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勇者2「ザッハール・ニルス」



「ザッハール様の鑑定にて『勇者』であると出たのなら、あのペイン・ブラッドと言う若者は本物の勇者と言う事でよろしいでしょうかな?」

「うむ、どうやら魔族の中に魔王スキルの持ち主が現れたのも間違いないようだし、時期的にもその可能性が高いだろう」


 魔王スキルと呼ばれる能力は、所謂(いわゆる)常在型(パッシブ)と呼ばれる種別の、種族限定超広範囲強化スキルである。


 魔族の中でこの能力に目覚めた者が居ると、種族が『魔族』に分類される個体の能力が上がる。

 距離も範囲も関係なく、常在(パッシブ)、つまり常時発動し続け切れる事が無いその効果は、絶対値ではなく割合による強化の為、強い魔族であればあるほどそも効果は絶大となる。


 例えば強化度合いが20%だとすると、元々100の強さの魔族は120になるだけだが、元が1000の魔族の強さは1200と、200アップする事になる。

 こうなるといくら人族の方が人数が多いとはいえ、一人の高位魔族がその人数差をひっくり返せるほどになってしまうのだ。


 歴史上何度かこのようなスキルを持った魔族が誕生した事はあったが、その解決方法は毎回同じであった。つまりその魔王スキルを持つ魔族本人を倒すしかないのだ。

 幸い魔王スキルはサポートスキルの様で、味方の魔族に対する強化スキルであり、自分自身には効果が無い。

 他人を助けることは出来るが、自分自身を自分で助けることは出来ないと言う事だろう。


 まあ今代の魔王のスキルが、歴史上の魔王のスキルと同じである保証はどこにも無いのだが・・・・


 このように魔王スキルと言うものが毎回同じであるのに対し、魔王スキル所持者が現れる度に人族の中に現れる『勇者』と言う職業を持つ人間のタイプは様々で、特に決まっていないと言われている。


 多くは剣と魔法の両方を高レベルで操る事が出来る「万能タイプ」である事が多いのだが、歴史上、魔法特化の大魔法使い(ウィザード)タイプの勇者や、魔王と同じように人間全体に強力な強化(バフ)を与えるサポートタイプの勇者も居たという記録がある。


「それで今回の『勇者』ペイン・ブラッドはどの様な・・・?」

「・・・私の見た所、ペインと言う男は剣技と反応速度や感知能力、つまり個人戦闘型、特に剣術特化型の勇者であると見る! むろん勇者である以上魔法も使えるようだがな。術の才能も単体の攻撃や防御、自己強化など、個人の戦い向けに偏っておるようだ」


 聖堂騎士のアベルを相手にした模擬戦や、今まで使った事が無いと言っていた魔術の習得や試技などを通じてペインが見せたのは、やはり元の職業(クラス)である「戦士」の延長線上のような才能の数々だった。


「個人戦力ですか・・・それでは・・・」

「うむ、奴を使って魔王を打つのであれば『銀の弩矢(シルバー・バレット)』しかあるまいよ」



 勇者の能力のせいかペインは勘が鋭く、最初はこちらを警戒していた様だが、よい待遇に良い食事と酒、あとは女神官の中から見た目の美しい者を特に選んで接待を繰り返したところ、だいぶ調子に乗ってきたように思える。

 扱いを間違えなければある程度こちらの思うように動かせるだろう。


 魔族領との最前線、オスカの街へ放っている密偵からは、今のところ街はいたっていつも通り、そして魔族領との取引や人の行き来もいつも通り・・・特に魔族側に動きは無いという連絡が入っている。

 しかし、密偵が魔族領内に侵入し、得た情報によると、魔王能力による魔族の全体強化は間違いなく起こっていると言う。


(相手が万全で動けるようになってからでは遅いのだ・・・)

 魔族領とは今現在戦争状態ではないとはいえ、文化や歴史の違いからあまり仲が良いとは言い難い。

 そして魔族側が武人気質と言うか、戦闘民族のような性質と言う事もあり、元々前線に近いオスカやイワティスの街などでは、人族と魔族のゴロツキ同士による小競り合いなど日常茶飯事なのだが、最近はそんな小競り合いも人族側の一方的な敗北が多いという。


(もともと魔族の方が能力は高いが、もはや一対三か、それ以上でなければ勝負にならんと・・・これが戦争となればどうなる?)


