冒険のはじまり
あの一件……。
あたしが気を失って、みんなに迷惑をかけた、ジャガイモ畑の一件以来、ランスロットとは疎遠になった。
それは、あたしの望み通り……。
でも、彼の稽古すら見ることもかなわない。
あの日以降、ランスロットは、お城の地下室で稽古をしてるらしい。お父さまも、詳しい内容を教えてくださらない。
まったく。
「あら、ランスロット、おはよう」
「お、おう」
すれ違った彼は、振り返ることなく歩いて去った。
なぁーにぃ、あの態度!
でも、いいわ、あたしの『他力本願』は、あなただけに使ってあげる。
しっかり覚悟して頑張りなさい、全力で応援をしてあげるわっ!
あたしは、マーリン先生の最終試験を受けるため、城を囲む、湖の岸にきた。
「クラリス、教えたとおりにしっかりやんなさい」
マーリン先生の長い髪が風に泳ぐ。エルフという種族の彼女は、お母さまと、とっても仲が良い。そして、お母さま同様、凄い美人。
背が低いあたしと違って、高くすらっとしたボディラインはモデルさんみたいで羨ましい。
あたしはチビのまま。それに髪なんか……、銀色になっちゃって、おばあちゃんみたい……。
火傷で苦しむ人を見て、気絶しちゃうなんて……。
あたしって、ほんと、最悪……。
ランスロットも、そんなあたしに失望してるんだわ。
なによ! バカッ!
「どうしたの? 早くやんなさい」
「はいっ!」
あたしは湖の湖面にそっと手を当てる。
彼女から与えらた試験内容は、城を囲む湖の全てを凍らすという内容。それも、魔力を解放せずに、だ。
湖面は波打っている。やがて、意識が波に溶かされて、あたしの意志と……、一つになった。
氷結!
キーンという耳鳴り。
時が凍った。
できたっ!
でも……。
「すごいわ!」
マーリン先生てば、優しい……。
「ごめんなさい」
でも、ちゃんと謝らないと……。
「え?」
ダメよ、ダメは、ダメって言わないと、ダメ。
「せっかく長い期間、ご指導をいただいたのにごめんなさい」
「え? え?」
「あたし、湖全部は凍らせられなかったわ。不合格ね」
これで、魔道士の称号は得られない。魔法使い見習いのまま……。
「えーーーー!」
「だから、表面だけなの、本当にごめんなさい」
「えーーーーーー!」
あたしだって、びっくりよ。できると思っていたけど、無理でした。ごめんなさい。
「えーーーー! え? えーーーーーー!」
マーリン先生の悲しみが湖に響き渡った。
その翌日。
ついに、この日がやってきた。
物語のチュートリアルがはじまる、王立騎士学校へ旅立つ日。
結局あたしは、魔道士の試験は落ちて、魔法使い見習い。セバスの試験も落ちて、剣士見習い。強くなっておらず最弱のまま……。
そうそう、セバスの驚きも凄かったな。あんだけ、一緒に頑張ったのにごめんなさい。
セバスたらっ、優しいから自分を責めて、血を噴き出すほど壁に頭を打ちつけてたわ。あまりにも、痛そうだったから、習ったばかりの魔法で癒やしてあげた。
治癒魔法。
荒事になると、気絶するあたしにマーリン先生か授けてくれた魔法。
まだ、たった二年しか練習をしていない、頼りない魔法。
馬車の中、ランスロットと二人きり。
彼は、ずっと黙ったまま……、あたしの顔すら見てくれない。
そういえば、たった一度の彼との旅行。
その行きの馬車を思い出す。
彼たらっ、セバスに拳骨されてたわ。
ほんと、馬鹿ね。
車窓にヒビは無く、景色は美しく見えた。
ふと、汚れが気になる。
息を吹きかけ、ハンカチをこすると、その汚れはガラスの外側と知った。そこを見ない、そうすれば景色が綺麗、でも、そこが気になる。
「ねえ」
ランスロットに声をかける。
もうあたし達も十二歳になった。
彼の顔もずいぶんと成長し、少し、たくましく見える。
少しぐらい悪口を言ってもいいのよ。
なーんて、心にもないことを思う。
「ちょっとふれるわね」
彼の肩に手をおく。
直前まで、稽古をしていた。そんなの、あたしが見ればわかるのよ。いつだって、あなたのことは、見てるもの……。
教わったばかりの治癒魔法。
どれほど効果があるか……。
でも、少しの力には……なる。
「ありがとう……」
ランスロットの奴、こっち向きなさい!
「勘違いしないでね。明日、入学試験なんでしょ。あたしに恥をかかせないで、ちょーだい」
ほんとっ、あたしって嫌な女。生意気な言動は、悪役令嬢そのままね。
でもね、でもね、それでいいの。
あたしの『他力本願』はあなた。
そして、あたしは、ハッピーエンドを目指して全力で頑張るわ!
王立騎士学校。
ここから物語ははじまる。