、この対岸を要塞化して兵站を確かなものにする。
もちろん魔族側も奇襲等によってそれを邪魔しようとするが、いかんせん初動の遅れと兵力差が違い過ぎる。
こうして人族側は多大な犠牲を払いながらも渡河と、渡河地点の制圧、要塞化に成功する。
その間、魔族側の犠牲は定かではないが、人族側に出た被害は戦死者約2400名、そして怪我人はその数倍に上った。
「・・・大分死んだな」
レックスがそう呟く。
戦闘に参加していない『銀の弩矢』のメンバーに犠牲者は出ていない。
しかし、制圧した対岸には激しい戦闘の跡が生々しく残されていた。
人間の死体は身元が分かるものは回収され、そうでない者は埋められたが、砦から離れた場所にある魔族の死体などは未だそのままだ。
怪我人も多く、野戦病院では薬師や神官がフル稼働している。
作戦までは日があると言う事で、エグバードやナレイアなど、銀の弩矢の神官も要請を受け治療に駆り出されている。神官は治癒魔術が使える事もあるが、それよりも小さな聖霊力の消費で済む浄化の奇跡によって、川の水を清潔で治療や飲み水に使える真水に変える事が出来るため、非常にありがたがられた。
「勇者ペイン、それとレックス殿だったか・・・少しいいか?これからの事を話したい」
今まで作戦の漏洩を防ぐためと、全く関わって来なかった王国軍の将から声を掛けられ、要塞化した港の軍幕に招かれる。
レックスは隊のリーダーとして、そしてペインはこの戦争の象徴的立場てある事から会議に参加した。
「これから我々は街道に沿って北西に向かい、魔族領で一番人間領に近いイワティスを攻める。物見の報告によると、やはり今魔族側の主力もそこに集結しておるようだ。数は我が方が多いが、今までのようにはいかん。イワティスはオスカと同じように城壁を持つ都市、それに加え我々は移動してからの戦闘だ、個人戦力、地の利、士気、全てにおいて数以外はあちらが上・・・まず落ちることは無い・・・」
「だがそれが作戦なんだろ?」
レックスがそう言ってニヤリと笑う。
その通りだった。
「主力はおとりにこそ使うべき」などと言う兵法があるらしいが、ペインには良く解らない。しかしこうやって相手の主力を一か所に集め、その隙にがら空きになった魔族領首都、ハジムに潜入する・・・
「その通りだ。その間君達は街道から外れた細い海岸沿いの林道を迂回し、ハジムに迫って貰う。連絡、補給に関しての話はこれから説明するが、地図が正しいかも分らん、大丈夫そうかな?」
「へへっ、こっちには野伏の腕っこきだって複数いる、それに冒険でこういった山道や野営だって慣れっこさ、まあ任せろよ」
「・・・・頼もしい限りだ」
軍との交渉や作戦説明は主にレックス、そしてなぜか銀の弩矢に配属されていた神官のマイルスが請け負っていた。覚えているだろうか?最初にペインの事を勇者だと鑑定した禿頭眼鏡の中年神官である。
彼は神官としての技量は低いが、その深い知識と「鑑定」スキルで、道中のアドバイザーと、魔王スキルを持っている者を鑑定で特定する、学者のような役割でこの隊に参加していた。
(まあいい、作戦だ補給だなんだって難しい事は頭のいい奴に任せとけばいいさ、俺は神様から授かったこの力で、魔王とか言う悪い魔族をぶっ殺せばいい、そしたら一躍ヒーロー、金も名誉も何もかも手に入る!)
ペインは難しい顔で会議を続けるレックス達を見ながらそう考えた、そして翌日、ペイン達『銀の弩矢』」100名は、主力の王国軍から離れ、一路林道を北に向かうのであった。
_______________つづく
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