 歴史書を紐解けば、「昔、小国の君主が(いくさ)の際、正々堂々に拘るあまり、自分達に有利な千載一遇のチャンスに奇襲をせず、その後正々堂々と大国と戦って結局負けて滅んだ」という有名な故事(エピソード)もある。


 シャーリアスの神殿的にはこの故事への見解は、卑怯な手段に訴えなかった小国の君主の人間性を讃えた上で、小国に攻め込んだ大国を非難する場合が多い。

 つまり、戦術云々ではなく「そもそも戦争を仕掛けること自体が悪い」と言う言い分なのだろうが、ザッハールに言わせればバカ丸出しとしか思えない。

 

 攻められた側は反撃する以外に手段は無いのだ。すでに開戦して攻め込んで来ている相手に「話し合いましょう!」なんて通じる訳が無いし、大国は小国を飲み込むものだ。


 そうならない為に、戦争になる前の政争が大事なのであるし、その為には自国の力を増し、他国の力を削いで、天秤が傾きすぎないようにする必要がある。

 そして今の状況をこのまま傍観していては、やがて天秤は確実に大きき傾く・・・今こそが選択の時なのだ!


(そのためには汚い手だろうが何だろうが、何でも出来る事はやって相手の力を削ぐ必要がある。・・・このまま魔族が大きくなるのを手をこまねいて待っているのでは、例の故事のバカ君主と同じだ)


 ザッハールはそう思う。

 その視線は聖職者と言うよりは百戦錬磨の政治家、あるいは大軍を率いる抜け目ない将軍の様にも見える。


「国王にも話を付けねばならん、エウロペよ、国王に話を通せ。司教ザッハールが勇者を見出したとな、その上で話があると」

「承知しました・・・!」


 大聖堂で話されるにはあまりにもキナ臭い話の内容に、司教ザッハールからの指示を受けた側近の司祭、エウロペですら少し蒼褪めながら席を辞し、速足で退出していく。


 魔族の中に魔王スキルを獲得した者が出て、人間の中に職業『勇者』を持つものが現れる。


 人族、魔族、長い歴史の中で何度も戦いのきっかけとなった現象が今起きている。


 それはこの先始まる人魔による大戦を予兆している様であった。



◇ ◇ ◇ ◇

________________



 一方その頃、『勇者』ペイン・ブラッドは______。



「はっはっはァ!今日はオレの奢りだからな!どんどん飲んでくれよ!!」


 パーティーメンバーを集めて、いつもの安酒場で酒盛りをしていた。


「何だよペイン、やけに気前がいいじゃんか?なんかヤバい仕事でもしたんじゃないだろうな?」

 そんな風に疑いの目を向けてくるのは盗賊のデリックだ。


 戦士のペインとガドフ、僧侶のエグバード、弓使いのメイサ、盗賊のデリック、そして魔術師のリファ。

 パーティーを組んで2年とちょっと。みんな口は悪いが気心の知れたパーティーメンバーだ。


「いやぁ、リファの言う通りだったのさ、あの後教会に自分の事を鑑定しに行ってみたんだよ」

「ああ、そう言えば最近やけに強くなった気がするし、なんかおかしいって言ってたもんな」


 乾杯もそこそこに骨付き肉にかぶり付いているのは、パーティーを組んでからずっと隣で戦って来たガドフだ。


「おうよ、その結果だが聞いて驚け! 俺はな、なんと!『勇者』様なんだとよっ!!」


 別に口止めされている訳でもないのでパーティーメンバーに正直に今回の事を伝える。

 何と自分は戦士ではなく、いつの間にか勇者に職業変更されていたと言う事。最近の技の切れや、敵がスローモーションに見える程の感覚の鋭さはそのせいだったらしいと言う事。


