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聖女の書  作者: 完菜


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021 ご褒美をもらう

 初めてお休みを貰った栞は、一人で領地を歩いてみようと決めていた。朝ご飯を食べて、朝食の片付けを終える。これはもう毎日の習慣になった。

 日本にいる時の栞には、朝からお手伝いをするなんて考えられないことだった。母親がやるのが当たり前だと思っていたので、手伝うなんて気持ちが全くなかった。

 日本に帰ってからも、できる時はちゃんと母親の手伝いしようと思う。それから身支度を整えて、出掛ける準備をした。ルイーダにもちゃんと断りを入れる。


「ルイーダさん、領地の探検に行って来ますね」


 栞は、元気一杯の声で言った。


「ああ。日が暮れるまでには帰っておいで。迷ったら誰かに道を聞くんだよ」


 ルイーダが、心配そうにしている。


「わかってます。でも、薬の配達で大体の場所は行ったから多分大丈夫ですよ。では、行って来ます」


 栞は、肩から掛けたポシェットの紐を握って元気よく挨拶をした。


「いっといで。気を付けて」


 ルイーダが玄関まで、見送りに出てくれた。栞は手を振って、森の小道を歩き始める。いつもはユーインと二人で歩く道。初めての一人での外出でワクワクしていた。

 森を歩きながら色々なことを考える。まず頭に浮かぶのは、ユーインのこと。いつもお世話ばかりかけて申し訳なく思っているけど、たまにイラっとしてしまうこともあるのが事実。

 ユーインは、最初に栞が感じた通り同じ年だった。栞の感想としては、学級委員長にいつも怒られているのに近い。

 今は、毎日一緒にいてちょっとうんざりすることもあるけど……。日本に帰る時は、やっぱり寂しいのかなと思う。異世界にいる期間はまだまだあるから、お別れの時を考えてもイメージが浮かばない。


