意志
着替えを済ませ、あの人のもとへ。居場所は、多分、子犬姿のガルムが知っている……。まだまだ、全然、間に合うわ!
外に出る。空は深い藍色に染まりはじめていた。沈みいく陽の光は、漂う雲の下側を赤く染め、夜のはじまりを告げようとしている。
夕暮れの終わり頃。小鳥の群れが、一つの生き物のように収縮と膨張を繰り返し、何処かへ急いでいた。
セバス爺の動きが、何やら慌ただしい。
剣を腰に下げているのは、いつものことだけど、あたしと目が合うと、くるりと体を回して、そっぽを向く。
「どうかしたの?」
「なんでもありません!」
返事が早い。
「お嬢さまは、早くお出かけください」
これも早い!
「セバスさま、準備が整いました」
屋敷で抱えている私兵が姿を現した。
いつもはゆるい表情をしているおじさまたちの口調がきびしい。その上、革の鎧まで着こんじゃって……。
両手を腰に当ててため息、その流れで彼の名を呼ぶ。
「セェーバァースゥー」
「大したことではございません」
「ウソおっしゃい!」
もうっ、ほんとに変な気を回さないで!
暗がりに目が慣れてくると、遠くに、見かけない服装を見つけた。
近づくと凄く硬い表情。
服装からして農家の子どもに見える。十歳ぐらいかな? その背中から、可愛らしい女の子がちょこんと顔を出して、すぐ隠れちゃった。
それよりも、この子たらっ、カチカチじゃない。もっと力を抜いて、リラックス、リラックス。そして、あたしが、「どうしたの?」と声をかける前に、彼の口が開く。
「『こおりのひめぎみ』さまさま」
と彼は言う。その透き通った大きな瞳は、真っ直ぐあたしを向いていた。
きっと真剣なお話があるのね。
だから、笑っちゃダメと自分に念じる。
でも「さまさま」ってなによ!
その言い回しと彼のぎこちなさが、可笑しくて、クスッと笑ってしまう。
「大丈夫、お姉ちゃんが何とかしてあげる」
要約すると、「村が襲われたから助けてほしい」ということ。
「野党ごときに、お嬢さまの手はいりません」
「いくに決まってるでしょ」
それと、
「お姉ちゃんの方が頼りになるもんねぇー」
子どもたちのブンブンと首を縦に振った。
「用事は、良いのですか?」
「放ってはおけないでしょ」
「ここは王都、しかも、ご令嬢が荒事に出向く義務は、ございません」
「あたしは義務でなく、意志で動くわ」
プレゼントなんかは、明日でも渡せる。どうせ、彼はここにいない。だから、日付にこだわる必要はないわ。
苦しんでる人がいる。それを知った。力になれるかもしれない。なら、行かなきゃ。
聞けば馬で一時間ほどの距離。
こんな小さな子が、迷わずここへ、来れたなんて……。
「馬車を出しません」
あら、そうなの。
「ぼくたちは、馬できたの?」
と聞くと、少年は、馬を指さす。
乗馬ですか……、それは、練習してない。
セバスたらっ、なぁにぃ、その顔。やめて頂戴、だらしないわ。
誰かに乗っけてもらう?
それとも、ガルムを呼んでみる。いつものように、肩の上にちっちゃい姿で現れた。
「ねぇ、あなた、大きくなったり出来るのかしら?」
精霊獣っていうくらいだし、ダメもとで聞いちゃった。
そして、セバス爺、プーと声をころして笑わないでっ!
ガルムは、肩の上から、ぴょこんと跳んで地面に降りる。ぶるぶると体を震わすと、光り輝いた。
まさかの変身、それとも変化。
閃光! そして、視界が真っ白になる。
目を閉じて、視力を戻す。
目の前には、大きなオオカミがいた。
白くて大きな犬を想像したけど……。
灰色が混ざった毛並み。耳はピンと立ち、目はりりしく野生味がある。犬とは違う、誇りのようなものを感じる。
初めて見るけど、多分、オオカミだと確信できた。
あたしが、その背に乗っても大丈夫そう。
まわりの人たちが、驚いて言葉を失っているのを、よそに、ガルムは、目の前で伏せをした。
どうやら、あたしに乗れということらしい。
そんな、あたしを押し退けて、妹ちゃんが動く。
「きゃーー、大きなワンちゃん」
彼女は、背中に抱きつくと、もふもふした毛に顔を埋めて堪能している。
ガルムたらっ、困ってるわね。
でも、尻尾がゆっくりと左右に動いてるのは、見逃さない。
あたしもそこへ加わる。
獣臭さはなかった。それどころか、洗い立てのぬいぐるみみたい。
「さあ、行きましょ」
少年の馬を先頭に、兄妹の村を目指す。




