六花の意味
アンドリューの渋々といった表情……。
気に入らない。
これじゃ、あたしが、力づくで認めさせたみたいじゃない。実際そうだけど……。
あれから稽古には参加してるけど、なんかムカつく。
あたしは、多分、頑張っている。
最近では、ほめられることは減ったけど、きっと運命は変わっている。
気晴らしに町を散策することにした。
「とっておきへ、ご案内します」
というメアリーちゃんの提案も後押しをする。
王都は、人が多い。
夏のこの時期は格別だそうで、さらに今年は特別とのこと。三日先に控えた『剣闘会』にランスロットが出場をする。それと無関係ということは無さそう。
服の袖を引っ張られた。
振り向くと、幼い子供、歳の頃は五、六歳といったとこかしら? 出会った頃のランスロットみたいでかわいい。
「なにかしら?」
いたずら? 虫でも持っているのかしら。なら、きゃあー! と悲鳴ぐらい上げなきゃね。
お子ちゃまが、お手手を開く。バッタが勢いよく飛び出した。
ほら、やっぱりっ!
「ほら、運命はなにも変わっていない」
男の子は言う。飛び出したバッタは、誰かに踏まれて死骸になっていった。
「やーい、やーい」
この子、なんなの?
「かわいそうよ!」
こんなとこに、連れてくるから、死んじゃったじゃない!
男の子が泣き出した。
「お、お嬢さま、相手は、お子さまです」
メアリーちゃんが割って入ってきた。
「申し訳ありません」
とお母さんらしき人が、無理矢理、男の子の頭を抑えて謝らせる。
誰もさっきの言葉は聞いていないみたい。
さっきの言葉、なんだったかしら。頭に浮かんだ言葉を消す。思い出したくもない。
「ごめんね、お姉ちゃん、びっくりしちゃったの」
かわいそうなことをしちゃった。
泣き止まないわね。
先を急ごうとする親子を引き止めた。
両膝で立ち、男の子の目を見つめる。
彼は、溢れる涙を小さな手で拭いていた。
「ねぇ、ぼく、これは、どうかしら?」
唇を豚さんみたいに尖らせて、頬を両手でむぎゅっとそこへ寄せる。
我ながら、中々、上出来にできたはず。
「へんなかお! お姉ちゃんって、ぶさいくぅ!」
男の子が泣き止む。その子を抱き寄せた。
もう、ばか……、泣いたらダメじゃない。
ちいさいなぁ。
こんなに、あたしたちは、ちいさかったんだ。
この子のぬくもりと重さが胸から伝わってくる。
こういうのを、愛おしいというのかしら。
あらら、この子、顔が真っ赤じゃないっ!
ちょっと、ぎゅっとしすぎちゃったかしら?
「ばーか、ばーか、ブース」
アッカンベーだって……。
まったく、もうっ!
お母さんが、ごめんなさい、ごめんなさいとペコペコ。最後に、コラッと男の子を叱りながら、人混みに消えていく。
「あのあの、お嬢さま、さっき……」
メアリーちゃんを心配させたみたい、「ちょっと、びっくりしちゃって」と濁して、「それより、とっておきって何かしら?」と話題を変える。
そしてその、『とっておき』の場所。
「これって……」
見知ったお店で、しかも、けっこうな頻度で通ってる場所じゃない!
「ちがいます、ちがいますぅーー」
すぅを伸ばさないでっ!
その隣の宿屋へ。
お隣が、そうだったとは、つゆ知らず。そこの二階に通される。
ひと1人の巾しかない階段。壁に肩が触れる。踏み板がきしむ。それにしても、急ね。
廊下はそこそこの広さ、とはいっても狭い。
すきま風? 隣がお菓子屋さんだからか、甘い香りが充満していた。
心地よい薄暗さ、その一番奥、廊下の突き当たりの扉をメアリーちゃんがノックする。
トントンという音、中から「はーい」という返事。
懐かしい声。
あれから四ヶ月しかたっていないのに、とても懐かしい。
メアリーちゃんより早くノブを握る。
ガタッと扉が引っかかる。
もう鍵がかかってる!
「どちらさま?」
「マーリン先生!」
声だけで確信できる。王都にくる時、湖で試験をして以来の再会。
「ちょっと、落ち着きなさい」
彼女が扉を開いてくれた。
外開きのそれは、あたしのひたいに当たる。
「いたーい」
実はそうでもない。
エルフの彼女は、美しい顔を苦笑いさせる。「ごめんなさい」、そして、ひたいをさすってくれた。
部屋には香がたかれていた。甘い香りの正体は、十中八九これ、廊下のは、そこにお菓子屋さんのが少し混じったのね。
小さなテーブルを囲むようにして座る。
先生がお茶を準備してくれた。
あれや、これやの話をする。いろいろ、いっぱいあるの。ランスロットのこと、剣闘会に出場をすること、沢山あった。
マーリン先生が失恋? そういえば、お母さまの手紙にそんなことが、書いてあったような……。
先生てば、やっぱり綺麗。
それに、優しいし、失恋なんて、おっちょこちょいのお母さまの勘違いねっ!
「その剣の名前は付けたのかしら?」
なんか含みのある表情ね……。
「ご存知なのですか?」
ランスロットから頂いたサーベルを両手で彼女に差し出した。
「あたしも、素材集めを手伝ったのよ」
先生が、ランスロットの手伝い!
マーリン先生が、サーベルを丁寧に扱う。細くて長い指先で、それに刻まれた模様をなぞる。長い髪を耳にかけるような仕草をした。
もしかして?!
