勇者3「軍団編成」
※1レイア=1円、大金貨=10万円、小金貨=1万円、大銀貨5千円、銀貨=千円、銅貨=百円位の貨幣単位です。
冒険者のギルドに総額70億レイアと言うとんでもない額の報酬の依頼と、その募集条件が提示されたのはそれからまもなくの事だった。
あまりの額に一般公募ではなく、募集はギルドマスター推薦や一部一流と呼ばれる人間への直接交渉だったのだが、どうしても噂は漏れるものである。
冒険者を名乗る人間は、こぞってその依頼が自分に来ないかとそわそわしながらその時を待っていた。
ペインの所属する冒険者パーティー「灰色の猟犬」のメンバーにもその噂は漏れ伝わっていた。
「聞いたかよ、あの噂!!1億だぜ!1億!!」
特に金にガメツイ盗賊のデリックの舞い上がり方は凄かった。
王国が提示した70億の内訳は、冒険者70名に対して一人1億の報酬で70名の精鋭を募集すると言う条件だった。どうやら予算総額は100億で、30名はこの国の騎士などの、既に最前線の街オスカに派遣されている人間に内定しているらしい。
「しかしディック、さすがに報酬が高すぎます!、これは普通の依頼とは訳が違いますよ!?」
パーティー内でも慎重派の二人に加え、今度は弓使いのメイサまでがこの件については反対した。
既に魔族との開戦が近いと言う話は既定路線として広がっていたし、そのための徴兵や物資の準備も急ピッチで進んでいる。王都やその周辺の街の商人達にとっては嬉しい悲鳴と言う奴だ。
「そうよ!これって多分、今度始まるっていう戦争でとんでもない役目をやらされる羽目になるんじゃないかしら?」
「然り、何事も命あっての物種ですぞ」
しかしデリックやガドフにとっては今まで聞いたことの無いような高額報酬である、報酬は後払いだそうだが、なんと脱落する者がいれば、その人間の報酬まで残った者達に上乗せされるとか・・・もしこの依頼が自分達の所に来て、成功させることが出来れば一生遊んで暮らせるカネが手に入るのである。
「どちらにせよそんな高額依頼が我々の元に来ることはありますまい。募集しているのは一騎当千の高レベル冒険者とのことですからな」
落ち着いた物腰の僧侶、エグバードはそう結論付けるが、デリックは諦め切れなかった。
「でもよ・・・だったら当然ペインにも声がかかってる筈だろ? 『ペインの推薦』とかそんな感じでなんとかねじ込めねぇかな?」
「冴えてるなデリック!、早速今度ペインに聞いてみようぜ!」
反対する女性陣やエグバードを尻目に、ガドフとデリックは既にペインに相談する事を決めている。そしてそうやって仲間に頼られることはペインにとっても嬉しいことである。
パーティーメンバーから相談を受けたペインは当然それを快諾する。
「大丈夫だって、確かに魔王領でのキツい任務らしいけどよ、俺がいれば大丈夫、むしろお前らがいた方がパーティーとしての俺たちの取り分は増えるんだ。立ってるだけで1億、もしくはそれ以上だぜ?」
「だよなぁ?」
「しかも魔王を討伐すれば俺たちは英雄だぜ??周りからは尊敬されるしカネは使い切れないほど手に入る・・・薔薇色の人生が待ってるってもんだ!」
「さすがペイン!!」
不安がる女性陣に対しても「俺が守ってやる」と大口を叩いて見せるペインは自信と全能感に溢れている。
結局ペインは大聖堂に対し「ずっと一緒に冒険をして来た仲間達だ、気心も知れているし背中を預けられる」と言ってやや強引に枠を取る。
1億と言うとんでもない報酬にありつける事となった灰色の猟犬の面々は、不安を抱えながらも人族を代表する精鋭部隊の一員としてメンバー登録されることになっていく・・・
◇ ◇ ◇ ◇
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「どうなることかと思いましたが、どうやら集まりそうですな。しかし冒険者と言うのは噂にたがわぬ命知らずばかりのようで・・・」
