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「あ…頭が痛い。どこだここ?」
ナイジェルは見知らぬ部屋で目が覚めた。
「酒場のマスターが従業員に貴方をここに運ばせたのよ」
よく二人で食事した店のマスターはセーラとナイジェルが別れたことは知らなかった。
「・・・セーラ、辞表出したんだってな。俺のせいだよな」
ナイジェルがセーラに語り掛け、その表情には気マズさしかない。
「ナイジェルの顔見ると気分が悪いもの。チンチクリンで悪かったわね!さっさと帰って」
「悪かったな、セーラのこと何も覚えていないんだ。その・・・結婚とかは、今の状態だと全然考えられないし・・・」
「もういいのよ。ほら、お水飲んで。回復魔法かけてあげるから、終わったら帰ってよ」
セーラがナイジェルに水を飲ませて、頭に手をかざすと彼の頭痛は緩和された。
「すげぇ楽になった。体が軽い」
「それとゲロまみれだったから服は洗ったわよ、これを着なさい」
差し出された服を着てナイジェルはあたりを見回した。
「殺風景な部屋だな」
「全部処分したの。その服もゴミ袋から引っ張り出したのよ。貴方と家賃を折半していたからね、もうここには住めないわ」
「折半してたのか。・・・ここを出てどうするんだ?」
「ナイジェルには関係ない。心機一転、どこかで幸せに暮らすわ。ほら、帰った帰った!」
洗濯した服を押し付けられてナイジェルはセーラにドアの外へ追い出された。
「ああ、辞職は却下されたの、辞めるなんて馬鹿馬鹿しいものね」そういってバタン!とセーラはドアを閉めた。
「良かった、セーラが辞めたら…俺の責任みたいでヤだからな」
ケインにセーラと半同棲していたと聞かされ半信半疑だったが本当だったようだ。
それでもナイジェルはセーラに好感は持ったが結婚したいとは思えなかった。
(この好意がいつか愛情に変化していったのだろうか)
記憶だけでなく最も大切なものも失っていた事にナイジェルは気づけなかった。
昨夜ナイジェルが運ばれてセーラは動揺し、寄宿舎に戻せと言えず受け入れた。
ナイジェルをベッドに寝かせ、濡れたタオルできれいに拭いてやると彼は「みず・・・水くれ」と手を伸ばしたので口移しで水を飲ませてやった。
『もしも私が金髪美人で、すらりと身長も高ければ、また愛してもらえたかしらね』
最後にナイジェルに寄り添い彼の手を握ってセーラは眠ったのだった。
目覚めたナイジェルに、やはりセーラへの愛は消えており、思い出して欲しいとセーラは言えなかった。
ナイジェルを追い出した後、セーラは暫くドアを見つめていた。
「私ってバカね」
もしかしたら彼が戻って来るのかもしれないと期待している自分を恥じた。
彼の中で自分は消えてしまったのだ。それは毒草の副作用であって彼は悪くない。
部屋は奇麗さっぱり片付き、鍵を大家に返し、王宮に向かっていると警備隊のケインに声を掛けられ、彼から昨夜はナイジェルと酒場で話し合ったと教えられた。
「記憶が遡ったのは、ナイジェルの亡くなった母親との思い出までのようだよ」
「そっか、そういえばよく母親のことを話していたわ」
「マザコンかよ、大事な恋人を思い出せよな。ま、セーラが元気そうで良かった」
「ありがとう。ナイジェルにとって私はその程度の恋人だったのよ。今の状態じゃ結婚も考えられないって言われたわ」
「思い出した時に後悔すればいいさ。あ・・・俺はセーラは子リスみたいに可愛いと思うぞ。自信を持てよ」
「ふふ、ケインにそう言われると自信が湧いてくる。ありがとね」
赤毛のケインはちょっと強面だが正義感が強くて誠実な人だ。彼のような人と結婚すれば幸福になれるだろうなとセーラはいつも思っている。
結局セーラは寄宿舎に戻り、ナイジェルが声をかけてくれることも無く、同僚達から憐みの目を向けられることとなった。
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