「マーリン先生の失恋の相手って、ランスロット?!」
「ですです」
メアリーちゃん、なんで、あなたが相槌を?
先生が固まった。その笑顔も、ヒクヒクとして硬い。細くて綺麗な眉がピクッと動く。
「それは、どなたからの情報かしら?」
本当なの?
「お母さまの手紙に、そのぉ〜、書かれてました」
ランスロットってば、馬鹿なのかしら?
先生を断るなんて!
「あのおしゃべりっ! 今度、会ったら、バシッと言っちゃうから!」
なんかそれ、バシッと言えない人のセリフぽいっ……。
それよりも、
「ねぇ、先生、失恋の相手って?」
「ですです!」
誰なの!
「ランスロットさまでは、ないのよ。安心して」
安心? なんで?
「そんなことで、ヤキモチを焼くと、男は逃げるわよ」
そう言うと、マーリン先生は、力尽きてガクッと肩を落とした。
「先生、どうしたの? 元気を出してっ! それと、あたしは、ヤキモチなんて、絶対にやかない!」
だって、ランスロットじゃん。
そりゃ、びっくりするわよ!
「先生みたいな綺麗な人からの告白を断ったなんて……。あの人、女の子に興味ないのかしら?」
「だから違うの! あんな男は、私から捨てたのよ!」
「あわあわ」
えーーーーっ!
「許せない!」
ドンとテーブルを叩いた。室温が下がった気がするけど、多分、気のせいよ。
部屋の家具に霜が付いたのも見間違い。
あれは、きっとほこり。
先生たらっ、お掃除をサボってるのね。
「だから、相手はランスロット殿下じゃないのよ!」
「お嬢さま、落ち着いて下さい! 寒いです! 凍え死んじゃいますぅー!」
「あたしは、いつだって冷静よ!」
あら、王都では、夏に室内でダイヤモンドダストが降るのね。
綺麗!
「だから、ランスロットなんかじゃないんだってば!」
「ですです、ですです」
ふーん、へぇー、じゃないんだ。
「相変わらず。おっちょこちょいよね……」
先生は、テーブルのカップを手に取る。
「あら、凍ってるわ……」
カップを逆さに持って、エルフのマーリン先生が、あたしをジッと見る。
王都では、お茶が夏に凍るのね……。
「ですです」
メアリーちゃんからも同じ仕打ち。
「ごめんなさい」
マーリン先生の失恋話は、当分できそうにないわ……。
「それで、このサーベルのお名前は?」
「『六花』と付けました」
先生は、サーベルを返してくれた。
「良い名前ね。雪の結晶はね。空から舞い落ちる間、さまざまな形に変えながら、美しく成長をしていくのよ」
ごめんなさい、そこまでは考えてません。
だって、あたしの知る、このサーベルの名前は、ずっと前から『六花』だった。
「サーベルに刻まれた模様も、同じようで、それぞれの形はちょっとづつ違う」
「先生の言う通り、この装飾、とても細かくて丁寧。だから、見てて飽きないのよね」
そこを、優しく撫でる。
「殿下もやるわね。クラリスさまを雪の結晶に見立てて『氷のように澄んだ君が成長するのは美しい』だなんて」
絶対に無いと思う。ないないない、ないわぁー!
多分、『氷の姫君』なら雪の結晶とか、そんなとこよ!
「ヒュー、ヒュー!」
マーリン先生とメアリーちゃんが同時に茶化す。
マーリン先生はいいの、でも、メイドのメアリーちゃんが、ヒューヒューと茶化すのはどうかしら。
「うつむいちゃって、かわいい。どうせ、顔は赤いんでしょ?」
「赤くなんて、なってない」
ばっかじゃないの、そんなんで、いちいち照れるか!
「だって、耳は真っ赤よ」
「これは、きっと霜焼けです!」
「そうそう、霜焼け、霜焼け……なんでしょ。あら? あらあら……、なんかこう、他人の幸せって、気分が悪くなるものなのね」
マーリン先生、闇堕ちはやめて!
それから、しばらく先生は、ズーンとなっていた。
メアリーちゃんが、お茶を入れなおしてくれる。
部屋が落ち着きを取り戻す。
そして、マーリン先生の復活!
「そうそう、あなた、精霊とは契約はできたの?」
「精霊?」
ガルムを呼んでみる。肩にちょことワンちゃんが現れる。
「どう、かわいいでしょ」
うちの子が一番なんだからね!
そんなあたしに、先生は、ため息。
「あなた、手紙ぐらい書きなさい。辺境伯さまたち、返事がないから、ずっと待ってるわよ」
「ごめんなさい……」
「精霊のことを教えてあげるわ」
マーリン先生の授業が始まった。それは、知識の伝授。でも、とても大切なことを教わった。
それと、先生も、剣闘会を観戦なさるとおっしゃった。
「負けたらダメよ。相手が逃げるなら、ガツーンと捕まえなさい!」
とにかく、逃げたら、ガツーンと突っ込めということらしい。
ランスロットが逃げる。
あの人は、不器用だから、多分、そんなことはしない。
対戦表を見た時、セバス爺は、
「王の計らいだろう」
と言った。
辺境伯の娘が活躍するのは、王さまにとって面白くないらしい。
だから、ランスロットとは、一回戦であたる。
やるじゃない。
だって、あたしは、ランスロットと戦いたいの!
他の方には、興味ないわ!




