表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/32

もう最弱じゃない

 うっわぁ、円形闘技場コロッセオまんまじゃない。


 試験会場を見て、久々に思う。


 ゲームの中の異世界に転生したのを思い出す。

 そして、あたしが、主役じゃないことも……。


 主役は、隣を歩く、ランスロット。


 並んで歩くのは久しぶりね。


 あらあら、まあまあ、彼たらっ、背が高くなっちゃって……。あたしの目線は、今では、彼の胸板あたり。


「いつも、こんなに人がいるの?」

 闘技場に面した通りには、人が溢れている。

 出店では、かき氷? 相変わらず、なんていい加減な世界なの!


 氷は、高級品でしょ!


 みんなに褒められながら、氷をバンバン作っていた幼い頃を思い出す。みんなで、あたしを製氷機扱いしちゃって……、うーん、もうっ!


「今日は、特別ですよ」

 セバス爺は、ランスロットを見る。


 口数が少ない人。何を思い、何を考えているの?


「ランスロット殿、おまえ、なんか、しゃべれ!」

 おっ、セバス爺の拳骨げんこつは、相変わらずキレが良いわね!


 その通りよ! 馬鹿っ!


 係らしき人が手招きをする。


 闘技場の扉が開かれた。


 中は、薄暗い。それでも、迷うことはない。壁に掛けられたランタンが等間隔で照らして、行き先を案内してくれる。


 ひんやりとして肌寒い空気。体をさすって体温を上げたくなる衝動を抑えた。


 壁の石材は立派に磨かれていて、丈夫そうに見える。


 会話があれば、気にならない、些細なことに気がまわってしまう。


 全部、隣の、この馬鹿のせいね。


 この、とうへんぼくっ!

 ついでに、ぼくねんじんっ!


 と叫びたい。でも我慢は大事!


 それにしても遠いわ……。


 出口が見えない長い通路。そこに、乾いた足音がこだまする。


「お嬢さまが、緊張されて、どうされますか」

 セバスに後ろから肩を叩かれた。


 緊張? 


「していません」

 そんなもの、する訳がないじゃない。セバス爺たらっ!


 あたしの試験は、免除された。


 実技も学科も……。


 ご令嬢の試験免除は珍しくないらしい。

 それでも、闘技場に立って見たかったな……。


 今の自分を知りたい。それが本音。


 なのに……。


「まさか、お嬢さまは、ご遠慮ください」

 セバス爺たらっ、ひたいの汗を拭ってごまかす。

 なんで? 言葉になってた? それとも表情?


「乱入なんて、しません」

 もう、子供じゃないんだから……、あと三年経てば、十五歳、この世界では成人よ。


 ちゃんと常識は、わきまえてます!


 でも、早いな……。

 あたしの人生の終着が、着々と迫ってきている。


 だから、なおのこと、自分を試してみたかった……。


 もうっ、セバス爺も、マーリン先生も、「お嬢さまのお相手がお可哀想です」とか言っちゃって、なんで、猛反対したのよ!


 なによっ!

 見習い同士なら、結構、良い勝負になると思うんだけどな。


 そうでしょ!


 大きく、息を吸って、肺に空気をためる。


 でも、辺境伯のご令嬢と剣を交える。そんなことは、ご遠慮したいと思う、相手の気持ちも理解できるし……。


 身分社会って、ほんとっ、面倒ね……。


 今を、ちゃんと知らないと、あたしが、成長できないじゃない。


「ねぇ、準備はできてる?」

 もう出口は、すぐそこ、ランスロットに聞いてみる。


「これぐらい、何でもない」

 ランスロットの姿が、出口の光と重なった。


 そう、何でもないのね……。


 闘技場は、熱気に包まれていた。

 通路の空気とは違う。


 それに、観客の大歓声が、あたしの耳をふさいでくる。


 観客のお目当て、そして、今日の主役。


 最年少のドラゴンスレイヤー、そして剣神の加護を持つ王子。


 主役はやっぱり、あなた、なのね。


 ランスロット、頑張んなさいっ!