高レベル冒険者へ今回の依頼を出したところ、その食いつきはエウロペの予想を遥かに上回っていた。
依頼を出す際には実際の仕事の内容・・・魔王暗殺と言う危険極まりない任務であることも伝えている。だと言うのに辞退者がほとんどいなかったのだ。
「まあ後払いとは言え報酬が破格すぎるからな。そして基本的に冒険者と言うのは目立ちたがり屋で承認欲求が高い者が多い。高レベルになればなるほどだ、何故だか解るか?」
「・・・いえ」
ザッハールからの急な質問に、エウロペは面食らう。
するとザッハールは淡々と、まるで抑揚の無い声でその質問の答えを自ら明かした。
「そもそも虚栄心の低い者は冒険者になどならないし、なってもある程度の成果が出たらそこで辞めて真っ当に働き始めるものだ。そして実力が伴わない者は高レベルになるまで生き残れない。結果的に高レベルになっても冒険者を続けている者と言うのはな、生き残れるだけの実力があり、他人から羨望のまなざしで見られる事が大好きな承認欲求の塊のような人間だけが残るのだ」
「な、なるほど」
「恐らく今回の依頼に対しても彼等は自分達が死ぬことなどまるで考えていないだろう。たとえ他の冒険者が死ぬことがあっても自分だけは大丈夫だと、根拠も無く思っているに違いない。そしてその結果手に入る報酬だけを夢見ておる」
恐らくザッハールの言っていることは間違っていない。成功報酬で、しかも脱落者が居ればその分、その者が得られるはずだった報酬まで残った者で等分上乗せされるという今回の報酬形式。
冒険者たちはそれだけ死人が出る事が予想される危険な任務だと知りながら、何故か他の人間だけが死んで、その分自分の報酬が増えると思っている。
楽観的と言えば聞こえがいいが、つまりが自惚れが強く、欲深いのだ。
「まあ此度の依頼を受けてもらう為には、それ位でなくては頼りないがな」
魔族領に侵入し、その国の要人を暗殺して帰還する、そんな依頼を受けようとするのに悲観的な物の見方しか出来ないものが居ればかえって足手まといだろう。
むしろザッハールとしては、魔王を討ち取った後、彼らが報酬を独り占めする為同士討ちを始めるかもしれないとすら思っていた。だが魔王スキルの持ち主さえ始末してくれれば、その後冒険者同士が殺し合おうがどうでも良かった。
その時には既に目的は達成されているのだから。
「彼らには過酷な仕事をやらせてしまう事になる、だからその分報酬はしっかりと支払おう、たとえそれがどんな結果になろうともな」
欲深く、虚栄心が高い人間ほど扇動しやすく騙しやすい。むしろ欲のない人間ほど騙しにくいものだ。今回ザッハールは彼らを騙そうなどとはしていない、報酬はキッチリと払うつもりでいる。だが見せ金を使って彼らに対しリスクを取らせているのも確かだった。
ザッハールのその言葉は、エウロペに聞かせているようでもあり、独り言の様でもあった。
◇ ◇ ◇ ◇
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「いやぁペイン様様だな、これで俺達は目立たないように後をついて行って、生きて帰ってくれば大金持ちだ!」
「いやいや、せめて自分に出来る事はしましょうよ」
「リファは真面目だなァ」
灰色の猟犬の面々は無事に精鋭部隊の中に選ばれた。
実力で評価された訳ではなく、ペインのコネでネジ込んだ形だが、報酬額は他の冒険者と変わらない。
依頼中の身の保証はペインが約束してくれたし、それにペインと同じような滅茶苦茶強い連中が100人も居るのだ、自分達5人程度が多少戦力として劣っていたとしても問題ない。
ガドフもデリックも、この依頼を積極的に受けようと主張する面々はそう考えている。
自分が死ぬ可能性など欠片も考えていない、楽観的な考え方。
司教ザッハールとしては、考え方が楽観的なだけで実力が足りていない者達ばかりに集まられると困るのだが、彼らはペインの推薦だ。
