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待ち伏せタクシー

作者: n


 私は、とある田舎のスナックでアルバイトをしていた。その店は友達の親のお店で小さな店だ。


 ある日、お客さんをお見送りした後私は気分が悪くなり帰ることにした。

昼間の仕事もしていたので、次の日の仕事に差し支えるのが嫌で早めに帰れるか聞いてみたところ、幸いにもお客さんが全然いなかったので帰れる事になった。


 私はタクシーをひろって、家路につく。

タクシーの運転手がチラチラこちらを見るので、何事かと見返した。

タクシーの運転手の男は、30代くらいだろうか?

「遅くまで…お疲れ様です」

低い声でつぶやかれた。

帽子を目深に被ってるので、あまり顔がわからない。

「お疲れ様です、運転手さんも大変ですね」

「いえ、仕事ですから…」

「それでも、頑張ってますから凄いですよ。お互いに頑張りましょうね」

「えぇ、ありがとうございます…お客さんにそんな風に言われたの初めてだなぁ」

「そうですか?」

「いつも、変な酔っ払いとか、うるさい客とか迷惑な人が夜中だと多いので」

「ハハハ、大変ですね。本当に」

「お姉さんも、夜のお仕事でしょ?大変そうですけど」

「まぁ、色んな人いますから…仕方ないですよね。職業柄」

「それだけ美人だと、変な男が寄ってきたりしないんですか?」

「ははは、私モテないですから。モテてみたいですけどね〜」

「あ、あなたはそのままで…素敵ですよ」

「運転手さん、上手だなぁ〜」

そんな何気ない会話だった。

私は世間話を気分良くできて、その日は何事もなく帰れた。


別の日、私がスナックに出勤しての帰りにお店の近くにタクシーが止まっていた。

丁度いいと乗り込むと

「お疲れ様です、お姉さん」

「え?」

「覚えてます?この前乗ってくれたじゃないですか」

「あ、あぁ…」

「お仕事お疲れ様です」

「お、お疲れ様です」

「またお姉さんを乗せれて嬉しいな」

「ははは、いえいえ」

「家までですよね?」

「え、えぇ。」

タクシーは進んでいく、前乗った時に覚えられたのかな?タクシーの運転手なだけあって道を覚えるのが得意なのかも。

「あ、お姉さん。良かったらコーヒー飲みませんか?」

「え?」

「近くで夜景のキレイなところがあって…」

「いえいえ、そんな…お金ないので家まで直行で」

「お金はいりませんから!」

「え?」

「一緒に見たいなと思って…」

「お仕事中では?」

「少しくらいは融通がきくんですよ、この仕事は」

「あっ、すいません。疲れてますから…」

「そ、そうですよね。仕事終わったばかりなのに…」

「いえ」

「良かったら時間ある時は行きましょうね」

「ははは」

私は笑って誤魔化した。

こんな人に家がバレてしまったのは怖いなぁと思いながら、無事に帰れるよう当たり障りない話をしたりした。


物凄く気を使ったためか、タクシーを降りる頃には更に疲れてしまった。

「最悪」

少し古いアパートに帰ると、電気をつけた。シャワーを手早く浴びて戸締まりのため外を見ると…

「えっ?」

タクシーがいる…。何で?

