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頑張らなくていい甘い世界

 少女が地に伏した。


 セバス爺は、「お嬢さま!」と叫びながら駆け寄る。

 ランスロットは、こぶしを硬く握りしめた。そこから、大きな血の塊がぽたりと大地に落ちた。


 大地は静かに血を受け止めて、黒いシミを残すようにして、吸い込んだ。


「クラリスは……」

 ランスロットの唇は青い。


「大丈夫、脈はある。気を失っておいでだ。それにしても……」

 セバスは唇を噛む。

「なにが、剣聖だ。大陸最強だ。たった一人の女の子の……。その、心を守れんとは……」

「そんな、セバスだけの……」

「黙れ、小僧! それと、工事長、早く手当をせんか!」

 セバスの激昂に、工場長が慌てる。


「こっちではない! 火傷した農夫たちの手当を急げ!」

 セバスは、クラリスを抱えた。力が抜けた彼女の手足を、重力が下へ強く引っ張っている。


 魂のないお人形にような姿、それでも、温もりは、セバスに伝わる。


「俺が代わる」

 セバスは、ランスロットを睨む。


「いや、クラリスさまは、僕に運ばせてください」

 彼はうつむきながら、それでいて紳士的に見える態度。


 そんな、ランスロットのこぶしから、また、血の塊が……。

「悔しいのか小僧」


 ランスロットが、うなずく。


「なら、お嬢さまの重みを受け取れ」

「重い? そんな……、こんなに軽いなんて……、体だって」


「細いだろ。軽いだろ。小さいだろ……」


 ランスロットは、また、うなずく。


「ワシらは、なにをしていた? いや、なぜ、ここに来た?」

「ドラゴン討伐……」


「それは、なんの為だ?」

「ここの人たちが困っていたから……」


「討伐して人を助ける。そのために、多少の犠牲は覚悟をしておった。なにが、剣聖じゃ……。お嬢さまは、少しの犠牲も、許されない」


 風が吹いた。二人の間を強い風が駆け抜けた。


 それは、気温差から生じた、強い風。


「お前も、お嬢さまの魔力のことは、知っていたはずだ」


 ランスロットが、三度みたび、うなずく。


「知っていた……。こいつが……。いや、クラリスが頑張りすぎだって知っていた。剣だって、あんなに……」

「そうか、それで、なにを思う」

「強くなる、もっともっと、強く強く! クラリスが頑張らなくても、誰も犠牲が出ないくらい、強く、強く、強く!」


 セバスは、工場長をつかまえた。


「おい、ドラゴン討伐は、ランスロットの功にしろ」


 工場長は驚いた。


「なにを言ってんだよ。俺は」

「黙れ!」


「俺は、なにもやってない! みんなは、クラリスが助け、守ったんだ!」

「そんなもの、強くなって、まことにすれば良い」


「なんで!」


「人の功を奪うは恥。ワシが、その責を負う覚悟だった。それは、小僧に譲ってやる」


「なんで」

 ランスロットは、二度、同じ返事をする。


「ふん、知れたこと。お嬢さまが、自身の力を知れば、すぐ、その力で人を救おうとなさるだろう」


「なんで……」

 これで、三度みたび


「髪がまだ、白銀に輝いてらっしやる。その輝きは魔力。源泉が命の尊い魔力」


「な……」

 ランスロットは、もう言葉を失った。


「良いか! 聞け! ドラゴンを倒したは、王国の英雄、ランスロットじゃ! 異論があるものは、この剣聖セバスが、国ごと、たたき斬る!」


 風がやむ。

 熱気と冷気が混ざりあい、心地よい温度となった。


 ランスロットは、大切に、大切に、そっとクラリスをベットに寝かす。


「小僧、もしやと思うが、クラリスさまのことが、好きか?」

「好きとは違う……」


 ランスロットは、ゆっくりと布団をクラリスにかけた。


「なら、クラリスさまを守りたいか?」

「うん、俺は、クラリスを守る。そして、彼女が頑張らなくて良い世界を……」


「そうか、ランスロット、お前を、男にしてやる!」

「なっ、なっ?!」


「なにを顔を赤くしておる。ませ餓鬼が!」

 セバスは、ここで初めて表情を緩めて笑った。


 彼は、大笑いをした。


「好きな女を守って、望みを叶える。それが、男だ」

 ガシッとセバスが、ランスロットの頭をつかむ。


「じゃあ、俺は、ならない……。クラリスを好きには、絶対にならない」

「は?」


「母さん、いや母君は、いっぱいいる。兄弟は、みんな、母君が違う。怒りっぽい母君、いつも俺を無視をする母君、笑わない人……。いろいろだ」

 ランスロットは、セバスを見る。


「いろいろだけど、どの母君も、寂しそうだった」


 ランスロットの瞳はうるんでいた。セバスは、深いため息をつく。


「俺の最初の妻は、王が決めるらしい……」

「それで?」


「俺は、不器用だ。きっと一人しか愛せない」

「だから、なんじゃ?」


「最初の妻を愛する。寂しい思いは、させたくない」


 セバスは、がっくりと肩を落とす。


「男しては0点の答えじゃ」

 彼は、「まったくつまらん」と吐き捨て、

「お嬢さまの騎士としては、百点じゃろう……」


「まったく、つまらん男じゃがな」

 セバスは、ランスロットに顔を寄せて言った。


「俺は、クラリスを守る。彼女を頑張らせない」


「お嬢さまが、他の男と良い仲になってもいいのか?」

「クラリスが望むなら」


「まったくもって、つまらん! じゃが、強くなってもらう。誰よりも、高いいただきを目指せ!」


 ランスロットは、強くうなずく。


「旦那さまは、ワシより強い、覚悟しろ」


 セバスは、病室の出口の方へ歩きながら、

「お嬢さまの魔法の修練は続ける。制御できないは、ご自身が危険。それと、ワシの稽古も、続ける。クラリスさまは、今のお前より、剣も強いぞ」


 そして、最後に一言。

「二人きりにしてやろう。間違いを起こすなよ」

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