精霊の首飾り
火葬のされた煙は、天高く昇り、空と混じり合う。
葬儀は、しめやかに執り行われた。
それからしばらく静かに過ごす。
牧場に血の跡を残さなかくて良かった……。
そんなもの、シンディーちゃんにもお爺さまにも見せたくない。殺された人の死体なんて……、見ない方がいいに決まっている。
「公爵の手のものに、引き渡して良かったのですか?」
あの晩、セバス爺が捕らえた襲撃者の処遇のことね。
「お父さまなら、許してくれるわ」
得た情報を、公爵さまは、どう使うのかしら?
魔王が登場するのは、まだ先。
今は、ゲームでいえば、チュートリアル中。
クリスタルに封じられた魔物……、あれは上位悪魔なんかじゃないわ。下位の魔物、それでも低レベルでは苦戦するはずの化け物。
シナリオが変わってる?
だとしたら、その良し悪しは?
よしましょう……、どうせ、最後にわかるわ。
「お嬢さま、準備はよろしいですか?」
ここでも、今日から剣の稽古をする。
シンディーちゃんも見てる。
この前は、弓でムフーをされたから、ちょっといいとこ、見せなきゃね!
「ええ、はじめるわ」
氷剣を構える。そこから、一気に間合いを詰めるところまでは、同じ。
セバス爺が一閃を放つ。
いつもなら、かわす一手。
でも、今日は、さらに間合いを詰める。
それで、詰る距離はわずか。
でも、これで、剣同士をつばで、ぶつけることができる。このままだと、力勝負になっちゃう。
なら、小柄なのを、利用しなくちゃね。
剣を傾け、そこから滑らすようにして、体全体で潜り込む。
あとは、回るようにして、セバス爺の背中を目指す。そこに至れば、チェックメイト、のはずだったのよっ!
地面に転がされたのは、あたし……。
もうっ! 相変わらず容赦ないわね。
でも、
「ずるーい」
セバス爺は、片腕で、あたしの肩を掴んで投げ飛ばしたのだ。
なんか、もう、剣なんて関係ないじゃん!
「ずるくは、ありません。そういうものです」
だから、どういうものよっ!
シンディーちゃんが、ポカーンと見てる。
そうよね。あまりにもあっけないわ。
いつもは、もっと戦えるのにぃ!
「懐に入るのは正解です。ただ、剣撃が軽すぎます」
「もしかして、セバス爺、片手であたしの剣を止めたの?」
「いいえ、お嬢さまの動きを見てから片手にしました」
それじゃ、左右どちらに潜り込んでも結果は同じじゃん。
ほんとっ、
「器用なのね」
「剣聖の名は、伊達ではありません」
いつか、絶対、一撃を入れて、見せるわ!
それから、何戦かしたけど、結果は同じ。
稽古したり、羊でモフモフ、シンディーちゃんとお話をしながら数日を過ごして、王国に戻ることになった。
公爵さまは、シンディーちゃんの過去を隠すのをやめると仰っていたわね。今度、彼女が、里帰りをする時は、また一緒に、行きたいな。
「寂しいですか?」
「少し、会いたい気もするわ。でも、今は、まだ、大丈夫」
お父さまとお母さまのとこで、のんびりしたい。
あそこは、心地よいもの。
みんな元気かしら。
王都に来て、まだ二ヶ月あまり。
今から、これじゃ、笑われちゃう。
気合いを入れ直して、明日から頑張ろう!
日常が戻り、学校に通う。
アンドリュー・バラビー。
初めて会った時、「隣に相応しくない」とあたしに告げた人物。
正直苦手……、だった。
今は? 嫌いよ!
理由はいろいろある。一番は、ランスロットがドラゴンスレイヤーの称号を得た日に、あの現場にいたこと。
その上で、初対面の時、言われた言葉を思い出す。
なにも知らないで、ランスロットを否定するのはやめてほしい。
なにも、知らないくせに……。
いよいよ、稽古場に入れると思ったら、そのアンドリューが現れた。
「僕は、反対です。野獣は狩れても、剣を振れない方を稽古場に入れるわけにはいかない」
などという。
公爵のご子息に、教官も逆らえないらしい。
苦笑いで「やっぱりダメ」みたいなぁー。
こらっ! しっかりしろ!
などと慌ててはいけない。
だって剣、振れるもん。
魔力を練り、氷剣を現出させる。
「それは、魔法です。クラリスさま」
彼は、一本の剣を差し出してきた。
いちいち、細かすぎるのよ!
教官は、肩をすぼませ「やれやれ、困っちゃうよね」のポーズ。
しゃべれ!
そして、渡された剣を手に取る。
これを、ズバンと振れば良いのね。
おもっ!
剣を振り上げると、支えきれずヨロヨロしてしまう。
稽古場が笑い声に包まれる。
笑うな、男子!
「せめて剣が振れるようになってからにして頂きたい」
アンドリューは、最後にそう言った。
その話をすると、セバス爺は、「これは、一本取られましたな」と大笑いしてから、「お嬢さまに、旦那さまとレイラさまからお手紙とお荷物が届いています」と言った。
お母さまからの手紙。
そこには、「お誕生日おめでとう」と記されていた。
今日で十三歳。
誕生日のお祝いは、しないつもりだった。
でも、手紙でも嬉しい。
お母さまの手紙は、脈絡なく、最近の出来事が綴られていく。マーリン先生が、また失恋をしたらしく、「今度、会ったら励ましてあげてね」と書いてあった。
会う予定は無いけど……、マーリン先生の恋の相手は、誰だったのかしら?
「最後に、精霊石の首飾りを送ります」
一緒に渡された、包みを開ける。
首から吊るせるように加工された青色の宝石が入っていた。
「あなたを気に入った子がいるみたいなの、よければ精霊契約をしてあげてね」
精霊契約?
宝石を首から吊るす。
あら、あなただったの。
見覚えのあるワンちゃんが現れた。
牧場で最初に出迎えてくれたあの子だ。
なんだ、狼じゃないのね。
でも可愛い。
モフモフとした白い毛並み。
頭を撫でてやると、瞳を細めて嬉しそうにした。
しばらく、ワシャワシャしてモフモフを堪能してしまう。
「名前は、ガルム、気難しい子だけど頼りになるはずよ」
気難しい? 頼りになる?
仔犬にしか見えないけどなぁ。
「それと、セバスから聞いけど無理はダメよ。でも、それが恋のためなら、お母さん、断然、応援しちゃうわ」
はあ〜? 恋ぃぃ?
「ランスロットくんを諦めたらダメよ」
手紙をくしゃっと丸めて壁にぶつけた。
ガルムが、不思議そうに、あたしを見つめている。
良い話相手になってくれそう。
「恋なんかじゃないんだから」
ガルムの抱き心地は良くて、癖になりそうだった。