「はぁぁ!? マジかよ!?」

「「ええっ!?」」

「何ですと!?」


 まるで顎が外れるんじゃないかと思えるほど口を大きく開けて驚くパーティーメンバーに満足するペイン。


「そのお陰で最近は大聖堂で検査ってぇのか? 色々調べられるだけで結構な額が転がり込んでくんだ、遠慮無く食ってくれ!」


 ペインの言葉にパーティーメンバー達は納得したようで、みんな「それじゃ遠慮無く・・・」と言った感じで飲み食いを始める。

 最初はそれでも遠慮があったのだが、酒が回る内に次第に遠慮はなくなり、その内一種酒場は宴会場のような雰囲気になっていく。

 

「それにしても、まさか自分のパーティーから勇者様なんてぇもんが出るとは思わなかったなァ!」


 ペインと共にパーティーの前線を支えてきたガドフがそう言ってがっしりと肩を組むと、金の匂いを嗅ぎ付けたのか、盗賊のデリックが「まあなんだ、そんなに景気が良いなら割りの良い仕事があるならこっちにも回してくれよ!」と言いながら酒を進めてくる。


 能天気な男性陣とは違い、女魔術師のリファや、聖職者であるエグバードはそれほど素直に喜ばない。


「確かに勇者職を得られたことは喜ばしいけど、大丈夫なの?なんだか勇者って、物語の中で魔王だとかドラゴンだとか、とんでもない魔物とばかり戦っているイメージだけど・・・」

「そうですな、確かにこのところのペインの活躍は凄まじかったですが、あまりあっさり信じるのも危ない気がします」


 しかしこの所ザッハール・ニルスに持ち上げられ、調子に乗っているペインにその言葉は響かない。


「お前らは知らねぇかも知れねぇけどな、俺はここ最近、大聖堂で聖堂騎士と模擬戦したり、魔法の修行だってしてるんだぜ? そんでその聖堂騎士相手にも連戦連勝、魔法だって色々使えるようになったんだ!ま、もしなんかヤベェ魔物を討伐してくれって言われたら、引き受けてぶっ倒してやりゃァ良いだけさ、それに相手が強きゃァ報酬だってガッポリだぜ!」と、解りやすく調子ずく始末である。


「ま、何にせよこんな事がいつまで続くか解らねぇからな、稼げる内に稼いでおくだけさ」


 ペインとてザッハール・ニルスの事を100%信用しているわけではない、しかし、今現在の厚待遇は、逃すには惜しいと言うのも事実だった。

 それに何よりも、普段ふんぞり返っているような騎士だの司祭だのが自分に向かってペコペコするのがとても気分が良く、しばらくこんな生活を続けるのも悪くないと思い始めていた。



◇ ◇ ◇ ◇

____________



「ザッハールよ、なにやら『勇者』を見いだしたと聞いたが、それはいったいどう言うことだ?」

「ははっ!王よ、勇者が現れたと言うことはもはや一刻の猶予もありません!」


 ペインを帰らせた後、王宮を訪れたザッハール・ニルスは、王に向かい、魔王スキルの持ち主を擁した魔族の危険性をこんこんと訴えかけていた。そしてそれにともない現れる勇者の役割も。

 元々この国の王は歴代の王の後を継いだだけに過ぎない「暗愚」といっても良いほどの王である、決断力もなく、カリスマでも実務能力でもザッハールに大きく及ばない。

 そんな王である、ザッハールによる不安を煽る物言いを聞くと、とたんに気弱になって情けない事を言いだした。


「ザッハールよ、魔王とはそんなに恐ろしい存在なのか・・・余は、余はいったいどうしたら良いのだ!?」


 青ざめる王にザッハールは言い含めるように語りかける。「奴等が力をつける前に叩く必要があるのです、そのためには勇者に精鋭部隊を率いらせ、魔王本人を倒させるしかありません」と。


