時を刻まない空間で
あら?
背筋に悪寒が走る。
あたしは、えっちな人に、えっちと伝えただけなのにぃ〜。
なによ! 逆切れ!
「服が透けて見えるわけがないだろう」
顔を真っ赤にした、ランスロットが感情をむき出しにして突っ込んでくる。
へえー、かわいいとこ、あるじゃない。
彼の剣は、光り輝いている。さっきほどまぶしくないけど、尋常ではないなにかを感じる。
どうせ、加護の力なんでしょ。
とっさに、氷面鏡を一枚、作り出す。
さっきまでとは違う、特別な一枚。数十枚分の魔力を込めたとびきり頑丈な一品。
それは、彼を受け止めてくれた。代償として、ヒビが入ってしまう。
剣神とかいう、得体の知れない神さまが与えた加護。
それを、きっと才能というのね。
なら、あたしだって、精霊の力をもっと借りたってズルくないわよね。
肩の上に現出したガルムは、小さな仔犬のような体でピョンと宙に跳ねると、首飾りの宝石に吸い込まれるようにして消えた。
全身に、魔力がみなぎる。その感覚が、遠い記憶を呼び覚ます。それで、あたしが、魔力解放をして気を失ったときと、同じくらいと知った。
氷面鏡の盾をランスロットが破壊した。
彼の狙いはあたし。
あふれ出る魔力は、極寒の冷気となって、周囲の熱を奪う。
暴走? いいえ、コントロールは、できてます。
闘技台に限定して……。
彼は、もう目の前。
「ちょっと、待ちなさい!」
ここは、逃げる一手。
そして、審判の人、「ごめんなさい」と体当たりで場外に出す。同時に、大木の幹ぐらいある太さの、尖らせた氷柱を三本生成。
それを、猪のように追いかけてくるランスロットへ。
一本は彼が破壊。一本は避けられた。最後は、彼に命中。
もう、ほんとっ、昔から頑丈よね、あなたって……。
すぐ後ろは場外、逃げ場は無くなっちゃった。
もう一度、氷面鏡を盾として使う。さっきより大きい壁を二枚。密度も増している、強度だって比べものにならないはずよ。
これで、二秒ぐらい稼げたかしら……。あとは、魔力を練り、この闘技台をあたしの世界にする。
あふれ出た極寒の魔力。この闘技台上の空間に限定して、極限まで熱を奪う。
彼は、大丈夫かしら?
ランスロットは、目の前にいた。
彼の吐く吐息が白い。それは、ゆっくりとしたリズムを刻んでいる。
ダイヤモンドダストが、星のように降りそそぐ。
ランスロットの動きは緩慢で、すぐそばなのに、剣は届かない。まだ、大丈夫。
でも、きっとつらいはず……。
神さまの加護が、彼の意識をつないでいるのかしら。ううん、それは、多分、努力を欠かさなかったから……。
苦しいを知っていて、それを耐える術がきっとあるからね。
才能だけじゃ、人は、多分、強くなれない。
だからこそ頑張れる。
大気が凍る。この空間は、もう、あたしが支配をしている。動くものがない空間。音を伝える空気も振動することすらかなわない。
だから静寂。
彼の剣が、あたしの肩で、ゆっくりと止まった。
吐息が顔にかかる。
何か言いたげね。
彼の顔付近の極寒を解く。
「俺は、まだ負けてない」
「負けた方がいいじゃない。立場なんか無くなった方が絶対にいい」
王のための武の象徴なんか似合わないわ。
あなたが救うのは世界なのよ!
それと、
「一つ聞いていい」
またあ、その仏頂面はやめて!
彼の身体を覆う厚い氷から光が溢れ出てきた。
諦めが悪いわね。
「なんで、剣をくれたの?」
「お前は、強くなりたいんだろ?」
負かすつもりの相手を強くしてどうするのよ!
意味が、やっぱりわからないわ!
もしかして、
「バカなの?」
「それでも、勝つ自信がある!」
「やっぱりバカね。あたしは、帰らないわよ」
あーあ、彼を束縛していた氷に無数の亀裂。
この時間も、あとわずか……。
「クラリスは、ここに居るべきではない。王は……」
「王さまなんて、どうでもいいわ。あなたは、どうしたいの?」
「かわいくないなぁー。俺は、お前のことを考えてやってるんだ」
かわいくないのは、あなたよ!
「あたしは、戻ってきて欲しいの!」
「なんで?」
やっぱりバカだ。
バカだ、バカだ、バカバカバカ!
「お誕生日、もうすぐでしょ?」
ポカーンとするな!
「一緒じゃなきゃ、プレゼント、手渡しできないじゃない」
ランスロットの氷が溶けた。
彼から放たれる加護の光があたしの空間を上書きする。
あたたかな光が、あたしの静寂を奪う。
「だから、帰って来なさい」
後ろに跳ぶ。
話したいことは、一杯あるけど、今は、これで充分。
「なんで?」
「なんでって、当然でしょ! あたしは、あなたの物じゃないんだから、負けても帰らないわ!」
それに、あなただって、最初から場外に出して勝つつもりだったんでしょ!
「だから、帰って来なさい」
「俺だって、お前のものじゃない」
「当然じゃない。でも、信じてる。だって、今のあなた、つらそうよ」
苦しいに耐えるばかりじゃダメよ。
そんなの、あたしは見たくない。