 彼は、闘技台に登る、階段の一歩手前で止まった。

 空模様が悪いせいか、彼の輪郭はぼやけて見えた。


 背の低い、あたしには高くて遠い場所。

 そこにランスロットは、行こうとしている。


 階段を上がり、闘技場にいたれば、そこは、もう、あたしの目線より高くなってしまう。


 風が髪に乱されそうなの手で抑える。

 セバス爺があたしを急かした。

「お嬢さま、さあ、あちらへ」


 爺が誘う方を見ると、階段。その先には、高台になった観覧席がある。


 歓声に負けず、ランスロットは、あたしから離れた場所で、ずっと堂々と立っていた。


 あなたを、みんなが見てるのね……。

 実力と名声を兼ね備えてる、あなたは立派だ。


 でも……、放っては、おけない……。


 だって、彼たらっ、手が震えてるじゃない!


「セバス、ちょっと待って」

 歓声は、もう気にならない。距離があれば、進めば縮まる。


 少し駆け、ランスロットの背中を叩く。


「自信を持ちなさい。あそこから、あたしが、見てるんだからね」

 隠しスキル『他力本願』で一生懸命に応援するわ。

 あたしのスキルの威力は、絶対なんだから……。


 もう、だから、返事は、ちゃんと声にして!


「ああ」なんて、うめき声って言うのよ。


 ねぇ、こっちを見て!


「ちゃんと、返事!」

「はい!」


 うわぁー、いけてない返事。

 振り向きもしないなんて……。


 なんて、残念な人なのよ!


 でも、もう大丈夫かしら。

 彼には、もう、震えは見当たらない。


 ランスロットの名前が呼ばれた。


 だから、

「行ってこい!」

 ともう一度、背中を叩いた。


「いってぇなあ」

 久しぶりの乱暴な返事。


「だが、気合いは、入った」

 彼が階段を登る。


 なにを考えているのやら……。


 たくっ……。


 よっこらっしょっと観覧席に座る。

 剣を合わせ、試技を競い合う受験生の付き添いが座るここは、観客席より低い場所。でも、闘技台よりは高く、近くで見える特等席。


 歓声が頭の上を飛んでいく。あたしが声を発しても、そこに混じって、もう、彼へは届かないと確信できる。


 声援、そんなの、もう、彼には、必要ない。


「お嬢さま、あの赤毛が、バラビー公爵のご子息、アンドリュー様です」

「バラビー?」

「ランスロット殿が、レッドドラゴンを倒した地の領主、そのご子息です」


 へぇーー、

「強いのかしら?」

「剣士の称号は、得ていると伺ってます」


 そう、剣士なんだ。

 なら、丁度良いわね。


 あたしだって剣に覚えはある。ランスロットが剣士と打ち合うなら、それを物差しにして……。


 今のあたしを知ることができる。


 開始を告げる、ドラが鳴らされた。

 会場が静まる。


 固唾を飲み込む空気を打ち消したのは、アンドリューの掛け声だった。間合いを詰めて、上段から、ランスロットへ斬りつける。


 綺麗で美しい型、何度も剣を振らないと、そうはならない隙の少ない形。


 あれ、でも、遅い……。


 ランスロットは、半身を動かして交わす。


 それも、そうだ。あれは、遅い、あたしが十歳の頃より、ずっと、ずっと遅い。


 なら、ランスロットにとってはもっとだ。


「お嬢さま、あれが剣士です」


 そう、あれが剣士なんだ……。


 ランスロットは、数回、相手をかわすと、一撃で勝敗を決した。得物えものを弾き飛ばされた、アンドリューは、うつむいたまま、しばらく呆然と立っていた。


 あら、なにか言葉を交わしたのかしら?

