努力はしません
あたしが強くなりたいと願った日から、お父さまは環境を整えてくれた。
剣はダメと言われたので、魔法と様々な学科の家庭教師がついた。
本当は、ヒロインの騎士みたいにカッコいいを目指したけど、どうもこうも、あたしは最弱だけあって鈍臭い。
でんぐり返しすら出来ないと悟った時、その身体能力の低さに絶望したくらいだ。それに、激しい運動は皆が止めるから、やっても見返りが少ない……。
「よお、ぽっちゃり」
窓から入ってきたのは、ランスロット。
ここは三階というのに、窓から入ってくる……抜群の身体能力ね。彼の成長が微笑ましい。
邪神を一撃で倒すくらいの俺ツエになってくれたらいいのに……。
「おい、ぽっちゃり! ぽっちゃりてば!」
もう、この呼ばれ方にも慣れたわ。
最初はムッとしたけど、これも、あたしの計画通りね。
小さい頃は、虫をいっぱい持ってくる嫌がらせをされた。そして、ついに、彼の中で、あたしはぽっちゃりさんなった。恋は遠い。
あたしも彼に恋心を抱くことはない。
「また、勉強か? お前は、本の虫で偉いな」
はい、ほめ言葉を頂きました。これで、あたしの学力は、また伸びたと確信できる。だって、隠しスキル『ほめたら伸びる子』の効果は、絶対だもん。
彼は、しばらく大人しく窓枠に座っている。風がそこから流れてきた。カーテンが柔らかく踊る。
顔立ちの良い、無邪気な少年がそこにいた。
「おいっ!」
彼と目が合う。慌てて本のページをめくった。
「ちっ、じゃーな、デ、デブ!」
「なんですってっ!」
デブじゃない、まだ、ぽっちゃりよ!
彼が大笑いをした。
「うっわ、デブが怒った! こっわ!」
せめて一撃。
でも、彼も流石!
あたしが窓に来たときは、もう彼は中庭に降りていた。
かれは、アッカンベーをしてる。
ふっ、油断ね。
あたしには、魔法の先生に褒められて強化されてるとっておきがある。
手のひらに冷気を込める、小さなボールほどの氷塊が出来上がった。
「デブじゃない、ぽっちゃりよっ!」
氷の塊を投げると、丁度、お尻ペンペンをしていた、彼のそこへ命中。コントロールだって褒められてるのよ。
中庭にちょっとしたクレーターが出来てしまった。
でも、彼なら平気。ちゃんと立ち上がって、何か語りかけてくる。
ランスロットは、努力家で剣の稽古を欠かさない。最近は、お父さまも褒めていた。
同じ家庭教師から教わり、午前中は机を並べて勉強をしているから知ってる。剣以外も手を抜いていない頑張り屋さん。
あたしみたいに、「ほめたら伸びる子」なんていうスキルで成果が保証されていないのに、努力をしているのだ。
そして、あたしの『他力本願』の相手。
ズルいあたしは、絶対に彼を裏切ったりはしない。
それが、あたしの罪のつぐない。
でもでも。
「しつこいわよ! バカッ!」
絶対に好きになれない。
両手を頭の上にかざし、雪だるま相当の氷塊を投げつけてやった。
中庭の噴水が派手に消し飛ぶ!
「ブース、ブース」
ランスロット、あなた、なんて頑丈なの!
そして、バカ! 大嫌い!
バタンと窓を閉め切った。
夜の虫の声が聞こえはじめた。
昼間は、ランスロットのせいで、中庭が消し飛ぶという騒ぎがあったらしい。
あのバカは、お父さまにこってりと叱られた。
ブスとかデブとか、ホントッ失礼な奴……。
扉がノックされる。
いつもの時間だ。
「こんばんは、クラリスお嬢さま」
セバス爺が部屋に入ってきた。
「いつも、無理を言ってごめんなさい」
彼には、あたしのわがままを聞いてもらっていた。
「いえいえ、クラリスお嬢さまのおかけで、真夏でも屋敷は涼しくて快適です」
などと誉めてくれる。
あたしは常に、屋敷の温度を快適に調整をしている。最初はうまく出来なくて気絶をしちゃったけど、皆がほめてくれるから、十歳になったあたしは無意識でも出来るようになった。
恐るべし『ほめたら伸びる子』といったところね。
「今日は、派手にやりましたね」
セバス爺のキツイ一言。
彼は、優しいけどちゃんと叱ってくれる人。
だから、わがままを聞いてもらっている。
「今日も稽古をお願いできますか?」
「はい、お嬢さまの仰せのままに」
人気のない、屋敷の秘密の場所。
そこで、あたしはセバスと剣の稽古を、あの日から欠かさずに続けている。
今では、氷で剣を作って、セバス爺と実戦形式で打ち合いをしていた。
氷の剣が弾き飛ばされる。
「お嬢さま、まだまだ手元がお留守ですよ」
彼は、あたしのダメをちゃんと指摘してくれる。だから面白いのよ!
もう一度、氷の剣を作る。
「お嬢さまは、本当にあきらめが悪い」
セバス爺は、あたしが疲れて倒れるまで、ずっと打ち合ってくれる。
でんぐり返しすら出来ない、あたしは剣は苦手。
さらに、セバス爺はほめてくれないから、上達もおそい。
「今度は、足がお留守です」
セバスは、足を払って、あたしを転ばした。
厳しいわね……。
でも、面白い!
スキルに頼らず成長できる自分がいる。
壁は乗り越えなくてもいい。
壊さなくてもいい。
そこに、壁がある。
それを知る。それが大切。
だって、別の景色がその先に広がっている。
それを思い描くことができるのだ。
脇腹を剣で払われた。
「油断、しすぎです」
「あたたたた」
ホントッ、容赦ないわね。
もう一度、剣を構える。
「お嬢さま、楽しそうですね」
「ええ、楽しいわ。手加減は、ダメよ」
「私も心苦しいですが、お嬢さまの、そのお顔は好きです」
ご老人からの告白? の訳ないか……。
だって、さっきより強いもの……。
少しぐらい手加減なさいっ!
渾身の一撃も軽々と弾き返された。
ズルいあたしは想像してしまう。
もし、こんな厳しい人が、あたしの剣をほめてくれたら、どうなるのだろう……。
本当に、あたしはズルばかりして、努力をしない嫌な女ね……。
それから、数日後、セバス爺とあたし、そしてランスロットでちょっとした旅に出ることになった。