私は怖くなりカーテンを閉めて電気を消した。そっと、カーテンの隙間から外を覗くと…しばらくしてタクシーは去っていった。

「なんなの…?」

私はその日はよく寝れなかった。


また別の日、私はスナックの仕事を終えてタクシーを探す。あの人に会いたくないからと、違うタクシーの会社に電話して店の前に呼ぶことにした。

しばらくはそれで、あのタクシーの運転手を回避していたが…。


紗霧サギリちゃん、指名入ってるよー」

とママから言われて驚いた。このスナックは常連さんが多く、指名などほとんどない。

だいたいは顔見知りで皆フレンドリーなので、指名せずともいい雰囲気なのだ。

「珍しいなぁ」

席について、男の顔を見る。見覚えがない。

「お姉さん、会いに来ちゃった」

声を聞いて私はぎょっとした、あの運転手だ。

「あっ、いらっしゃいませ!ははは、制服じゃないから気づきませんでしたよ」

「え?そうかな、雰囲気違うかな」

私は笑顔を貼り付けていたが怖くて仕方なかった。

「実は今日休みなんだ。給料入ったからお姉さんに会いたくて…」

「ありがとうございます、嬉しいです」

「本当に?俺も…」

男はニコニコしている、顔はまぁまぁ良い方だ。

優しそうな顔をしている。

「お店は何時に終わるの?いつも、1時ぐらいには終わるよね。遅くまで女の子が働くの心配だな」

「大丈夫ですよ?ちゃんと安全に帰れてますから」

「ほ、本当に?俺で良ければタクシー乗せるよ?お金もいらないから」

「いえ、お気持ちだけで…」

話題をそらしたくて、私は質問をした。

「あの、私は紗霧って言うんですけど…お兄さんのお名前は?」

「僕は幸仁ユキヒトって言うんだ。紗霧ちゃんかぁ…源氏名?」

「いえ、本名ですよ」

「可愛い名前だね、紗霧ちゃんはこのお店長いの?」

「1年くらいかな?でも、手伝いでたまにしか出ないんですよ」

「そうなの?本業は?」 

「本業は…副業禁止なので内緒で」

「言わないよ、絶対に」

「いえ、言えないんです。ごめんなさい、…幸仁さんはお仕事長いんですか?」

「8年くらいかな…〇✕製薬で働いてたんだけど…パワハラとかあって辞めちゃって」

「えぇ〜凄い所働いてたのに勿体ないですね、でもパワハラなら大変でしたね」

「うん、だから上司とか関係ないタクシーならまだマシかなって…」

「ご苦労されたんですね、でもタクシーの仕事も向いてますよね。幸仁さんにとって働きやすい場所で良かったですね」 

「うん、紗霧ちゃんとも会えたし」

「ははは、またまたぁ〜」

「本当だよ!」

お客さんとして当たり障りのない話をしていた時だった。

「あっれ〜?紗霧ちゃーん、今日は俺の所きてくれないのー?」

酔っ払った常連さんが私に声をかけてきた。

手を握ってスリスリしてくる。

「もう、酔いすぎ!また今度ね」

「もう、絶対だよー?それじゃあーねぇー」

とご機嫌でママに見送られて帰っていく。私はニコニコと手を振るだけだ。

「紗霧ちゃん、いつもこんな感じなの?」

「あぁ、すいません。常連さんなんですけど、最後はいつもあんな感じで」

「ふーん…、大変だね」

「いえ、いつも来てくれるし楽しい人なんですよ」

「…」

不機嫌そうだ、何とかしなきゃ。

「あ、そうだ。幸仁さんは彼女とかいないんですか?」

「彼女…いないよ。〇✕製薬の時はいたけど、タクシーの運転手になったら掌返すみたいにいなくなっちゃって…」

「それは悲しいですね、かっこいいし優しいから中身を見てくれる人がいますよ!自信持って!」

「そういう紗霧ちゃんは?」

「んー、私はいないですね。今は友達と遊んだり一人のほうが気楽かなって…」

「そうなんだ、どんな人がタイプ?」

「えー?これといって…特には」

「ないの?」

何だかグイグイ聞いてくるなぁ。

「そうだなぁ、怒りっぽい人が苦手だから穏やかそうな人とか…かな?」

「そうなんだ…良いこと聞けたな」

とニコニコとしている幸仁さん、私はこの場をなんとか乗り切りたくてその日は凄く気を使ったと思う。


その日は幸仁さんは閉店までいたが、ママが最後はお見送りをしてママに頼んで私は一緒に帰る事になった。

「あの人、何だか変な感じよね」

とママが帰りに話していた。

「だよね…実は…」

とママにこれまでの事を話した。

「何それ、もっと早く言いなさいよ!」

「ごめんなさい…」

「しばらくはお店はいいから、家もばれちゃってるんでしょ?私の娘に頼んでしばらく一緒に住んでたら?」

「そこまでは…」

「バカね、何かあったらどうするの?」

「…はい」

ママに言われて私は仕事を休んで、暫くは友達であるナナミが一緒にいてくれる事になった。


「紗霧〜しばらくよろしくね!」

「ありがとうナナミ」

「いーって、気にしないで」

ナナミはニコニコと笑っている。ナナミのお陰で不安がどんどん小さくなっていった。


しばらくは平穏に過ごせていたが、昼の仕事を終えて帰ってくるとナナミが慌てた様子で迎え入れた。

「紗霧!ヤバいよあのタクシーの人」

「え?」

「あのね、昨日の夜あたしがお店手伝った時ね…紗霧の言ってたタクシーの運転手の車に乗っちゃってね」

「大丈夫だった?」

「何にもされなかったけど、あいつ気持ち悪いのよ。私のことを待ち伏せしてたのか知らないけど、いきなり早霧ちゃんの友達でしょ?ってタクシーに乗った途端に言われて、根掘り葉掘りあんたの事聞いてきてさ、最近店に居ないとか昼間何してるかとか、会いたいとか言っててさ。」