これを断ってペインに変にへそを曲げられるより、勇者として気持ち良く戦って貰う為の必要経費として割り切る事にした。
彼らが居ればペインは彼らを守るために本気で戦わなければならないだろうし、もしも彼らが実力不足ゆえに魔族に殺されるようなことがあれば、ペインの後悔と恨みは魔族に向くだろう。
そのペインは現在、王都を出発する兵士たちを激励するための閲兵式に出席している。
これからまとまった数の王国軍が最前線の街、オスカに向かう。
冒険者達はその軍と一緒にオスカまで行き、そこから別行動。主力がイワティスと言う魔族領最前線を攻撃と見せかけ、相手主力の注意を引いている間に魔王の暗殺を目指すのだ。
しかしいきなり動員され、オスカに向かう事になった兵士たちにとってはなぜ突然魔族と戦わなくてはならないのか分からないし、あまり士気が上がらなかった。
そこでザッハールは情報統制をし、魔族の中から魔王が生まれ、先制攻撃を受け多くの人間が殺されたように偽の情報を流した。
ザッハールにとっては嘘をついているつもりは無い。
「このままではいずれそうなる」からだ。
その情報が人々に伝わっていくと、人族の社会全体に不安と共に魔族に対する怒りが渦巻いて行く。そこで『勇者』の登場だ。
「自分では戦いたくないけれど誰か何とかしてほしい」
そう考えていた人々にとって分かり易く、都合のいい英雄。ペインを含め、その仲間は姿を現すだけで歓声が上がるほどの人気者になった。
そしてその歓声や激励、尊敬の声が、冒険者たちの自己顕示欲と承認欲求を満たしていく・・・。
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「流石は勇者様、これでもう大丈夫だ!」
ピカピカと光る金色の聖衣を纏い、剣を掲げて兵士を鼓舞する、まるで聖闘士のような勇者を聖堂の窓から遠目に見て、最前線の街、オスカを治めるロイエスタール家の跡継ぎの青年が興奮したように呟いた。勇者様が出陣してくれると言うならこれほど心強いことは無い。
彼は成人したばかりで(この国の成人は15歳)、まだ幼さの残る跡継ぎの青年を戦場となる街に居続けさせるのは不安だろうという配慮から、ここ王都カナンに疎開を許されている。
しかしその実態が人質の様なものである事は自分にも分かっていた。
つまり最前線の街を預かるロイエスタール卿に対し「魔族に対し降伏したり、王国側を裏切ったり中立を宣言したら、王都に捕らわれてる跡継ぎがどうなっても知らないぞ?」と、圧力をかける道具だと言う事だ。
元々オスカは裏切る気など無い。しかし、人を信用しないザッハールにとって、言う通りに人質を差し出したと言う事が重要だった。
その結果ロイエスタール卿は信用に値すると言う事で、今回の反攻作戦の総責任者を任されている。
大聖堂の書いた筋書き通りに金ぴかな鎧をまとい、上質なマントを纏って檄を飛ばすペインの顔はやや引き攣っている。
それもその筈、ついこないだまでは冒険者として好き放題に生きていたのだ。なのに急にこんなゴテゴテした鎧をまとって、数千数万の兵士の前で演説するなんて、ガラではない。
出番が終わって引っ込んだ後、ペインは疲れた顔をしてその重い鎧を脱いだ。
確かに周りから称賛されるのは気分がいいが、それはあくまで気楽でリラックスした状態であっての上だ。
こんな何万人もに注目されて祭り上げられるように崇め奉られるなんて、気持ち悪いとしか思えない。
要はペインはただ強いスキルを授かっただけの小市民なのだ。
それに比べ、後を引き継いだザッハールの方は堂々としている。むしろあの場に居る事を心地よく感じているような、そんな姿だ。
そして号令に合わせて大軍が移動し始める。
目指す先は魔族領との国境代わりになっている大河のほとりにある最前線の街、オスカである。
_____________つづく
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