6 完結
解毒薬をナイジェルが飲まなかった事にセーラは衝撃を受けた。
(そんなに私との過去を思い出すのが嫌だったの?)
数回に分けて解毒薬が与えられるとナイジェルは回復の兆しを見せ「セーラ・・」と名を呼んだ。そうして一月後には生活に支障はない程度の状態になった。
消えた記憶も戻り、ナイジェルは戸惑うセーラを抱きしめていた。
「セーラごめん、俺を見捨てないで・・・」
ナイジェルは酷くネガティブになり、全て思い出した彼は小さな子どものようにセーラに縋っていた。
退院したものの、不安がるナイジェルを寄宿舎には戻せず、セーラは再び家賃を折半していた家を借りた。
「ごめん」と謝罪を繰り返して縋りつくナイジェルを見捨てることが出来なかった。
ハンナの実家は子爵家で多額の慰謝料をナイジェルに支払っており、家賃も生活費の心配も当面は無い。
問題を起こしたハンナは然るべき罰を受けている。
──再び同じ家で二人の同棲生活が始まった。
「なぁ、なんでケインと酒場にいたの?」
「ケインに好きな人が出来て相談されていたのよ」
「それってセーラのこと?」
「違う。パン屋のローザさんよ」
「本当に?セーラは俺と結婚するんだよね。俺、体が重くて・・・王宮騎士を辞めていいよね」
「そんな約束したわね、ナイジェルはそれでいいの?」
「俺にはセーラだけだよ。愛してる」
(嘘つき、私を思い出したく無かったくせに)
ナイジェルに抱かれても、心のどこかでセーラは冷めていた。
きっと何万回愛してると言われても、愛し合っていた頃のようにセーラの心には響かない。
ナイジェルがセーラと離れるのを嫌がって遠征にも参加できず、セーラは医療班に移って逮捕されたハンナの穴埋めに入った。
騎士を辞めたナイジェルは家でボ~っと過ごし、気が向けば家事をして、セーラが仕事で遅くなると王宮の門前で座り込んでセーラを待っていた。
門番が気の毒そうにセーラを見る。
「セーラ・・・俺、戻って来るか心配で・・」
「戻るに決まってるでしょう。ほら、立って」
手をつないで家に戻ると、セーラに纏わりつくナイジェル。
子どものように縋り、夜になれば男になってセーラを求める。
「セーラ、俺だけを見て・・・」
ナイジェルの中には記憶の葛藤があったはずだ。
愛するセーラと愛せないセーラ。
どっちもナイジェルの偽りのない気持ちだった。
葛藤の末にナイジェルはセーラの中に戻ってきた。
そこに本当の愛情があるのかセーラには分からない。
──ナイジェルがハンナに襲われた日。
セーラは酒場でケインに結婚を前提に付き合って欲しいと申し込まれた。
二人は度々会って互いに相談し合い、仲を深めていたのだ。
『ローザに告白して断られたのね』
『告白してないよ。どうも俺はセーラに本気で惚れたみたいだ』
セーラの気持ちはケインに傾きつつあった。
もうナイジェルとはやり直せないと諦めてもいた。
そんな時『乾杯しましょうよ!』と美人騎士の声が聞こえナイジェルを見かけた。
『ケジメはつけないと。俺、話をしてくるよ』
『必要ないわよ。もうナイジェルとは終わったんだもの』
だがケインは店を出たナイジェルを追いかけて、騒動に出くわした。
あの時、ケインを強く引き留めていればまた違った人生だったかもしれない。だがそれはナイジェルの死を望むことになる。
ナイジェルと再び同棲を始めたのがケインへの断りの返事となった。
清純で素直な人がケインには相応しい。
やはりこれで良かったのだとセーラは思う。
(一度は私を捨てたナイジェルが私に縋る姿に喜びを感じている・・・こんな私の愛はきっと歪んでいる)
「セーラ・・・どうしたの?何を考えてる?」
「大好きなナイジェルの傍にいられて幸せだなと思ってたの」
「ふーん、ねぇ、いつ結婚できる?式はどうするの?」
「そうね、今の職場に慣れたら、二人だけで式を挙げようか」
「楽しみだな、そうしたらセーラはもう俺だけのセーラだよね」
笑ったナイジェルの顔がどこか歪んでいてセーラの記憶の中の、どのナイジェルでもない気がした。
「そうよ、ナイジェルも私だけのナイジェルよ」
愛なのか、同情なのか、醜い独占欲なのか。
──私たちの愛は歪んでいる。
それでも一緒にいることを選んだ。
セーラはナイジェルを抱きしめると彼の美しい顔にキスを降らせた。
完結しました。最後まで読んで頂いて本当に有難うございました。