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第三騎士団の生存者は5名。意識が混濁して治療室に運ばれてたが予断が許せない状態だった。
治癒士達の治療で5名は回復し、聞き取り調査などもあり、退院できたのは二十日後だった。
その間、セーラはナイジェルに会わせてもらえなかった。
家族であっても会わせてもらえないと聞き、セーラは無理を言えなかった。
毎日ナイジェルの無事を祈り、やっと退院できる日に会いに行くと、ナイジェルは治癒士のハンナと肩を寄せてセーラの前に現れた。
ハンナはナイジェルの学生時代の恋人の一人だった。
数多くの浮名を流した彼は一月ごとに恋人が代わっていた。
背が高くて美しいハンナはナイジェルとお似合いで、セーラはズキリと胸が痛んだ。
ハンナのような金髪美人がかつてのナイジェルのお気に入りだった。
「ナイジェル、良かった元気になったのね。心配したんだよ」
セーラが告げるとハンナが鼻で「フッ」と笑い「ほらね、言った通りでしょう?ああやって恋人気取りなのよ」
「ハッ!? 俺に付き纏ってるってマジ?」
「ナイジェル・・・どうしたの?」
彼の雰囲気は以前とは打って変わり、優しく愛を囁いてくれた彼とは別人のようだった。
「全然俺のタイプじゃないし、お前みたいなチンチクリンと付き合うの無理だから」
「ちょっと優しくされたら懐いちゃって迷惑よね」
ハンナはナイジェルにしな垂れかかりナイジェルは彼女の頭にキスを落とした。
セーラは夢が覚めたと思った。やはりナイジェルに遊ばれていたと理解した。
白百合の髪飾りを外すとセーラはナイジェルに投げつけ叫んだ。
「楽しかったわ!いい夢見させてくれてお礼を言うわ。さようなら!」
「なによあれ、笑っちゃうわ」
走り去るセーラにハンナは嘲笑し、ナイジェルは地面に落ちている髪飾りを拾おうとすると、ハンナがそれを踏みつけて髪飾りは壊れてしまった。
「踏まなくてもいいじゃないか。酷いな」
「いつも貴方に貰ったって自慢してたのよ、いい気味だわ」
「俺があげたのか?」
ナイジェルは壊れた髪飾りを手に取ると、なぜか懐かしい気がした。
セーラが失恋し、職場に辞表を出して二日経っていた。
泣いて涙も枯れ、ようやく落ち着いて次の住まいを探そうと思い始めていた。
「今月はまだ2週間残ってるけど一度実家に戻ろうかな」
早くナイジェルとの思い出が詰まった家を出たほうが良い。
いつかこうなるかもしれないとセーラは覚悟して付き合っていたのだ、ナイジェルの傍にいられるだけでいいと思っていたのだから。
「自己責任、自業自得・・・馬鹿だったのね」
ぼんやりしていると上司だったポーラが家を訪ねてきて、事件の真相を教えてくれた。
あの日風上で敵に乾燥した毒草に火をつけられ、風下にいた騎士たちは毒草の煙を吸い込み混乱状態になった。
仲間を切り付ける者、自決する者、崖から飛び降りた者、ナイジェルは同僚に切られて倒れた際に頭を強打し、意識を失い助かったようだ。
これらは憶測で事実はわからない。なぜなら生存者は全員記憶がないから。
個人差はあるが子どもの頃まで記憶が遡った者もいるそうだ。
「毒草の副作用と思われる記憶喪失になって、過去で一番幸福だった時期に記憶は戻っているそうよ」
「記憶喪失・・・そうですか」
ナイジェルはハンナと付き合っていた時期が最も幸福だったようだ。
(嘘つき、結婚しようって、最高に幸せだと言ったくせに)
『顔はタイプじゃない、チンチクリンだし』というのがナイジェルの本音だろう。
セーラは今まで彼に容姿を貶められたことはなかった。だけど心のどこかで彼はそう思っていたのだろう。
枯れたはずの涙がまた頬を伝う。
「セーラ、諦めないで!彼の記憶が戻ればまた戻って来るわ」
「今はハンナが恋人ですよ?」
「すぐ別れるわよ、以前も破局したのでしょう?こんなことで仕事を失うなんて、セーラらしくないわよ」
そうだ、ハンナとナイジェルは結構早く別れた。きっと1年も続いたのは自分だけだ、でもその記憶がナイジェルには無いのだとセーラは肩を落とす。
「さて、休みは終わりよ。辞表は破棄するから明日から職務に着きなさい。いいわね」
「ポーラさん有難うございます。心機一転、頑張ってみます」
「そうよ、貴方は強い人よ。頑張りなさい!」
学園で苦労して勝ち得た王宮魔術師団の座を危うく一時の想いで捨てるところだった。
恋心なんて捨てて、仕事に打ち込んで頑張ろうとセーラは決心したのだった。
読んで頂いて有難うございました。