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ナイジェルは第二騎士団に異動し、過去を捨てて、これも毒の後遺症なのか妙に重い体で仕事に打ち込んでいた。
合同で魔物の討伐に向かってもセーラとナイジェルは、距離を置いていた。
事件が起こって2か月過ぎると違法毒草の解毒薬が開発された。
変異種の毒草だったので開発に時間がかかったのだ。体内に残った毒で記憶障害が起こっていると判明し、生き残った騎士達に解毒薬が配られ各自記憶は戻っていった。
ただナイジェルだけは解毒薬を飲まなかった。いや飲めなかった。
過去の記憶が戻っても、今の現在の記憶は消えないと聞かされたからだ。
「消えた記憶は封印されたままがいいです」
体内に毒が残り、この先どんな症状が出るか分からないと説明されてもナイジェルは拒んだ。
(怖くて飲めねーよ)
記憶が戻れば死ぬほど後悔する予感があった。
ハンナに騙されて愚かなナイジェルはセーラに暴言を吐いて傷つけた。その後のセーラへの態度も酷いものだった。
自分はセーラを愛していたのだろう、指輪まで用意していたのだから。
愛する記憶を取り戻してもセーラは許してくれない、自分を決して受け入れてくれないとナイジェルは思った。
そうなれば、蘇ったセーラへの愛はどうすればいいのか。
「ナイジェル!」
第二騎士団の女騎士が二人駆け寄ってくる。
「ねぇ、今夜いっしょに飲みに行かない?」
「いいよ、行こう。両手に花だな」
「やーね」
セーラとの過去は忘れてしまった。セーラとは関係のない人間になってしまえばいいのだとナイジェルは思うのだった。
女性騎士二人を連れて酒場まで行くとナイジェルは部屋の隅にケインを見つけた。
「セーラ・・・」
ケインはセーラと酒を飲みながら、なにか真剣に話をしていた。
時々二人が頭を寄せて笑い合う姿が、ナイジェルには落ち着かず不快だった。
セーラは家賃折半していた家に置いてあったナイジェルの私物を送り届けてくれた。
袋の中には衣服やセーラに贈った可愛いアクセサリーなども入っていた。
それがセーラの自分への決別の意思だとナイジェルは理解し、エメラルドの指輪もアクセサリーもナイジェルは全て処分していた。
「乾杯しましょうよ!」
大きな声で話す陽気な女性騎士二人をナイジェルはなんだか鬱陶しく感じる。
母親の死を知ってから体も心もナイジェルは重く感じていた。
過去ではそんな自分をセーラに救われていたのかもしれない。
『どこかで幸せに暮らすから』
セーラの言葉が蘇る、その場所はケインの元だったのか。
「悪い、今日はちょっと体調が悪いみたいだ」
「え、大丈夫?一人で帰れる?」
「ああ」
女性騎士二人を残し、酒場を出てナイジェルはフラフラと寄宿舎に向かって歩いていた。
「やっぱ解毒剤飲まないとヤバイのか、体が重くて洒落にならねぇ」
大通りを外れて川沿いを歩いていると「ナイジェル」と呼ばれ、振り向くと──
──プシュッ!と顔に霧状の液体をかけられた。
息を吸い込むと「ぐわああぁあ」とナイジェルは叫んで倒れ、半狂乱になり地面を転げまわると川に飛び込んだ。
川を流されていくナイジェルを、飛び込んで助けたのはケインだった。
引き上げられたナイジェルはまだ混乱していてケインに殴りかかり「ああぁぁああ」と喚き続けた。
ケインがみぞおちに一撃を加えるとナイジェルは気を失い崩れ落ちた。
「今度はうまくやろうと思ったのよ。また記憶が戻ればいいと思って」
研究所から変異毒草のエキスを盗んでナイジェルに振り撒いたのはハンナだった。
香水瓶に入れて霧状にして吹きかけたが、煙と違ってまともに濃いエキスを摂取したナイジェルは全て失った廃人のように空虚な変わり果てた姿になってしまった。
「元に戻るのですか?」
尋ねるセーラに研究員たちは「さぁね」と生返事だ。特別危険物の管理不行き届きの責任問題で彼らは揉めていた。
それとナイジェルが解毒薬を拒否したのも良くなかった。飲んでいればもう少し症状は緩和されていたかもしれない。
読んで頂いて有難うございました。