世界一の凄腕ドクターの最後の授業
若く美しい女が私の部屋にいる。
メールを読んでいる私に彼女が話しかけてきた。
「『私は多くの人間を救っているが多くの人間を殺している』……先生のこの言葉。学生だった私には理解できませんでしたが、今の私なら理解できます。手術をした患者全員が助かるわけではない。私の力不足で亡くなった人は私が殺した様なもの……」
心も清らかだ。
患者やその家族の苦しみを自分の痛みに出来る。まるて物語の主人公の様な医者だ。
私は確信していた。
私の病院の跡継ぎは彼女しかいない。
「しかし細かいね。コーヒータイムまで計算に入れるとは」
「へへへ」
私は彼女に最後の宿題を出した。これをクリアすれば彼女は私を越える医者となるだろう。
「『一日のスケジュールを分単位で書き込み、その通りに過ごす』……先生がやれとおっしゃったんじゃないですか。これも理解出来ませんが、いつか意味が分かるんですかねぇ?」
「1日とは尊い。当たり前の様に一日を過ごせるのはごく一部の幸運な人間だけ」
「そう……ですね。世の中には突然の病気や事故で過ごせると思っていた1日を過ごせない人もいる……」
「病気や事故だけではないよ」
「……と言われますと?」
「殺人」
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ヒューヒューと言う音は私にメスで喉を引き裂かれた彼女の呼吸音。
未練だろう。苦しいだろう。いきなり尊敬する恩師に刺されるとは思わなかったろう?
「……」
「随分前から君に言っていたろ?『私は多くの人間を救っているが多くの人間を殺している』すまないな。これは私の趣味なんだ」
「……」
尊敬の眼差しが憎しみのモノに変わる瞬間は堪らないなぁ。
「な?当たり前の様に一日を過ごせるのは幸運な人間だけなのだ。不運だったね。可哀想に。こんな細かくスケジュールを決めたのにね」
「……」
力が入らないだろうに的確に止血ポイントを押さえているね。冷静な判断。
本当に君は医者として素晴らしい。
「ゆる……さない」
「いいぞ。ネガティブでもポジティブでも生きる目的は大事だ。医学では説明出来ない『人の生きる力』だ。君も見たことがあるだろう?生きるんだという強い意思を持った人間の奇跡の生還を……」
今、彼女は私が憎い。生きてこの男を警察に突きだそう。いや私がこいつを殺してやろうと生きる為の力を蓄えている。
だが私はその希望も断ち切ろう。
私は自分の腹を刺した。
私の腹から飛び出た大量の液体が彼女の頬を真っ赤に染めた。
「……!?」
「はははっ!見ろ!この出血量を!君の比ではない!私は死ぬ!君より速く死ぬ!医者なら分かるだろ!?君はもう生き残っても通報も復讐も出来ない!」
「……あ」
死んだか。
気を抜くからだ。
残念だが彼女も私の跡継ぎとして不合格だ。
出血で目が霞んでいたとは言えインクと血液も分からないか?
さ、て、と
「んあああああっ!」
私はしばらく号泣した。
こんな優秀で若い医者を失ってしまったのだ。
こんな悲しいことあるか!なんて理不尽なんだ!国益の損傷だ!こんな事許されないっっ!
「んああああ!……もしもし?うん。うん」
緊急用のスマホがなった。
『お休みの所申し訳ありません』?バカな事を言うな。患者がいる限り医者に休みなんてない。
『……もう手遅れだとは思うのですが。頼れるのは先生しかいなくて』
「諦めるな!5分で行く!私が絶対に死なせない!」
私は出来立ての死体を三回踏みつけた後に部屋を出た。