 ザッハールは今代の勇者の特性から、魔王を討つにはそれが一番効率的だと王を諭す。

「精鋭部隊だと!?近衛や聖堂騎士を使うのか・・・」


 自分の身を守る人間がいなくなるとでも思ったのだろう、王が不安げな表情を見せる。

 しかしザッハールはそれが最初から想定内だとでも言うように言葉を続けた。


「いいえ王よ、近衛騎士や聖堂騎士を多く出す必要はありません、ペインは元々冒険者と言う仕事を生業としていました。此度の作戦にはその冒険者の中から腕な立つものを多く雇い、主軸にすれば良いのです」

「おお!そのような者達が居るのか!!」

 

 ザッハールは高レベル冒険者を法外に高額な報酬をエサに集め、その中でも特に腕の立つものを精鋭部隊として魔族領に送り込む作戦を立案する。

 さらに、その為には王国軍を最前線の街オスカに集め、陽動として魔族領イワティスを攻めさせる必要があること、そして相手主力が防衛のためイワティスに釣り出されたその隙に『銀の弩矢(シルバー・バレット)』を撃ち込んで魔王を討つのだと強く主張したのである。


 そしてその作戦は、人族の勢力が魔族よりも大きい今だからこそ可能なのだと。


「な、なるほど。それならば近衛騎士を失う事も無いと言うことだな?」


 正直王にはザッハールの立案した作戦の半分も理解できていまい。しかし辛うじて『自分の周りの警備が疎かになる事はない』と言うことだけは解ったようだった。


「はい、もしも失敗したとしても死ぬのは冒険者で、王の側近に被害が出ることはありません。そして成功報酬とすることで、報酬の持ち逃げ等を防ぎます、ただ後払いでは難色を示す者もおるでしょうから、そんな不安すら吹き飛ぶほどの高額報酬を約束して彼等を集めるのです!」

「うむ!それは良い!!、ザッハールよ、これは国の一大事じゃ!!直ちにそのように手配せよ!そちに全て任せる!」

「ははっ!!」


 首尾良く王から約束を取り付けたザッハールは、側近として傍に侍っていたエウロペと並んで王宮の廊下を歩く。


「しかしあのような高額の報酬、よく王に約束させることが出来ましたな」

「庶民にとっては信じられない高額報酬だとしても、所詮は税で賄えるもの。王にとっては『(カネ)など放っておいても勝手に入ってくる物』程度の認識しかあるまい、それよりも自分の周りに被害が及ばぬ方が重要なのであろうよ」


 恐らく「失敗してもどうせ死ぬのは冒険者」と言う部分が王にとって実に都合が良かったのだろう、ザッハールの希望した高額の予算と、王国軍による陽動作戦はあっさりと王に承認された。


 もちろん重臣の中には反対する者も居るだろうが、王宮での最高権力者である王が頷いて居るのだ、それに政治家としてもこの国にはザッハールに匹敵するような者は居なかった。


「ともかくこれで準備は整えられる、恐らくあのペインと言う勇者の特性を踏まえてもこのやり方が一番良いだろう、近衛など騎士は潜入や暗殺には向かぬ、そう言う役目であるならば冒険者のような者達の方が適任であろう」

「・・・なるほど」


「後はあのペインと冒険者達がどれ程やってくれるかだが、それは神のみぞ知ると言ったところか・・・」


 人事を尽くして天命を待つといったところか。まるで辣腕の政治家のような交渉を終えたザッハール・ニルスの漏らしたそんな呟きは、皮肉にもとても聖職者らしい言葉としてエウロペに耳に響いた。



_____________つづく

 


 


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