 そんな、素振りを見せ、アンドリューは闘技台を降りた。


「彼も、恥じることはない、アンドリュー殿の剣は素晴らしかった。お嬢さま?」


 なんだろう。そうか……、あれが、剣士。

 きっと、あたしは彼よりは剣を振れる。


 もう最弱じゃない。

 そう思うと夢を見てしまう。ずっと密かに思ってた、あの夢だ。


 運命が決まっているなら、変える。もちろん、そのつもりは変わらない。でも、別の道を探すのではなく、シナリオ通りの未来を真っ向勝負で打ち砕く夢。


 そんな、危険をかえりみない、大馬鹿な夢。


 ゲーマーなら、誰でも挑戦する無謀な勝負。それに、命をかける資格があるかもしれない……。


 そんな、夢……。


「ありがとう……」

 これは、セバス爺に言った。「強くなりたい」、その願いが最弱でないという形で叶っている。


「そんな顔で、ランスロット殿の前に出てはいけません」

 セバス爺が手渡してきたハンカチを断り、自分のを使う。


「嬉しいだけよ」

 これは、自分で自分を、ほめた言葉、半分は、ランスロットにも……、きっと彼も、凄く強くなっているのだろう。


 でも、きっとそう。

 彼は、ずっと、ずっと、あたしより、頑張ったんだから……。


 絶対にそうよ。

 あたしなんかより、もっともっと先に、きっといる。そう思う。


「お嬢さまは、既に、『剣士』の資格があります」

 セバス爺も唐突ね。それが、女の子にいう言葉なのかしら……。


 ここに来る前、セバス爺との試験を思い出す。


 あたしは、時間内にセバス爺に一撃を入れることは出来なかった。だから、『剣士』の資格は辞退した……。


「ええ、ごめんなさい」

 あれは、あたしが『剣士』の資格を受け入れないのを、セバス爺が驚いていたのね。


 まったく、もって、恥ずかしい。あたしって相当、馬鹿じゃないかしら。


 自分は最弱とずっと思っていた。でも、人並みになれた。


『辺境伯のご令嬢』という肩書き以外、何もない、自分にも、生きるための最低限の力はあるのだ。


「ここに来て良かった……」

「左様ですな」


 お父さまの猛反対を押し切り、ここへ、王立騎士学校に来た。


 貴族社会の政治はわずらわしい。それに、政治は嫌い……。


 でも、逃げるなんていう、選択肢はない。


 稲光がする。空を覆う黒い雲からは、ゴロゴロという音。


 そして、雷鳴!


「キャッ!」

「クラリスは、雷が、怖いのか」


 立ち上がった場所には、彼の胸板。

 やだっ、今は、恥ずかしい……。


 泣き顔なんて……。


「ここは、騒がしい、早く出よう」

 彼が、あたしの頭にポンと手を置いた。


 鼻をすする。みっともない顔を見せたくないので、目線を足元へ、そして、うなずいた。


 泣くなんて、子供みたい……。

 でも、もっと進める!


 できれば、入学前に学園を見ておきたい。

 道に迷わないよう、一緒にそれをしたい。


 少しの時間、それぐらいなら、雨も降らないわ。


 闘技場を出ると、ランスロットの相手をしたアンドリューが待っていた。


 お互いの健闘を讃える。そんなことは、貴族政治のうちだ。


 そんなの、後でいいじゃない!


 ランスロットと並ぶと、赤毛のアンドリューの方が背が高い、それに身体も大きい……。そういえば、彼ってば、パーティーの盾役だったかしら……。


 突然。アンドリューは、あたしの手を取った。未だに、慣れない紳士がする、あのご挨拶をする気ね。


「僕は、あの場にいたのですよ。『氷の姫君』、クラリス様」


 彼は、手の甲に口づけをした。

 気持ち悪いわね。それに、『氷の姫君』ってなに……。


「だから、君は隣にふさわしくない」


 彼は、言った。


 バラビー公爵の息子、あたしが何も出来ないで気絶した、あの場にいた、その人が言う。「隣にふさわしくない」と言う言葉。


 その後、彼がランスロットと何を話したかなんて知らない。そんなに、あたしは強くない。


「セバス爺、帰りましょう」


 ランスロットが何か話しかけてくれた。励ましてくれたのかな? でも、ごめんなさい。


「雨は、嫌い。嵐は、雷がこわいから、もっと嫌っ!」


 あたしは、何も成長していない。


 褒められてばかり、人から叱られることなんて少ない。


 だから、あたしの心は、最弱になったんだ。


 邪神に挑むなんて、いえ、このままじゃ、卒業してパーティーメンバーになれるかもあやしい。


 全然、強くなってない。

 心が弱いものは、土壇場で絶対に負ける。


 そんなのは、絶対に嫌っ!


 屋敷に戻り、学園の下見はしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