 この前、あまり誰かと親しくなるのは気をつけろ的なことを言われた……。正直、栞にはイメージが沸かない。

 きっと、まだそこまで執着するような人は誰もいないのだろう。まだ、栞が異世界に来てから三カ月ちょっと。だからこのことに関しては、考えても仕方ないと結論付けている。 

 それよりも今は、聖女の書を読まないといけない。そっちを考える方が先だし、異世界での生活もやっと慣れたばかり。

 これから楽しむつもりなのだから、別れのことを考えたくなかった。


 森を抜けて、領民の家が見え始める。最初はどこに行こう? 栞は全くのノープランでやってきたので、ここで初めて考える。

 でもやっぱり、最初はショッピングからだろうと商店街の方に足を向けた。


 商店街の方に向かっていると、カイ先生の診療所が見えてくる。この診療所ももう何回も訪れた。

 いつも仕事中だからカイ先生と話す機会はそうないのだけど。カイ先生とももっと色々話せるといいなーと思いながら、診療所の前を通過する。


 通過してちょっと歩いたところで、声を掛けられた。


「栞ちゃん!」


 後ろを振り向くと、カイ先生が笑顔で立っていた。


「カイ先生。今日はお休みですか?」


 いつもの白衣を着たカイ先生だったが、まだ午前中なのでいつもなら診察時間中だった。


「ああ。今日は久しぶりのお休みなんだ。何か美味しい物でも食べようかなと思って外に出てきたら、栞ちゃんが前を通るからびっくりしたよ」


 カイ先生が、栞の傍まで歩いて来てくれた。


「そうなんですね。それは、丁度いいタイミングだったってことでしょうか?」


 栞は、声を掛けてくれたのが嬉しくて笑顔で返答する。今日のカイ先生も、大きな尻尾をゆらゆらと揺らしている。

 いつかあの尻尾を、モフらせてもらえないだろうかと栞は企んでいる。


「はは。確かに。栞ちゃんは、お買い物かい?」


 カイ先生が、大きな口を開けて笑っている。


「私も今日は、初めてのお休みなんです。だから一人で領地の探検をしようと思って」


 栞は、元気な笑顔で答える。


「なるほど。じゃーとっておきの場所を教えてあげよう。ついておいで」


 カイ先生が、栞に手を差し出した。栞は、こんな展開になるなんて全く想像してなかったのでびっくりする。

 このモフっとした手を握っていいの? 本当に? 栞は、おずおずと自分の手をカイ先生の大きな手の上に乗せた。


 するとカイ先生が、ギュっと栞の手を握りしめてくれる。とてもあったかい。そしてゆっくりと歩き出す。栞は、そのままカイ先生の後についていった。


 カイ先生は、途中で商店街の屋台から外で食べられるお弁当と飲物を二つずつ買う。それを持って、商店街の端っこまで歩いて行った。

 商店街が途切れたその先には、ルイーダが住んでいる森とは違う森がある。カイ先生は、その森の中にずんずんと進んで行く。

 栞は、一体ここに何があるのだろう? と不思議に思いながら黙って後を付いていった。


「あとちょっとで着くからね」


 カイ先生が、栞を見て笑顔で教えてくれた。栞は、素直に「はい」と答えて歩き続ける。この森は、舗装された道がある訳ではないので木々の間を抜けて歩く。

 きっと一人だったら迷ってしまうなと思いながら歩いていた。


 一際、大きな木々が立ち並ぶ場所を通過すると突然視界が開ける。目の前には、水面がキラキラ輝く湖が広がっていた。綺麗なエメラルドグリーンの湖。

 栞は、びっくりして目を見開いた。


「すごーい。綺麗―」


 栞が興奮して、大きな声を上げる。


「だろー。喜んでくれて良かった」


 カイ先生も嬉しそうだった。そして二人は、木陰に腰かけてさっき買ってきたお弁当と飲物を広げて食べる。

 栞が食べたことのない料理ばかりだったけど、とても美味しくてあっという間に食べ終えてしまった。


「カイ先生、とっても美味しかったです。ここにも連れて来てくれて、ありがとうございました」


 栞は、カイ先生にお礼を言う。


「いつも頑張ってるからね。ご褒美ってところかな」


 カイ先生が、栞の頭を雑にガシガシと乱暴に撫でる。栞が、カイ先生の顔を見ると明るい顔で笑ってくれている。

 こんなこと言ってはいけないけど、その笑顔が凄く可愛い。普段は、怖そうな狼なのに笑うとぬいぐるみみたいになって可愛いのだ。

 それに、ご褒美だなんて何だかくすぐったい。


「そんな風に思って貰えて嬉しいです」


 栞は、照れくさくてちょっと俯いてしまう。


「はは、照れてるねー。可愛い。ルイーダは、ああいう性格だからね。褒めたりなんてしないだろ? だから、代わりに僕からのご褒美」


 カイ先生が、大きな尻尾を左右に振ってニコニコしている。栞を、気にかけてくれてとても嬉しい。

 その後も、カイ先生と綺麗な湖を見ながらたわいもない話をたくさんした。やがて、栞のここでの生活について訊ねてきた。


「どう? こっちでの生活はすっかり慣れた?」


 栞は、少し考えてから答える。


「生活には慣れたけど、この前ルイーダさんから、ちょっと叱られてしまいました。ユーインに頼ってばかりはいけないよって。確かになーって反省したばかりです」


 カイ先生は、人見知りな栞にも最初から話しやすくて、色んなことを聞いてくれるからついついしゃべってしまう。


「でもそうやって、素直に反省するのは栞のいいところだと思うよ」


 カイ先生が、湖を見ながら栞を褒めてくれた。今まで、あまり褒められたことがなかったからこんなこと言われたら、何と言って返答すればいいかわからない。


「そうかな? でも、私、意気地がないって言うか……。自分がやりたいことを声に出して言えないんです。失敗するのが怖いし、叱られたくないし」


 栞も、湖の方を見ながら自分の悪い部分をさらけ出す。


「栞くらいの年齢の子なら、みんな持ってる感情だよ。一歩を踏み出すって簡単なようで難しいんだよ。でも、ルイーダは理不尽に叱ったり呆れたりしないってことだけ信じてあげて」


 カイ先生にそう言われて栞は、ストンと自分の中で落ち着くものがあった。確かにルイーダは、栞が失敗したから叱るってことはしない気がした。

 じゃー、自分が心配することなんてないじゃないかと思えてくる。カイ先生って、大人だなーって尊敬の眼差しを向けた。


「カイ先生、ありがとうございます。確かに、きっとルイーダさんはそうだと思う。私、やりたいことやってみようかな」


 栞は、珍しく前向きになれた。


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