氷の姫君
「パラビー地方の火を吐く可愛いトカゲを退治に行きます」
セバス爺は言った。
火を吐くトカゲか……、可愛い?
トカゲは可愛くないと思う。
「なら、あたしも行く!」
トカゲなんて興味ないわ……、でも、場所が良い。
バラビー地方は、あれの名産地。
揚げたてのポテチを食べてみたいわ!
あたしの一言で工場見学は決定した。でも、兵士一万の護衛はいらないわ。ちょっとした遠足気分が台無しになっちゃうもの。
屋敷の人が総出で見送ってくれる。
「お嬢さまがいなくなると、暑くて大変です」
とか、
「早くお帰りください、お掃除が大変です」
とか、
「お嬢さまがいらっしゃらないと食材が腐ってしまいます」
とか……。
なにそれ、あたしは、クーラーで掃除機で冷蔵庫なの? 便利家電じゃないのよ!
「お嬢さま、もしもの時は臣下一同、領民共々、馳せ参じます」
皆のものが、頭を深々と下げてくださる。
「大丈夫よ」
あたしは、ランスロット以外に、隠しスキル『他力本願』は使わないことにしている。だって、このスキルが最弱の原因なんですもの……。
「そのような、寂しいことは申さないでください」
ほんとっ、あなた達って……。
どこまでも、あたしに対して甘いわね……。
なら、
「約束して頂戴」
「なんなりと、お申し付けくださいませ」
皆の目が、あたしに集まる。
「からだを大事にして、病気なんかしちゃダメよ」
「お嬢さま!」
「それと、頑張りすぎにも注意なさい」
「そんな、もったいないお言葉です……」
だから、泣かないでよっ!
あなた達が、ほめてくれるから、あたしは強くなれるのよ!
そう、あたしは、あなた達を利用するの。
「約束しますは?」
あたしの周りは、涙もろい人が多すぎる。
「はい、約束をいたします」
なんて、優しい人たち……。
そして、あたしにとって都合のよい世界。
あたしは、『ほめられたら伸びる子』なんだから、あなた達を利用して、自分で出来ることは、自分でする。
多分、その道がハッピーエンドにつながっている。
そして、この馬車はなに!
いえ、馬車には文句ないわ。セバス爺と向かい合って座っているのも納得できる。でも、ランスロットが隣りはダメよ。
「ひゃっ!」
ランスロットに脇腹を突かれた。
「うわっ、ブスが睨んでくる。こわっ!」
「こらぁ、ランスロット! お嬢さまに失礼を申すな!」
セバス爺がランスロットに拳骨を落とした。衝撃波で馬車の窓にヒビが入る。せっかくの車窓が台無しよ!
「いってぇなぁ! 馬鹿セバス!」
ランスロット、あなた、本当に丈夫ね。よしよし、あらっ、いけないっ、嬉しくて彼の頭をポンポンしちゃった。
ランスロットは大嫌いだけど、彼の強さは頼りになる。
「やめろよ」
彼に手を払われた。そして、こいつ、あたしにだけ聞こえる声で、「ブス」って言ったわね……。
この子ったら、セバスに叱られるのが怖いのね!
あらあら、まあまあ、絶対に好きになれないわ!
「そういえば、お嬢さま。この間、マーリン殿が血相を変えておられました」
「その件なら、ちゃんと承知してるわ」
マーリンは、あたしの魔法の先生……。
この間、初めて叱られたのだ。
よほど、あたしの姿がひどいみたいで、それは、やっちゃいけないって、厳しく注意されちゃった……。
誰かのせいで、ヒビが入った風景が一変する。
目的地のバラビーに着いたのだ。
見渡す限りのジャガイモ畑、そして、異世界に似つかわしくない、とても近代的な工場が建っていた。
なんて、いい加減な……。
「クラリス様、お待ちしておりました」
「ほら、ク、ク、クラリス、でっかいミミズを捕まえたぜ!」
工場の人に、ご令嬢らしいあいさつを披露した。
クククッと笑い、ちょっと早い厨二病に目覚めたランスロットは無視。
ミミズ?
はいはい、ぽいっ!
「なにか、ご興味は、お有りですか?」
そうね、昨晩から、ずっと楽しみにしていることがある。
「出来れば、ジャガイモを掘ってみたいと思っております」
工場の方が、口を開けて固まった。
「お嬢さま、いけません」
セバスは、ダメと言う。
「ほら、クラリス、バッタを捕まえたぜ」
はいはい、ぽいっ!
「もしかして、まだ早いのかしら……」
「はい、あと一ヶ月ほどすれば……、もっと早くにお知らせすべきでした。まさか、ご令嬢が土いじりをされるとは……」
そうね、それは、心得ているわ。
でもでも、楽しいそうじゃない、掘り立てジャガイモで揚げたポテチ……。
きっと、素晴らしいわ!
「皆さん、お逃げください」
畑から農夫たちが駆けてきた。
遠くで煙が上がる。
炎が畑に燃え広がった!
「もう、炎の勢いは、止められません」
なんですって!
「この畑はダメです。しばらくはポテチの生産も……」
な、な、なんですって!!
セバスの空気が変わる。ランスロットも、それに同調した。
また、一人、畑から農夫が逃げてきた。
彼の作業着が燃えている。
苦しそう……。
ポテチがしばらく食べれない、それはいい、我慢出来る。
でも、苦しそうは違う。
みんながあたしを褒めてくれるから、あたしは頑張れる。それに、『他力本願』なんてズルいスキルを所持してる悪い女。
ほんと、悪役令嬢じゃない……。
でも、苦しんでる人を放っておくなんか、絶対にいや!
いやなの!!
だから、マーリン先生、ごめんなさい。
あたし、約束を破るわ!
魔力を一気に解放させる。
周囲の気温が下がる。
炎は、全て消え去った。
真夏に雪が降る。
その少女の髪色は白く、肌は透き通っていた。
すべてを冷気で支配する「氷の姫君」
王国随一の魔法使い、マーリンが驚愕して恐れた姿だ。指導者が「あれはクラリスの命を喰らう」そう思い、禁じた姿。
先生、ごめんなさい!
あたし、約束やぶります!
大気を支配し、元凶を氷に変える。
今は、豆粒に見えるそれが、小山ほどあるドラゴンとは彼女は知らない。
氷ついたレッドドラゴンは砕けて、キラキラとしたクズを残して消滅をした。
よほど、あたしの姿はひどいのだろう。
みんな、なにも語らず、とても静か……。
ランスロットくらいは、「雪だるま女」とか悪口を言ってよ……。
頭がクラクラする……。
とても眠いわ……。
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