表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/32

努力はしません

 あたしが強くなりたいと願った日から、お父さまは環境を整えてくれた。


 剣はダメと言われたので、魔法と様々な学科の家庭教師がついた。


 本当は、ヒロインの騎士みたいにカッコいいを目指したけど、どうもこうも、あたしは最弱だけあって鈍臭い。


 でんぐり返しすら出来ないと悟った時、その身体能力の低さに絶望したくらいだ。それに、激しい運動は皆が止めるから、やっても見返りが少ない……。


「よお、ぽっちゃり」

 窓から入ってきたのは、ランスロット。


 ここは三階というのに、窓から入ってくる……抜群の身体能力ね。彼の成長が微笑ましい。


 邪神を一撃で倒すくらいの俺ツエになってくれたらいいのに……。


「おい、ぽっちゃり! ぽっちゃりてば!」

 もう、この呼ばれ方にも慣れたわ。


 最初はムッとしたけど、これも、あたしの計画通りね。


 小さい頃は、虫をいっぱい持ってくる嫌がらせをされた。そして、ついに、彼の中で、あたしはぽっちゃりさんなった。恋は遠い。


 あたしも彼に恋心を抱くことはない。


「また、勉強か? お前は、本の虫で偉いな」


 はい、ほめ言葉を頂きました。これで、あたしの学力は、また伸びたと確信できる。だって、隠しスキル『ほめたら伸びる子』の効果は、絶対だもん。


 彼は、しばらく大人しく窓枠に座っている。風がそこから流れてきた。カーテンが柔らかく踊る。


 顔立ちの良い、無邪気な少年がそこにいた。


「おいっ!」

 彼と目が合う。慌てて本のページをめくった。


「ちっ、じゃーな、デ、デブ!」

「なんですってっ!」


 デブじゃない、まだ、ぽっちゃりよ!


 彼が大笑いをした。

「うっわ、デブが怒った! こっわ!」


 せめて一撃。

 でも、彼も流石!


 あたしが窓に来たときは、もう彼は中庭に降りていた。


 かれは、アッカンベーをしてる。


 ふっ、油断ね。


 あたしには、魔法の先生に褒められて強化されてるとっておきがある。


 手のひらに冷気を込める、小さなボールほどの氷塊が出来上がった。


「デブじゃない、ぽっちゃりよっ!」

 氷の塊を投げると、丁度、お尻ペンペンをしていた、彼のそこへ命中。コントロールだって褒められてるのよ。


 中庭にちょっとしたクレーターが出来てしまった。


 でも、彼なら平気。ちゃんと立ち上がって、何か語りかけてくる。


 ランスロットは、努力家で剣の稽古を欠かさない。最近は、お父さまも褒めていた。


 同じ家庭教師から教わり、午前中は机を並べて勉強をしているから知ってる。剣以外も手を抜いていない頑張り屋さん。


 あたしみたいに、「ほめたら伸びる子」なんていうスキルで成果が保証されていないのに、努力をしているのだ。


 そして、あたしの『他力本願』の相手。

 ズルいあたしは、絶対に彼を裏切ったりはしない。

 それが、あたしの罪のつぐない。


 でもでも。

「しつこいわよ! バカッ!」

 絶対に好きになれない。


 両手を頭の上にかざし、雪だるま相当の氷塊を投げつけてやった。


 中庭の噴水が派手に消し飛ぶ!


「ブース、ブース」

 ランスロット、あなた、なんて頑丈なの!


 そして、バカ! 大嫌い!


 バタンと窓を閉め切った。


 夜の虫の声が聞こえはじめた。

 昼間は、ランスロットのせいで、中庭が消し飛ぶという騒ぎがあったらしい。


 あのバカは、お父さまにこってりと叱られた。


 ブスとかデブとか、ホントッ失礼な奴……。


 扉がノックされる。

 いつもの時間だ。


「こんばんは、クラリスお嬢さま」

 セバス爺が部屋に入ってきた。


「いつも、無理を言ってごめんなさい」

 彼には、あたしのわがままを聞いてもらっていた。


「いえいえ、クラリスお嬢さまのおかけで、真夏でも屋敷は涼しくて快適です」

 などと誉めてくれる。


 あたしは常に、屋敷の温度を快適に調整をしている。最初はうまく出来なくて気絶をしちゃったけど、皆がほめてくれるから、十歳になったあたしは無意識でも出来るようになった。


 恐るべし『ほめたら伸びる子』といったところね。


「今日は、派手にやりましたね」

 セバス爺のキツイ一言。


 彼は、優しいけどちゃんと叱ってくれる人。

 だから、わがままを聞いてもらっている。


「今日も稽古をお願いできますか?」

「はい、お嬢さまの仰せのままに」


 人気のない、屋敷の秘密の場所。


 そこで、あたしはセバスと剣の稽古を、あの日から欠かさずに続けている。


 今では、氷で剣を作って、セバス爺と実戦形式で打ち合いをしていた。


 氷の剣が弾き飛ばされる。

「お嬢さま、まだまだ手元がお留守ですよ」


 彼は、あたしのダメをちゃんと指摘してくれる。だから面白いのよ!


 もう一度、氷の剣を作る。


「お嬢さまは、本当にあきらめが悪い」

 セバス爺は、あたしが疲れて倒れるまで、ずっと打ち合ってくれる。


 でんぐり返しすら出来ない、あたしは剣は苦手。

 さらに、セバス爺はほめてくれないから、上達もおそい。


「今度は、足がお留守です」

 セバスは、足を払って、あたしを転ばした。


 厳しいわね……。

 でも、面白い!


 スキルに頼らず成長できる自分がいる。


 壁は乗り越えなくてもいい。

 壊さなくてもいい。


 そこに、壁がある。

 それを知る。それが大切。


 だって、別の景色がその先に広がっている。

 それを思い描くことができるのだ。


 脇腹を剣で払われた。


「油断、しすぎです」

「あたたたた」

 ホントッ、容赦ないわね。


 もう一度、剣を構える。


「お嬢さま、楽しそうですね」

「ええ、楽しいわ。手加減は、ダメよ」

「私も心苦しいですが、お嬢さまの、そのお顔は好きです」


 ご老人からの告白? の訳ないか……。


 だって、さっきより強いもの……。


 少しぐらい手加減なさいっ!


 渾身の一撃も軽々と弾き返された。


 ズルいあたしは想像してしまう。

 もし、こんな厳しい人が、あたしの剣をほめてくれたら、どうなるのだろう……。


 本当に、あたしはズルばかりして、努力をしない嫌な女ね……。


 それから、数日後、セバス爺とあたし、そしてランスロットでちょっとした旅に出ることになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