「え?」

「顔が良くてもあれじゃ気持ち悪いよね〜。それで私知らんぷりしたのよ。さぁ?友達のこととやかく言えないからって」

「ありがとう!」

「いーって、それでねアイツそれから黙っちゃってさ、私がここで降りてシャワーあびて電気消すまでさずーっと外にいたみたいなのよ。戸締まりのチェックする時に外見たらタクシーがあったからさ」

「もうヤダ…怖い」

「引っ越そうよ、私お金貸すし足りなきゃお母さんも貸してくれるよ」

「やっぱり引っ越した方がいいかな…」

「その方がいい、私からママにも話すしさ」

「うん…」

友人に迷惑をかけ続けるより引っ越したほうがいいと私も思い、次の日は昼間の仕事が休みなので不動産屋に行くことにした。


けどめぼしい物件が中々見つからず、夕方になり帰ることにした。そろそろナナミは仕事の時間だ。

「紗霧ちゃーん」

家の前にタクシーが止まっている。瞬間、冷や汗が出た。幸仁さんがタクシーから降りてきた。

「あっ…幸仁さん」

「最近姿が見えなくて心配してたんだよ?」

「その、体調が…悪くて」

「なら出歩いちゃ駄目だよ?家に居なきゃ」

「あっ、はい」

「紗霧ちゃん、困ってたら何でも言ってね?紗霧ちゃんの力になりたいんだよ」

「大丈夫ですよ、友達も心配して来てくれるし」

「そう…」

「はい、それじゃ…疲れちゃったので休んできますね」

「玄関まで送るよ。心配だから」

「いえ、悪いですから…」

「何で?紗霧ちゃんが心配なんだよ」

「本当に、お気になさらず…」

私がアパートの階段に向かうと突然幸仁さんが、通せんぼをしてきた。

「俺紗霧ちゃんに、何かした?何で避けるの?」

「避けてなんか…本当に体調が悪くて…」

「彼氏でもできたの?それとも俺が嫌い?」

「そんな、彼氏もいないし…幸仁さんも嫌いじゃ…」

「なら、何で俺を避けるの!俺の気持ち気づいてるでしょ!」

大声で怒鳴られて萎縮してしまった。怖い…。

「ご、ごめんなさい…」

「あっ…違うんだよ。ごめんね、紗霧ちゃん…」

幸仁さんが懇願するように、私の手をにぎり何度も謝ってくる。

「幸仁さん、私は…そういう気持ちが幸仁さんにはないんです。ごめんなさい…」

「でも、そんな…直ぐに決めないで。ほら、友達からでも…怒鳴らないようにするし。沙霧ちゃん怖がらせないから」

「離してください、お願いですから」

「紗霧ちゃん!」

私は手を振り払って部屋に向かう。幸仁さんが追いかけてくる、鍵が…鍵!

ガチャガチャと慌てて上手く出来ない。早く!早く!

「紗霧ちゃん!待って、怖くないから!」

鍵が回る、慌てて部屋に入るとドアを抑えられた。

「離してください!」

「嫌だよ、俺の話も聞いてよ!」

「やめて下さい!」

「紗霧ちゃん!」

ガーン!とドアが思い切り開かれた。 

「…あっ」

私は玄関にへたり込んだ。

「紗霧ちゃん、俺君が好きなんだよ…初めて見たときから綺麗な子だなぁって…ずっと…」

部屋に入られる…。

伸びてくる幸仁さんの手に絶望すると…

「何やってんのよ!」

幸仁さんはハッとした顔になって、玄関から出た。

バタバタと走って逃げていく。入れ替わりで、ナナミが慌てた顔で駆け込んできた。

「大丈夫?何にもされてない?」

「うん…大丈夫…」

私は助かったんだと分かると力が抜けて、涙がでてきた。


その日、部屋を直ぐに引き払い荷物を運び出しレンタル倉庫に荷物を預けたあと2週間ほどで新しい新居が見つかり、もうスナックへ出勤する事もなくなった。


幸仁さんとはそれきりだ。今だにタクシーを見るとビクッとしてしまう。移動は主に自転車になった。


私はこれから先、もう一人でタクシーに乗ることはないと思います。


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