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おねがい

「こらあ! ランスロット、しっかりと素振りをせんか!」

 お父さまの幻聴が屋敷中に響いている。


『他力本願』の戦争危機も、「せんそうはやめて! けんかもだめでしゅ!」と叫びながら、お父さまに全身で抱きつくと回避ができた。


 戦争回避できた、できたけど……。


「もっと、気合いを入れんか!」

 また幻聴だ。近ごろずっと聞こえる幻聴がひどい。


 部屋の窓から中庭をのぞくと、ランスロットとお父さまが並んで稽古をしていた。


 本社の王国に失礼を働いた辺境伯のお父さまは、根性を叩き直されているのだ。


 お父さま、かわいそう……。

 激怒した王国は、ランスロットに、成人するまで、辺境を監視させると聞いた……。


 彼の部屋だってあたしの隣になっちゃったし……。


 あたたかい布団から気合いで、とびおきる。


 とりあえずタオルを手に持ち、中庭へ急ぐ。


 まだ薄暗く、肌寒い早朝から、よく頑張れると不思議に思う。


 寝巻きのままは、結構きつい……。

 でも、あたしには、応援をしないといけない理由がある。


「クラリスお嬢さま、まだお寒うございます」

 執事のセバス爺が上着を肩にかけてくれた。


 まったく気配を感じられなかった。さすが、邪神と斬りあえる実力を持つ最強剣心さまだ。


 でも、あたしは『他力本願』で頼ることはしない。ハッピーエンドに至る秘策には重要なことなのよ。


 ランスロットは、お父さまに手本を見せるため、エイッ、エイッと素振りしてる。汗をかいて、子供の域をでない、それは、とても可愛らしく見えた。


「おお、クラリス、まだ朝は早い。ゆっくり寝ていなさい」

 お父さまは緊張感のない顔をして、とても呑気。


「ランスロットしゃん、がんばって」

 彼へタオルを渡すと、お父さまから、この世のものとは思えない悲鳴、そして「許さん」という、つぶやきが聞こえる。お父さまも、相当に疲れているみたい……。


 お父さまにもタオルを渡す。

 お父さまは膝から崩れ落ち、肩を震わせながら、タオルで顔をおおう。


 泣かないでよ。そんなに疲れていたのね。


 ランスロットも汗がひどい。彼の頬は、稽古の高揚と朝の冷気のせいで、赤く焼けているように見えた。


 あたしのハッピーエンドには、彼は不可欠で必要なのよ。


 強くなってもらわないと困るのよ!


 クラリスの隠しスキル『他力本願』の存在はネットで大炎上をおこした。ヒロイン派から頼ってばかりのズルい女という意見。クラリス派は、それは誤用で『他力本願』には深い意味があると大激怒をしていた。


 でも、あたしはズルくてもいい、ランスロットが世界を救う。それ以外は、何もいらないわ。だって好きなってもなられても困るでしょ。


「クラリス、ありがとう」

 彼が、あたしの名前を、初めて呼んでくれた。


 タオルを胸に当てながら、迂闊うかつなことは控えようと誓った。


 可能な限り彼との距離を開けなければならない。ランスロットにとっては、ずっとあたしはモブの幼なじみ。これが、理想で正解ね。


 あたしのために、全力でランスロットを応援する。それは、目立たないよう細心の注意を払い、絶対に影からしようと心に決めた。


「早く、屋敷に戻りなさい」

 お父さまが心配そう……。

「お嬢さまが、朝の冷たい空気にさらされているのを見るのは、もう耐えられません」

 世界最強の執事、セバス爺ですら泣きそうになっている。


 この環境がいけない。これが、クラリスを最弱へときっと導いたんだ。


 物語のはじまりは、まだまだ先の十年後。


 あたしも強くなれる!


「ちょっとランスロット、かしなしゃい」

 ランスロットから剣を預かる。これで、あたしもヒロインのような騎士に……。


 なにこれ、重い!


 持った瞬間、中庭にペタンとお尻から座ってしまう。


 ムリムリムリ、これムリよ!


「クラリス!」

「お嬢さま!」

 うっわぁー。三人の男たちが凄い形相でこっちを見ている。


 なんか、凄く惨めだ。何もできないなんて、ゲーマーとして耐えられない。最弱なんて嫌よ!


「つよく、なりたい……」

 感情が言葉になる。これが、あたしの強い願い。

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