王都
王は、あたしの王都来訪に兵三百の随伴を許したという。
馬鹿なの?
そんなの恥ずかしいに、決まってるじゃない!
だから、随伴の護衛は、五騎ばかりで勘弁してもらった……。
これには、まあ、目をつむろうと思う。
隣りには、史上最年少ドラゴンスレイヤーのランスロットが座っているのよ。王国中に響き渡っているであろう、その名声は、それだけで十分のはず。
本当は、護衛すら必要ないと思うわ!
それにしても、彼、生きてるのかしら?
隣りのドラゴンスレイヤーから寝息すら聞こえない?
ねぇ、大丈夫?
静寂が外を聞かせる。
車輪が道の変化を奏でた。整備された石畳。振動に揺らされないよう力が入るのは、きっと会話がないせいだ。
気がつけば、町のはずれ。
もう、十二歳……。
それなりに、辺境伯の立場と意味は理解している。
令嬢としての立ち居振る舞い……、そんなのは……。
政治は嫌い。
馬車が止まった。
「着いたわよ」
ランスロットに声をかけた。
彼は、生きていた。
静寂の元凶、ランスロットはうめき声をあげる。「ああ」とか「うう」は、返事とはいわない、これ常識。
森の空気は、美味しい。小鳥の鳴き声は、誰かさんとは違い、可愛らしく唄い歓迎してくれる。
森の中、川のほとりに、王都で暮らす、お屋敷はあった。
それにしても、これが、お屋敷?
なにこれ、ぜんぜん、可愛くないっ!
これは、壁よ。そう、大きくて、高い壁っていうの!
そこの、扉が開く。
鉄製の重そうで、可愛いの欠けらすらない扉……。
丈夫だけが取り柄です。という頼りない扉ね。
「お嬢さま、お待ちしておりました」
先に着いていたセバス爺が、お辞儀をする。すぐに。彼は、あたしの背にいるランスロットとヒソヒソ話。
この二人、最近、なんか、あやしいのよね。
「そ、そんなことはしていない」
久しぶりの彼の声。なんだ、喋れるのね。
ジド目で彼を見る。
「ほれ、お嬢さまの目は、否定しておるぞ」
セバス爺の見せる表情は、あたしの時とは違う。なんだろう、お父さんって感じ?
なにを揶揄われたのか、ランスロットも、まあ顔を赤くしちゃって、それじゃ、まるで子どもみたい。
壁側に雑草が生えていた。名も知らぬ植物の葉に、カエル。目が合った気がした。
馬の鳴き声が聞こえる。見知らぬ馬車が近づいてきた。
「お嬢さま、ランスロット殿の迎えが参られました」
迎え?
「お聞きでない? 殿下は、城へ挨拶へ行かれます」
「そう……」
こら! ランスロット、目をそらすな!
「直ぐに、帰ってくる」
「そうね、待ってるわ」
お屋敷の部屋からの眺めは、思っていたより、まともだった。
「高い壁が、台無しにしてるわ」
そんなだから、お父さまは、勘違いをされる。
壁で見たカエルを思い出す。
ランスロットとの初めては、カエルからはじまる。
あの時の、お父さまは、本気だったのかしら……。
隣の部屋に明かりがともることは無かった。
朝、王からの知らせがきた。
「第三王子ランスロットは、城で暮らす。辺境伯は、役目を十分に果たした」
勝手なものね……。
空は、重い黒い雲が覆っている。
嵐は好きじゃない。稲光も、雷鳴も、あたしから思考を奪い、恐怖だけを強調する。
セバス爺と共に、壁の扉を開ける。
馬車が、当然のように準備されていた。
その扉が開く。
細かい装飾で丁寧に彩られた木製の扉は、丈夫だけが取り柄の鉄製扉とは違い、軽やかに道を開く。
「クラリス、おはよう」
ランスロットが扉を開けた。
少しの疎遠は、覚悟していた。そんなものは、あたしの運命に影響はしない。
やるべきことは、ずっと決まっている。
セバス爺が背中を押す。
「さあさあ、ぼおーっとされてないで」
え? あ、そうね……。
「ここでも、あたしと一緒なのね」
「王国が、君を守るのは当然さ」
な、な、なにが「当然さ」、よ!
今度は、セバス爺も乗って来ちゃった。
「お邪魔ですかな」
なぁーにぃー、そういう含み笑い、似合わないわよ。
「それと、ランスロット殿」
セバス爺が、ランスロットの頭を叩く。
馬車の窓が振動をする。今度は、そこにヒビは入らない。
「お前が、お嬢さまの隣りいるのは、当然だ」
セバス爺の言動は、時々、礼節を欠いている。
彼は、痛がる素振りも見せない。
さすが、丈夫が取り柄のランスロットね。
でも、声は大きくなさい。
彼は、小さな声で、「そのつもりだ」と言った。
あらあら、まあまあ、今日の試験、覚悟なさい。
全力で『他力本願』をしたゃうわよ。




